こつこつこつと、足音がひとつだけ響く。
廃墟となった神殿内は静寂に包まれており、やけに大きく聞こえる。
といっても、ついにカイラさんから見捨てられたとかそういうわけじゃあない。ばっちり、入り口までお姫さまだっこだったよ!
単純に、カイラさんが足音を立てないのだ。すごいね、
廃神殿の周囲には誰もいなかったが、内部も同じだ。《オートマッピング》にも、『UNKNOWN』のアイコンひとつ出てこない。
まあ、未知の場所までは描画されないんだから、この先の安全を保証するものではないけどさ。
とりあえず、《オートマッピング》は終了させて、今は《初級鑑定》を走らせていた。
「足下を気をつけて」
「はい」
先を行くカイラさんから二歩くらい下がって、ボロボロの屋内を進んでいく。
外から見ても廃墟だったが、中に入ってもそれは変わらなかった。
ところどころ天井に穴が空き、光が漏れて影を作っている。穴が空いているのは床も同じで、舗装された道に慣れた俺にはかなりの悪路だ。
しかも岩まで転がってるんだから、カイラさんが注意するのもある意味当然。転んでエクスになにかあったら、洒落にならない。
それにしても、舗装された道を歩いてきたつもりなのに、なんで俺は社畜になってしまったんだろうね? 昔は、将来は自分で決めたいなんて思ってたけど、それは人並みの生活ができるという前提だったはずなんだけどなぁ。
閑話休題。
かつては荘厳だったであろう神殿は広く、体育館ぐらいのスケールの建物がいくつか連なっている。例が卑近すぎるような気もするけど、気にしたら負けだ。
壁やら破壊された彫像には、共通して渦や水滴のモチーフが用いられているようだ。
こんな山の中であれだが、水に関連している神殿なのかもしれない。
だとしたら、縁があるというかなんというか。実際に神様がいる世界なんだし、ご加護的ななにかに期待したいところ。
実は、渦=運命、水滴=命を現していたとか、完全に的外れな可能性もあるけどさ。
「今のところ、金銭的な価値があるものは見つかりませんね」
「ずっとほったらかしなんだし、その間に奪われてるんだろうな」
しばらくカメラの映像から《初級鑑定》で周囲を観察していたエクスが、疲れたように言った。虫眼鏡に鹿撃ち帽のシャーロック・ホームズスタイルなので、コカインで労ってあげたくなる。嘘だ。コカインよりもワトソン分を補充させたほうが喜ぶはず。
「でもそれは、オーガも、この辺にはまだ進出してないってことでもあるよな。助かるよ、エクス」
「まあ、この程度エクスにとっては朝飯前ですけどね。ご飯を食べたりしませんが!」
「向こうに戻ったら、好きなだけ充電させてやろう」
……エクスへできることがそれしかないのって、ちょっとどころじゃなくて問題だよな。なにか考えなくちゃ。
なお、俺が真っ当な生活をすればエクスが一番喜ぶという正論は、自動的に却下するものとする。
そうなると、めっちゃ難しいな……。
「とりあえず、安全そうというか、なにもなさそうですね。オーガが来るっていうから、邪神を祀った神殿かなとも思ったけど、そういうわけでもなさそうで」
「そうね……。邪神関連という可能性も、なくはないのよね……」
なにかに気付いたカイラさんが、立ち止まってぽんっと手を叩く。
一緒に、尻尾も揺れた。
かわいい。
「古代文字が描かれている場所は見た気がするけれど……。あっちの壁だったかしら」
「なるほど。じゃあ、なにか分かるかも」
「古代文字よ? ミナギくん、まさか読めたり……」
「たぶんですけど」
会話だけでなく、読み書きも可能とする《トランスレーション》の出番だ。
見せてもらおうか、石1万個の実力というものを。
というわけで、耳をぴくっぴくっと動かしながら思い出すようにしているカイラさんと神殿内を移動。
少し進んだ場所に、その文字があった。
「文字というよりも、ほとんど絵みたいなものよね?」
確かに、言われなければ壁画の一部と勘違いしていたかもしれない。イメージとしては、ヒエログリフとかくさび形文字とか、大体そんな感じだ。
「書くのも大変そうだな、これ」
「漢字も、わりと大概ですけどね。二バイト文字とか、滅ぶべきだと思います」
もしかしたら、エクスは二バイト文字にパーティから追放された過去があるのかも知れない。
とか適当なことを考えつつ、古代文字とやらに意識を集中させる。
読み書きするほうの《トランスレーション》は、会話と違って自動的には働かない。
ある意味ありがたい仕様だ。もし自動で全部翻訳されたら、英語のTシャツとか見たら笑ってしまいかねない。
そのまま数秒。
意識して読み解こうとする俺の視界に、元の文字に重なって日本語が浮かび上がってきた。
「日没……精……霊……? 地平線……神の……力、喜び……暁……。ダメだ。途切れ途切れで意味が通じない」
「それでもすごいわよ。私たちでは、まったくなにも分からなかったのだから」
0から1は大いなる進歩だ。
しかし、所詮1は1であるという結果だった。
「神官の愚痴とかでなくて良かったですね」
「それはそれで歴史的には貴重っぽいけどな」
やっぱり邪悪なものは感じないので、とりあえず良しとする。絵がヒントになってて、謎のパズルを解かなきゃいけないとかでもないみたいだし。
「行きましょうか」
「ええ。でも、私が足を踏み入れたのは、この辺りまでよ」
「じゃあ、この先のどこかに地下への道があると」
「そうね。あのときは、オーガたちと遭遇したせいで余裕がなかったけれど……」
カイラさんは耳をぴんと立て、それとは対照的に尻尾を弛緩するように下げて目を閉じた。
なにかを感じようとしているのだろうが、それでなにかが分かるとは思えない……というのは、地球の常識。
カイラさんなら、なんか分かるんだろう。
探索は任せ、代わりに俺とエクスが周囲を警戒する……が、なにかが襲ってくるとか、天井が落ちてくることもなかった。
「あっちから、風を感じるわ」
「風なら、壁の隙間からいくらでも吹いてると思いますけど」
「淀んだ風よ」
つまり、地下からの風ということか。
「じゃあ、行きましょう」
「ええ。ついてきて」
さっきと同じ隊列。つまり、カイラさんをカルガモの子供のように追っていくと……。
「ほんとにあった」
右手奥の角部屋に、地下への階段があった。
なんに使う部屋だったのかはすでに分からないが、控え室みたいなもんだったんだろうか?
「《オートマッピング》の立場ねえな」
「無料だから、いいじゃないですか」
仲間のケモミミくノ一さんのほうが優秀なので、☆1ですってレビュー書かれるぞ。
「先に行くわね」
斥候としての能力を遺憾なく発揮し、
神殿なら罠なんてないだろうが、オーガが仕掛けている可能性もある……と思ったが、それは杞憂だったようだ。
ヴェインクラルですべてを推し量るのは危険だが、オーガはそういうことするタイプじゃないよな。
「問題ないわ」
カイラさんの手を借り、俺も地下へ降りる。
「……暗いな」
じめっとした雰囲気よりも、ほこりっぽい匂いよりも、まずそれが気になった。
懐中電灯ぐらい持ってくるべきだったかと思っていると、俺の左手の先。つまり、タブレットから明るい光が照射された。
「それも、ミナギくんのスキル?」
「これは、タブレットの機能ですね。ありがとな、エクス」
「どうです、明るくなりましたよね?」
「ああ。暗くて靴も見えなかったぜ」
なんのことはない。ただのライトだ。
別に、石を燃やして明かりを採っているわけではない……はずだ。
「魔道書が陽光棒代わりになるなんて、聞いたことないわね。魔道書ではないのでしょうけど」
ちょっと不思議そうに、耳をぴくぴくさせた雰囲気が伝わってきた。
「それにしても、なんとも不気味ですね……」
「そう? 里も似たようなものでない?」
廃神殿の地下は、頼りない光量も相まって大の大人だけど恐怖感を憶える。
なんかこう、いきなり巨大なアリとかクモとかが出てきても不思議じゃない雰囲気だ。やめてくれよ、俺は地球を防衛する気なんてないんだから。
「大丈夫ですよ。エクスがいる限り、オーナーに不自由はさせませんから」
「これ、素直にうなずいていいやつ?」
バカな会話で不安を紛らわせていた……というわけではないが、暗がりをおっかなびっくり歩くこと、およそ5分。
もっと長かったような気がするが、実際にはこんなもん。
俺たちの前に、トンネルが出現した。
高さは3メートルちょっとぐらいだろうか。中はもっと高いのかもしれないけど、ヴェインクラルにはちょっと不自由かもしれない。
しかし、これを掘ったってことなんだろうか。オーガの膂力なら可能なのかもしれないが、それでも大工事には違いない。
案外、穴掘り用のモンスターがいたりするのかもしれないけど。
「それで、オーナー。どうします?」
「まだオーガは来てないんだよな……」
なら、原始時代の勇者作戦を実行できるかもしれない。
まあ単純に、圧縮水を解放する前に、《脆き結晶》とか《泥沼の園》とかで地下道に細工をしておこうってだけなんだが。
「ミナギくん、避けて!?」
「…………ッッ!?」
硬直して動けない。
というか、動けるぐらいだったらトラックに轢かれていない。
でも、口は動く!
「エクス! 《渦動の障壁》!」
「
俺の周囲に水の壁が築かれるのと、どこからか放たれたなにかが衝突するのは同時だった。
「うぐっ」
それは俺に数歩たたらを踏ませ、粉々になって消えていった。
投石? どこから? 誰が?
「期待通りだな、ミナギ。叔父貴の命令を無視した甲斐があったぜ」
そして、少し遅れて現れる見憶えのある大きくて歪な影。
それは紛れもなく、ヴェインクラルだった。