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42.脱出した先に

「心当たりと言っても、これなんだけど……」

「わわっ、本当に……」


 通勤鞄こと《ホールディングバッグ》から、例の禍々しい魔道書(推定)を嫌々取り出したところ、なぜか本條さんは目を輝かせた。


 最近の女子高生は、正気度減りそうな魔道書をキモカワイイとか言っちゃうんだろうか? まさか、そんなはずないよな。

 エクスがいたら、キモカワイイ自体が最近ではないですよ、オーナー! とか言われそうな気もするけど。


「予知で見た本は、これで間違いないです」

「めっちゃ悪夢って感じだな」

「とんでもない。そんなことないですよ」


 大変申し訳ない。


「これは、どんな謂われのある本なのでしょう?」


 当たり前のように本に触れようとする本條さんを押しとどめつつ、俺はどう言ったものかと思案する。

 異世界で手に入れました……と言うのは簡単だが、情報量が過多か。そこは、省略しよう。


「詳しいことは、ここから脱出してからで構わないかな?」

「はい、もちろんです」


 信頼の瞳がまぶしい。

 というか、痛いぐらいだ。


 意識しないようにに努めつつ、俺は当たり障りのない説明を試みる。


「ひょんなことから手に入れたのでいわれとかは分かんないんだけど、魔法の理論に関して記された本らしい」

「魔法……ですか……」


 超能力とはまた違う、神秘的な力。

 荒唐無稽な言葉を、本條さんは笑い飛ばしたりはしなかった。座り込んだまま、真剣な表情でこちらを見つめる。


 彼女にそんなつもりはないんだろうが、美人にそういうことをされるとプレッシャーがすごい。思わず、視線をそらしてしまった。


 ところで、ひょんをスルーされたのが、少しだけ悲しい。


「よ、読んでもいいですか?」

「え? 読むの? というか、引かないの?」

「引く? どうしてですか? こんなに素敵な本なのに」

「素敵……?」


 日本語の定義が乱れる。


「お願いします、秋也さん。このままでは生殺しです」

「あ、はい」


 愛書狂ビブリオマニアだったのか。となると、怪しい外観もむしろご褒美だよな。


「読めないと思うけど、まあ……」


 俺やカイラさんが触っても大丈夫だったんだから、いきなり牙をむくなんてことはないはず。

 一応、警戒はしつつ本條さんに魔道書を手渡した。


「ありがとうございます」


 今の状況も忘れて、スマホのライトを頼りに書を開く。

 本当に嬉しそうだ。


 文学少女と呼ぶには、ちょっと絵面が禍々しいけど。


 しかし。


「……読めないです」


 すぐに、悔しそうで残念そうで無念そうな表情に変わった。

 そこまでかよ。


「飾り文字……というわけではないですよね? アルファベットでもないですし、アラビア文字とも違います。ヒエログリフのほうが近いでしょうか?」

「は? ヒエログリフ分かるの?」


 ちょっとレベル高すぎない?


「ラムセスⅡ世の小説を読んだ影響で軽く勉強した程度なので、少ししか分かりませんが……」


 ほんとに分かるんかい。


「いえ、それよりも。読めないのに、どうして秋也さんはこの本が魔法に関するものだと分かったのでしょう?」

「それは……」


 ずるチートで読んだからです……と、言っていいものなのか、どうなのか。

 いや、細かい説明は省かせてもらうと決めたばかりだ。


「素質っていうか、使えるなら意識を集中させると使い方が自然と理解できるものらしい」


 らしいというか、ディスポーザーで経験済みだけど。


「秋也さんは、無理だったということですか?」

「うん。魔力的なのがないんだろうな」


 普通はない。少なくとも、地球では。

 でも、未来予知の力があるという本條さんなら、あるいは……。


「意識を、集中……」


 目を閉じ、本の表紙に手を当ててそこへ意識を集中させる。


「こうで、いいのでしょうか……?」


 ほんと、無防備すぎる。

 まつげとか長いし、首を傾げるところとか純真すぎるし。周囲の大人は、ちょっと注意してあげたほうがいいと思う。


「あっ、分かり……ました……」

同期シンクロできたのか……」

「はい。魔法……理力魔法の使い方が頭に流れ込んできて。同期シンクロというのは、言い得て妙です」


 なるほど。

 それなら、本を読めなくても問題ないな。


 ……もしかして、本文はブラフなんてこともありえるのだろうか?


「地水火風天幻といった、『根源』に連なる属性の上位に位置するのが理属性。つまり、理属性を操ることで、あらゆる属性を支配下に置くことができる。魔力を用いて理属性を制御し、『根源』から力を引き出して現実を改変するのが理力魔法……です」

「なるほど」


 ぼんやりとは、分かる。


 でも、どの属性も俺が一番って言いそうだよな。そこは、多少割り引いて聞いておくのがいいかもしれない。


「魔法……私が、魔法を……」


 本條さんは、感動の面持ちで魔道書を胸に抱いた。

 超能力があっても。いや、あるからこそ魔法に憧れみたいなのがあったんだろうか?


 絵面は相変わらずあれだが、差し引きで言うとプラスのほうが大きい。


「いきなりでなんだけど、使えそう?」

「はい。できます」


 確信に満ちた表情で立ち上がり、魔導書を片手に抱いておもむろに言の葉を紡ぐ。


「火を一単位、天を二単位。理によって配合し、光を産む――かくあれかし」


 呪文のような言葉を唱えると同時に、虚空に光が産まれた。


 幻想的で、神秘的。


 けれど長くは持たず、ほんの数十秒で、ふっと消え去った。


「成功……でいいのかな?」

「はい。今の魔法の明かりを作る場合で例えると、火と天を一対二で配合するだけで発動します。その明かりを移動させたいのであれば風の要素を、持続させたいのであれば地の要素を加える……といった具合です」

「つまり、属性を統べるのが理属性ということになるのかな?」

「はい。そういうことです。さすが、秋也さんです」


 地水火風天幻という属性。

 その配合割合を変更することで、様々な効果を生み出す。


 それが、理力魔法ということのようだ。


「なるほど」


 あれか、ブラウザゲーとかである“建造”の概念と同じだな。


 地水火風天幻という属性を素材だと考えると、その配合割合で結果が変わってくるというのは、ガチャじゃなくて、ゲーム内の素材リソースを一定量消費してキャラを作るというシステムとよく似ている。


 要するに、破壊力を求めるなら火の要素がいっぱいいるし、空母を作るにはボーキがたくさん必要とか、そういうことだよな。


 ……今、ファンタジーを真っ向から否定してしまった気がする。


「シンデレラのドレスは、水と幻を配合すれば作れそうです。12時で消えてしまうのは、地属性の要素が少なめだったんでしょうか? そういえば、ガラスの靴は毛皮の靴の誤訳だったという説があるんですよ」

「へえ。それは知らなかった。興味のあることは、いろいろ調べるタイプなんだな」

「いえ、あの……。いきなり関係ない話をしてしまって、申し訳ありません……あう……」


 魔道書を抱いたまま、本條さんが再びしゃがみ込む。


 照れる彼女の破壊力は、かなりのものだ。

 同級生とか、たまったもんじゃないだろう。


「まあ別にいいんだけど、関係のある話に戻そうか」

「はい。理力魔法を使用して、どのように噴水へたどり着くか……ですね」

「うん。これもあとから説明するけど、俺たちが噴水に入れば脱出できるというのは信用してもらっていい」

「そうなると……」


 本條さんが、魔道書を抱いて思案する。

 一番確実な方法は、なにかと。


「とりあえず、攻撃するのはなるべくやめたほうがいいかな」

「どうしてですか? 私を気遣っているのなら……」

「もちろん、それは否定しない」


 本当はそれが一番だけど、本心を悟られないよう表情を変えずに続ける。


「でも、本條さんの予知では、俺たち戦ってた?」

「それは……。いえ、確かに、そうです」


 本條さんは、魔道書を強く抱きしめ予知の内容を思い出そうとする。


「映画のゾンビのように自意識を失った人たちが、噴水の回りで徘徊しています。私たちは、その間をこっそりと抜けて噴水へ……」


 そこで、彼女も矛盾に気付いた。


「どうして、私たちは気付かれなかったのでしょう?」

「せっかく幻なんて属性があるんだし、理力魔法で姿を消したとかじゃない? 光学迷彩じゃないけどさ」

「光学迷彩……ですか?」


 はっ。光学迷彩って、一般用語じゃなかった!?

 マジか。現実世界って、広大だな……。


「要するに、光を屈折させて見えなくするみたいな感じ?」

「なるほど。そうですね、そのほうが確実ですよね。秋也さんの仰る通りです」


 でも、そうか。

 予知のビジョンだと、本を抱えた本條さんが、見えたわけだよな……。


「その未来予知って、普段はどんな風に見えてるの?」

「どんな風にですか? いろいろなパターンがありますが、基本は私の視点ですけれど……」


 一瞬きょとんとしたけれど、本條さんは素直に答えてくれた。


 なるほど。TPSじゃなくて、FPSなのか。


 作戦は決まったな。





 やっと地下通路の噴水までたどり着いた俺たちの眼下・・で、ゾンビ映画のような光景が展開されていた。


 スーツを着たサラリーマンも、ちょっとイキったお兄ちゃんも、ちょっとめかし込んだお嬢さんも、皆一様に自意識をなくしプログラムされたかのように辺りを徘徊している。


 プログラム通りに動くなんて、お前ら……デバッグされたのか……。俺以外のやつに……。


 おっと。

 それはともかく、意志を感じさせないというのは間違いない。


 より正確にはホラー映画というよりは、無双系のホラーゲームみたいな感じか。かなり生々しい。というか、あれだけの人間が敵対するというのは、かなりストレートに怖い。


 その彼らが、不意に動きを止めた。

 直後、首だけがぐるんと回って、全員が同じ一点を凝視する。


 なにもない、虚空を。


 右手に伝わる力が強くなるが、俺は握り返したりはしない。


 そして地上のゾンビもどきたちは、オンオフのはっきりした動きで走り出し、わらわらわらと詰め寄っていった。


 そこに姿を現したのが、スーツにマントの俺と、本を抱いた本條さんだ。


 すっかり、ゾンビもどきに囲まれている。


 真剣な表情を浮かべたまま、俺たちは噴水へと走っていく。


 こういうとき、うっかり足を滑らせたり、なにかに驚いて声を上げたりしてピンチになるのがお約束なのだが。


 そういうのは要らない。


 本当に要らないので、事前に「天を三単位、幻を六単位。加えて、水と地と風を一単位ずつ。理によって配合し、幻影を駆ける――かくあれかし」と、俺たちの幻影を作ってもらった。


 そこへさらに、同じように光化学迷彩の魔法をかけて、噴水へと向かわせたわけだ。


 結果はご覧の通り。


 ゾンビもどきにたかられて光化学迷彩の魔法は解け、完全に囲まれている。


 ここだけ切り取ると、本條さんが見たビジョンと同じ状態。

 そう。

 予知のビジョンは、俺たちが外側から見たものだったわけだ。


「ただ透明化しただけだったら、今頃私たちは……」

「視覚以外の認識手段もあるかな……って考えたってのもあるけど。まあ、上手くいって良かったよ」

「秋也さんと一緒で、本当に良かったです」


 心なしか、本條さんから尊敬の視線を向けられている気がする。


 それ以上いけない。


 気付いたのは、ゲーム脳だからだよ。ほんと、ただのゲーム脳だから。


「透明化に気付いた以上、幻影も長くは持たないと思うから。急ごう」


 TRPGだと、実体のある幻影を生み出す魔法とかもあるけど、過信はいけない。


「はい」


 理力魔法で空を飛び、天井近くで待機していた俺たち。


 本條さんは魔法を完全に我が物とし、噴水へと危なげなく降りていく。俺は、手を引かれているだけ。


 ……手を繋ぐぐらいなら、セーフだよね?


 と、若干焦りつつ、事前に取りだしておいたファーストーンを噴水に投下。


「このまま噴水に入っちゃって」

「はい!」


 そのまま、円形の噴水へと着地。


 足下の水が青く光った。


 次の瞬間。


 気付けば、俺たちは手をつないでお風呂にいた。


 というか、下半身が浴槽に浸かっている。俺たちが移動したというよりは、背景……世界のほうが入れ替わったのではないかと錯覚してしまう。


 なるほど。ファーストーンでの転移ってこうなるのか……って、風呂場?


「みみ、みみみ、ミナギくん!?」


 洗い場には、真っ白い肌の女性――カイラさんがいた。


 慌てて目をそらしたが、遅い。


 網膜には、その美しい姿態と肢体がはっきりと残ってしまっていた。


 仕方がない。


 責任は取ろう。


「自分で、両目の視力を断てばいいでしょうか?」


 俺にできるのは、それくらいだ。

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