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27.予定通りで計算外

「《雷切》を返してもらいに来たぜ」

「俺の首はどうしたんだよ」


 圧縮水を地下道へ解き放つだけの簡単なミッション。

 それが、一気に難易度ナイトメアに変わった。


「もちろん、そっちはもらっていくぜ」


 感想はただ一言。最悪だ。


「そのついでだが、こっちも伊達と酔狂でやってるわけじゃあないんでな。なにをするつもりか分からねえが、邪魔させてもらうぜ」

「命令無視のスタンドプレーなのか、部族のための行動なのかはっきりしろよ!」

「オレは、オレのやりたいようにやってるだけだぜ……っと」


 ヴェインクラルが、残った左手で地下道の出っ張りをパンみたいに引き千切った。あれ、オーガが作った道って柔らかいのかなと誤解しそうになったが、そんなはずない。


 それを、肘と手首の力だけで投擲。


 大気を切り裂いて、再び俺の頭へ目がけて飛んでくる。まともに当たったら、ざくろのように弾けて頭蓋骨の中身をぶちまけることだろう。


「無茶苦茶だなっ!」


 叫びつつも、俺は動かない。

 正直に言って動けないというのもあるし、下手に動くよりも《渦動の障壁》を信じたほうがいい。


 だが、二度目の投擲を阻んだのは、俺の《渦動の障壁》ではなかった。


「私の存在を忘れてもらっては困るわ」


 勇者の指輪アインヘリアルリングでマクロを共有したカイラさんの周囲にも、水流が壁となった《渦動の障壁》が張り巡らせている。


 動き続ける水の壁に弾かれ、石は四散した。


 そのまま、俺と違ってその勢いに押されることなく、ヴェインクラルとの間に割って入る。


「どこかで見た顔だな……?」

「……そう」


 ヴェインクラルの記憶力が、ニワトリ並ということではない。あのオーガにとって、カイラさんはその程度の価値しかないのだ。


「よく考えたら、特に憶えてもらう必要はなかったわ」


 淡々とした口調とは裏腹に、ぐっと地面を踏みしめ爆発的な加速。

 流れる水の壁をまとったカイラさんが、地下道の影から現れたヴェインクラルへ肉薄。


 咄嗟にタブレットをそちらへ向け、光が二人を照らす。


「ミナギと殺り合いたければ、まずはこの女からということか」

「右腕を失っておいて、ミナギくんに勝てる気でいるの?」


 過大評価やめて!

 と主張する暇もなく、ヴェインクラルはまた壁を引き千切って


 カイラさんは回避しない。そのまま突っ込んでいく。


 先ほどの再現。


 石は弾け砕け散り、《渦動の障壁》にひびが入る。その余波を受けて、カイラさんの頬に一筋の傷が走った。


 女性の顔に! なんてこった。


 だが、カイラさんはかすり傷だと無視した。


 俺を抱いても背負っても損なわれないスピードを駆使し、そのままヴェインクラルへと突っ込んでいく。

 闇そのものを斬り裂く白光。まさに、黒喰エクリプス


「オーナー、どうします!?」


 割って入ることができず明かりで照らしているだけになっている俺の前へ、エクスが巫女風衣装のままで飛び込んでくる。


 今度こそ、全力全開で《吹雪の|飛礫《つぶて》》をぶっ放すか。さすがに、オーガに二度同じ技は通用しないとか、そんなことはないだろう。


 ……ないよな?


「ちっ」


 迷ってる時間がもったいない。


「ここは――」

「ミナギくん、優先順位を間違えないで」

「足りねえな」


 三者の思惑が入り交じる。


 ヴェインクラルは投石を止め、太い丸太のような腕を間合いに入ったカイラさんへ振り下ろした。これにくらべたら、ノッカーなんて枯れ木みたいなもんだ。


 カイラさんは避けず正面から突進し――ガアァンッと、ビル解体用の鉄球でもぶつかったような音と振動が地下空間に響き渡る。

 耐えきれず、《渦動の障壁》がパリンと割れた。完全に威力を殺しきれず、こめかみの辺りから血が流れる。


 カイラさんの白い肌を真紅が侵す。


 だが、それで止めることはできなかった。


 いつの間にかニンジャ刀を両手に装備し、ガラスのように飛び散った破片と一緒にヴェインクラルの懐へ。


 以前と違って、命を取ることにこだわらない。


 くんっとしゃがみ込んで横薙の追撃を避けると、その低い姿勢のままヴェインクラルの足首へと狙いを定め、ニンジャ刀を振るった。


 古の英雄すら耐えられない部位から、黒い鮮血が噴出する。


「前よりはマシになったが……つまらねえ」


 たまらず転倒する……が、ヴェインクラルは残った左腕一本で体を支え、スプリングのように押し出してカイラさんへドロップキックを放つ。


 プロレスラーよりもでかいのに、体操選手のように機敏。


 カイラさんは、でかい足で蹴り飛ばされ弾き飛ばされる。


 しかし、タブレットから伸びた光はそれを追わない。体勢を崩したヴェインクラルを照らし続けたまま。


 正確には、その少しだけ上を。


「ミナギくんお願い!」

「エクス、全部だ!」

受諾アクセプト。《ホールディングバッグ》をディスペンサーモードで実行します!」


 ヴェインクラルの足が止まり、カイラさんはヤツから離れた。


 待っていた、ずっとこの瞬間を。


 その千載一遇のチャンスを逃さず、《渦動の障壁》の内側からアプリを実行。


 地下道の天井。ヴェインクラルの上に穴が空いた。


 間髪入れず、雪崩が発生する。

 数百本からなる、激重なペットボトルの雪崩が。


「潰れろっ!」

「クカカ! 次から次に手品が飛び出してきやがるっ!」


 あれがなにかは分からないはずだが、本能が働いたんだろう。

 手を使わずに起き上がり、その勢いのまま後ろへ飛んだ。


 カイラさんは、優先順位を間違えるなと言った。


 まったく全面的に賛成だ。

 オーガの群れをどうにかするより、ヴェインクラル一人を排除したほうがいい。絶対に。


 というか、石1万個使って往復すればいいんだろ?

 これでダメでも、今度は倍以上のペットボトル用意して戻ってきてやるよ。


 夜勤? 知ったことかッッ!


「手品なら、まだ終わってないぜ」


 ここから仕切り直しだと言いたげなヴェインクラルに、俺は現実を突きつけた。


「エクス、《爛れし雲霞》」

受諾アクセプト

「水浴びでもしてろっ!」


 白い酸の雲がオーガの地下道に広がり、ヴェインクラルも包み込むが、はっきり言ってそれはどうでもいい。


 狙いは圧縮水のペットボトルすべて。


「カハハ! 次から次へとっ」


 酸の雲だろうと関係ないと言わんばかりに、ヴェインクラルの声が近付いてきた。

 同時に、ぴしりぴしりとなにかが細かく弾ける音がし――爆発した。


 爆竹を何百倍にもしたような轟音。


 空気どころか、地面さえ震動している。


 ペットボトルが溶け、文字通り爆発的な勢いで水が吹きだした。消防車の放水なん目じゃない。あっさりと《爛れし雲霞》は中和させられ、水が溢れていく。


 地下道全体へ。


 そして、ヴェインクラルへ。


「はぁ? なんだコイツは……ッッ」


 さすがのオーガも、面白がってはいられない。顔が見えないのが残念だ。ざまぁ。


「ただの水だよ」


 ただし、100トン以上のな!


 訝しげな、威嚇するようなヴェインクラルの声は、水音にかき消された。

 低く、うなるような。それでいて、巨大で不吉な水音に。だから、俺の声が届いたかどうかは分からない。


 だが、そっちを確認している余裕はない。


「カイラさん!」

「ミナギくん!」

「《渦動の障壁》、解除します!」


 目の前から、水の壁が消え失せた。

 そうなることが分かっていたかのように、カイラさんが俺を抱え上げる。


 もう、お姫さまだっこだなんだなんて文句は言っていられない。今度、絶対に移動系のスキル取るけどなっ! 絶対に! 絶対にだ!


 とにかく、今は巻き込まれないよう、安全圏へ退避しなければ……あれ? おかしい。


 お姫さまだっこされたまま後ろを確認しているが、一向に水が引かない。というか、地下道の奥からこちらへ迫っていた。


 なんで? どういうこと?


「って、ヤバくねえ!?」

「今は、とにかく逃げましょう」

「ミナギくん、飛ばすわよ」


 ぐんっと、カイラさんが加速する。


 しかし、水はその足下にまで達していた。いや、こっちだけじゃない。辺り一帯にだ。

 タブレットのライトを照らせば、オーガの地下道にも渦を巻いて流れ込んでいくのが見えている。


 俺が解放したよりも遥かに大量じゃない?


 どうなってんだよ、これ!?


「オーナー、《ホームアプリ》で脱出を……」

「いや、それじゃ戻ったときも同じ場所だ」


 冷静になる時間が稼げるぐらいの効果しかない。それなら、もっと有用なアプリがある。


「先に、《水域の自由者》を使おう」

「あ、そうですね。《水域の自由者》を実行します」

「水の中でも自由に動けるマクロ……魔法みたいなものです」

「それは助かるわ」


 俺たちは青い光。オーラみたいなのに包まれた。

 これで、溺れることはない。


 一安心したのか、下から見上げるカイラさんも笑っているのかと思ったら……違った。


「でも、このまま逃げ切ってしまっても構わないのでしょう?」


 安堵ではなく、不敵な笑み。

 傷ついた美人にやられると、雰囲気がありすぎる。好きになっちゃいそう。あと10年若ければ。


 カイラさんがさらに加速し、地上へとつながる階段を一気に駆け上がっていった。


 速すぎて、反射的にカイラさんに抱きついてしまう。


 そっかー。

 俺を背負子で運ぶときは手加減というか、巡航速度だったわけだ。


 そうだよな。マラソンランナーとか、一般人の全速力みたいな速度で走るもんな。それが、一時的にせよリミッター解除したようなもんだもんな。


「このまま、崖の上まで戻るわよ」


 地上へ戻ったカイラさんが宣言するのと同じタイミングで、コポコポと地下から水が溢れ出してくる。


 明らかにおかしな水量に、俺はうなずいて賛同することしかできなかった。

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