宝箱の蓋は、思っていたよりも重たかった。
腰を下ろして、腕だけでなく全身の力を使い、一気に蓋を開く。
「これは……すごいわね……」
「まだ、慌てるような……あわ……あわ……」
冷静になりたかったが、無理だった。
宝箱を開けた瞬間、透明でキラキラ光る石がざあっと流れだした。
魔力水晶だ。キラキラしている。光っている。全部
いや、明らかに箱の容積よりも多くなってるんだけど!?
「オーナー!?」
「エクス、任せた!」
辺り一帯が魔力水晶で埋め尽くされる……なんてことはないだろうけど、カイラさんからもらった倉庫の分よりも多い。
これが崖下から湖へ転がり落ちたら、もったいない。
「目を閉じてください! 《マナチャージ》実行します!」
少し離れてからタブレットを宝箱へと向けると同時に、魔力水晶だけが発光した。さっきまでの太陽光を反射していたのではなく、それ自体が光る。
照明なんてレベルじゃない。ここまで行くと、地上で瞬く星。光の暴力だ。
まぶたを閉じても、視界が真っ白に染まる。慌てて背中を向け、さらに手で目を覆う。
数秒後。
「終わりました。もう、目を開けても大丈夫です」
エクスの言葉を受けて、俺は立ち上がり目を開く。
「一度体験しているけれど……とてつもなかったわね」
カイラさんが、赤い瞳を瞬かせ率直な感想を口にした。
うん。言葉がない。ものすごい。
「全部で、石26,500個でした」
「え……? それって、今までの合計で?」
「いいえ。宝箱から出た分だけでですよ」
「マジか……」
うん。言葉がない。ものすごい。
月影の里でもらった分より、全然多い。
「元々が、15,473個でしたので、41,973個ですね。うち5,000個は換金できませんが」
「マジか……」
それでも、石40,000個を超えてる……。
よんまん……。
「《中級鑑定》が、取れる……」
「今使ったら、地球へ戻れなくなりますよ?」
「仕事と《中級鑑定》、どっちが大事なの!?」
興奮して思わずウザ絡みをしてしまったが、エクスは冷静だった。
「オーナーがこちらへ骨を埋めるつもりであれば、エクスも反対はしませんが」
「え? ずっとこっちにいるの?」
なぜか、興味津々なお二人。
とりあえず、尻尾をぱたぱたさせるの止めようか、カイラさん。シュークリーム以外のお菓子とか、運べなくなりますよ。
「おれはしょうきにもどった」
「かなり疑わしいですが、先に宝箱のチェックをしましょう」
そうだ。これだけでも、充分と言えば充分なんだけど、石だけなら普通に配布すればいいだけだもんな。他にもあるはず。
宝箱! 確認せずにはいられない!
「金貨は結構入っているように見えたわね。それから、武器もあったと思うわ」
さすがの動体視力で確認していたカイラさんの言葉に心躍らせつつ、俺たちは再び宝箱をのぞき込む。
「おお、確かに金貨だ……」
和風に表現すれば山吹色の輝きだろうか。
安っぽさのない、重々して鈍い輝きを放つ金貨が、宝箱に詰まっている……とまではいかないが、千じゃきかないくらい入っていた。
素手で触っていいのかな、これ。
「あら? これはダエア金貨ね」
「ダエア金貨? なにか特別な金貨なんですか?」
今まで、金貨は金貨としか聞いてなかったけど、種類があるの?
「特別と言えば特別かしらね。古いエルフの国で流通していた金貨で、金の含有率が高くて今でも最も信頼されている貨幣よ」
「ほほう……」
勇気を出して一枚手に取ると、500円玉ぐらいの金貨にはエルフらしい、耳の長い女性の横顔が描かれていた。裏側には、エルフの国らしく樹木のシンボルだ。
金の含有率が高いというのは真実なようで、ずっしり重たい。
「どこの国が発行した物も、金貨は金貨として扱うように定められているの。けれど、ダエア金貨で支払いをすると、二割ぐらい割り引かれる不文律があるらしいわ」
「それはすごい……けど、これ全部で何枚あるんだ?」
「数えるのは骨ね……」
それはそれで楽しそうだけど、他の宝石とか本みたいなのも気になる。
「金貨は全部、《ホールディングバッグ》にしまっちゃおう」
「でも、アプリで実行すると宝箱の中身全部入っちゃいますよ?」
「それは良くないな」
石は俺しか使い道がないからもらったけど、他はカイラさんと山分けしなくちゃならない。それなのに、アプリで全部持っていっちゃったら、俺が独り占めしたみたいになっちゃう。
「手で鞄に入れていこう」
結論は、こうなった。
戦闘中も手放さず、濡らすこともなかった通勤鞄ことアナログなほうの《ホールディングバッグ》へ、金貨を手ですくっては流し込んでいく。
メダルゲームかな?
「不思議ね……。さすが、
金貨をどれだけ注いでも虚空へ消えていく、怪奇現象。
それに赤い瞳を輝かしつつ、たまに残った剣をチラチラ見るカイラさんと一緒に作業し、宝箱の中に金貨はなくなった。
「では、《ホールディングバッグ》のアプリを起動してみましょう」
カイラさんと肩を寄せ合って、液晶画面を一緒に見る。
格子状になった《ホールディングバッグ》の画面からは圧縮水のペットボトルが消え去り、代わり、いかにもという金貨のアイコンができていた。
その右下に、2,350という番号が振られて。
「金貨は2,350枚か……」
「確かに、その程度はあったのでしょうけど……」
俺とカイラさんは、顔を見合わせ絶句する。
これだけで一財産。
「でも、まだオーナーの財宝フェイズは終了してませんよ?」
そうだ。むしろ、ここからが本番まである。
「オーナー、次はどれに行きます?」
「そうだな……」
鉈ぐらいの大きさの剣。
いかにもという雰囲気のある本。
古そうな、厚手の紙の巻物。
ロザリオとか、ブレスレットのようなアクセサリー。
他にも……と、目移りしていたところ。カイラさんが控えめに口を開く。
「私としては、あの剣が気になるのだけど」
「ああ。さっきから、見てましたもんね」
「え? なんの話かしら?」
まったく心当たりがないというカイラさんだったが、耳は忙しなくぴこぴこ動き、ただでさえも肌が白くて目立つのに、首元まで真っ赤になっている。
そういうところだぞ。
大変良いと思います。
「じゃあ、どうぞ」
刃の根本に赤い宝石が埋め込まれた、50センチぐらいの剣を手渡した。
「え? 私でいいの?」
「俺が剣を持っても仕方ないですから」
なぜか真剣な表情でこくりとうなずいたカイラさんが、鞘から刃を抜く。
意外にも刀身は真っ黒で、本当に刃があるのか分からないぐらい。
不吉。でも、ぞっとするぐらい綺麗だ。
カイラさんは剣を握ったまま、精神を集中するように目を閉じた。
……なにをやってるんだろ?
別に感動しているというわけではないだろうけど、一体? まさか、呪いのアイテムってことは……。
と、心配になってきたころ、カイラさんはおもむろにまぶたを開いた。
「
「大丈夫なんですか? 呪いとかじゃ……」
「心配ないわ。すべてではないけど、マジックアイテムの能力すべてを知り活用するには、心身ともに馴染ませる必要があるのよ」
へー。
突然の新設定。
「でも、
「あれは、厳密にはマジックアイテムではなく、より上位のアーティファクトだからまた別ね」
「そうだったの?」
「エクスに聞かれても。魔法とか、よく分からないですし」
神運営からのプレゼントだし、そういうことになるの……か?
まあ、気にしなくていいか。
「それで、その剣はどんなものでした?」
「すごいわ」
興奮気味なカイラさん。かわいい。
「銘は、カラドゥアス。古い言葉で光と闇という意味よ」
合わさって最強に見える?
「この剣の核は、刀身ではなくこの宝石。ここに様々なルーンが刻印されているの。特にすごいのは《光刃》、《増殖》、《帰還》ね」
「へえ。ルーン」
そういうのもあるのか。
というか、カイラさんさっきからすごいばっかりじゃない?
「ええ、これが《光刃》」
ブォンという低い音がしたと思うと、真っ黒だった刃が白い光にコーディングされた。
そして、反対方向に鋭く剣を振ると、光が伸びて地面に食い込んだ……というか、岩の地面を斬った。
……遠い昔、遥か彼方の銀河系の物語かな? その光を撃ち出したりできそう。
「続けて、《増殖》」
右手で持っていた剣――カラドゥアスをジャグリングするみたいに左手へ放り投げる……が、右手にも剣が残っていた。
剣が増えた……《増殖》だから当然か。
あっという間に二刀流だ。
「さすがに、5分程度で消えるし、同期者の手の数までしか《増殖》はできないみたいだけど……」
「それは残念」
というか、腕が多い種族とかもいるんだな。ある意味、当たり前か。
「そして、《帰還》」
なにを思ったのか、カイラさんが湖の方向へカラドゥアスを投擲。そのまま、右へ移動した。
そして、剣は虚空を切り裂き湖の上へ。
投げても、リンゴの的があるわけでもないのだ。そのまま水中へ没する……かと思いきや、くるっと回転してカイラさんの手へと戻っていった。
投げた場所とは、別の場所にいるカイラさんの手へ。
ルーンすごい。
「これは、伝説級の武器ね。あの《雷切》よりも格は上だと思うわ」
「ふむふむ、いい武器が入ってたんだな。じゃあ、次はどれを確認しようか」
「え? この剣はどうするの?」
「どうもこうも、カイラさんの物ですけど」
カイラさんが固まった。
身も尻尾も含め、完全に。
……なんで?
「
「俺一人ではここまで来られなかったし、それに仲間でしょ?」
それなら、報酬は山分けだ。
現金はパーティ財産にするかもしれないけど、マジックアイテムは分配しないと。
だから、《初級鑑定》とか絶対に使わない。
「オーナーはオーナーなので、この程度で驚いていたら身が持たないですよ?」
「そう……。そうね……」
エクスの言葉にうなずくカイラさん。
顔を引き締めると、その場に膝をついた。
「
「あ、はい。これからもよろしくお願いします」
だから、立って立って。かしこまらないで。
いや、でも、今がチャンスか? お姫さまだっことか、背負子は止めてもらうように言わないと……と、思ったところでカイラさん立ち上がり、悔しそうに湖面を見つめる。
「これなら、あの
「それ以上、いけない」
あいつのことを口にすると、それがすべて生存フラグにつながってしまう。
だから、ヴェインなんとかのことは積極的に忘れるべきなのだ。
まだまだ楽しい報酬の時間は続くんだから。