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44.不思議な人

 不思議な人。


 それが、本條綾乃が皆木秋也に抱いた第一印象だった。


 未来予知で見たビジョンがビジョンだ。スーツを着てマントをまとっている時点で、相当に不思議な人だ。

 どちらかといえば、変ではなく不思議で済ませてしまう綾乃のほうに問題があるかもしれない。


 その第一印象は、実際に彼と接していくうちに、「不思議だけど、いい人」へと変わっていった。


 あのホラー映画のような状況に陥っても、決して冷静さを失わない。

 巻き込んでしまったのに、非難のひとつもしない。

 それどころか、綾乃のことを気遣う大人で紳士的な対応。


 それが綾乃にどれだけの安心をもたらしたか、彼は想像もしていないに違いなかった。


 優れた容姿のせいか。それとも、相手がどう思うか配慮が足りないのか。綾乃は普通に接しているつもりでも、相手から誤解・・を受けることが多々あった。


 既婚者でも関係なくだ。


 そんな雰囲気が、彼からは微塵も感じられない。

 むしろ、名前では呼んでくれず、距離を取られているきらいすらあった。


 人間というのは身勝手なもので、そうなったらそうなったで、哀しく寂しい。だが、同時に可愛らしくもあった。年上の男性に対して失礼なのは承知で。


 彼からすると大人として当たり前の態度でしかないのだろうが、綾乃にはその普通が嬉しかったのだ。


 そして、勇気を振り絞って未来予知の話をしたとき、喜びは頂点に達した。


 彼に言った通り、中途半端な理解を示されるのが一番厄介だったのだが……。そんな最悪の想定を遙かに超えていった。


 未来予知。

 あり得ない、超能力。


 なのに、それが事実としてあるという前提で淡々と話を進め、しかもこちらの罪悪感を丸ごと受け止めてくれたのだ。


 綾乃は、なぜ、先にそのことを予知で見せてくれなかったのかと理不尽に憤ったものだ。

 予め知っていたら、もっとましなことが言えたのにと。


 それから、あのシュークリームを取り出す手品・・で、どれだけ勇気づけられたことだろう。本当に種も仕掛けもないようなのだが、それでも嬉しさは変わらない。


 包容力だけでなく、未来予知のビジョンから正解を導き出す思考力もすごかった。まるで、本格ミステリィの名探偵のような鮮やかさ。


 彼がいなかったら、未来予知などなんの役にも立たなかった。

 助かったのは、すべて彼のお陰。


 だから……。


 第一印象は最終的に、「不思議だけど、いい人で……素敵な人」となった。


 それゆえ、カイラというあの綺麗な人の存在は、綾乃の心に言いしれぬ衝撃を与えた。


 自分だけが知っている「いい人」には、すでに別の人がいた。自分だけが知っているというのが、そもそも思い上がりだった。

 しかも、自分よりもずっと大人で、ずっと綺麗な人。


 嫉妬。


 初めての感情に突き動かされ、思わず彼の目を塞いでしまった。男性と密着するのは初めてで、でも、そんなことを気にしている余裕はなかった。


 彼女を見てほしくなかったのか。

 それとも、自分を見てほしかったのか。


 どちらかは、綾乃自身にも分からない。


 分からないから、彼が彼女に説明をしているときは、ずっと黙っていた。黙って、心の平衡を保とうとしていた。


 それでも上手くいかず……だけど、あっさりと彼を許した彼女の包容力に毒気を抜かれ、あっさりと平常心に戻ってしまったのだが。


 その後また、彼の名前を知っていたのは自分だけという事実に心が揺れたりもしたが、そんな状態だったから、エクスという妖精の存在もあっさり受け入れることができた。


 さすが秋也さんですと、誇らしげですらあった。


 だから、本條綾乃が皆木秋也の話を疑うことは決してない。


 ないのだが……。


 それでも、彼から語られた話は、想像を絶するものだった。





「夜勤ではないのに、始発で帰る……? どういう状況なのでしょうか、それは」


 そして、説明は直後に一時停止を余儀なくされた。

 すごい。

 本條さんが、本気で理解できないって顔してる。


 すごい。

 それでも台無しにならない美少女すごい。


「終電の間違いではないのでしょうか?」


 俺としては、終電で帰れるほうが理解できないんだが? 


 あれ? おかしいな? 哀しくなんかないのに、涙が……。


「そこはスルーしよう? 泣きたくなるから」

「ですが、労働法では……」

「とにかく、俺はエクスのおまけで、地球人にとっての異世界――オルトヘイムという場所に行くことになったんだ」

「エクスさんのおまけ、ですか?」

「神様のような存在と話したのはエクスだけですが、実質的にはエクスとオーナーは一心同体と考えて構いません」


 これだと、お互いに譲り合ってるみたいだな。会計前のおばちゃんかよ。


「異世界へ行く際の特典のようなもので、《水行師》というスキルを得ました。他にもいくつかありますが、それは省略します」

「もしかして、言葉が通じるのはスキルが理由ですか?」

「ええ。ですが肝心なのは、このタブレットでモンスターなどが持つ魔力水晶を吸収し、綾乃ちゃんのように魔法っぽいスキルを使ったり、あっちとこっちを移動したりできるようになったことですね」

「秋也さんとエクスちゃんは、水属性に専門化をしているのでしょうか?」

「特に属性と関係してはいないのですが、そう考えたほうが分かりやすいでしょうね」


 ふむふむ。

 ……あれ? 俺いなくても話が回ってるな?


「その後、私と出会ったのね」

「そうです。あのときは、《セーフティゾーン》というアプリで、安全な空間にいました」


 俺に答える暇を与えず、カイラさんと本條さんの間を飛び回って過去話を始めるエクス。


 楽だからいいけどね……。


 俺は、ペットボトルのお茶を注いだり、お菓子を分配したりして裏方に徹することにした。

 むむ。小分けのパックだと、人数で割りきれないな。TRPGのときは、ファンブル出した人間に余りを贈呈していたが、どうするか……。


「安全な空間で、《水行師》のスキルでどんなことができるかチェックしていたのですが、そこにオーガから追われている女性が現れたんです」

「……私ね」

「ということは……」


 ヤメテ。

 本條さん、変に目をキラキラさせないで。


「そう。オーナーは、エクスの制止を振り切って戦場に降り立ったのです!」

「振りきってはないだろ」


 マスターとスレイブでいえばエクスがマスターなので、スレイブ側から命令無視はできない。

 それはそれとして、エクスの衣装がいつの間にか巫女っぽいのから、噺家風に変わっていた。座布団か、座布団が欲しいのか?


「正確には、ちょっとツンデレっぽく適当なメリットを並べ立ててエクスを説得して割って入ったのです」

「……そうだけど」


 そうだけどさぁ。言い方ぁ!


「しかし、そのオーガ……ヴェインクラルは規格外の強さでした」

「そうね。あれは、部族でも相当頭抜ずぬけた存在よ」

「安全な障壁の向こうからの攻撃では、彼女が危ない。そう決断したオーナーはバリアを解いて、近接戦を挑みました」


 あれなー。《渇きの主》なー。

 接触しなきゃいけないから《渦動の障壁》解除しなきゃいけないとか、トラップ過ぎるわ。


「なんとか撃退には成功したものの、オーナーはそのオーガからはライバル認定されてしまうことになるのです」


 それは、いったいなにクラルなんだ……。


「そういうこともあって、警戒してフルネームを名乗らなかったのですね。呪術的な意味もあると、オーナーは言っていましたが」

「なるほど。そういうことなら仕方がないわ」

「そうですね」


 え? 納得するの?

 カイラさんは、ファンタジーの人だからまだ分かるけど……。


 まあでも、中学生とか高校生の頃ってオカルトとかシリアルキラーとかに興味を持ちがちだし、あり得なくもないのかな?


「ですが、どうして私には名乗ったのでしょう?」

「そりゃ、女子高生に不審者扱いされるほうがリスクが高いから」

「……そういうものですか」

「そういうものなんです」


 殺される殺される。

 きっと間違いなく殺される。

 他のだれにでもなく、他の何にでもなく。


 俺は社会的に殺される。


 まったく、恐ろしい話だぜ。


「しかし、オーガの脅威は間近に迫っていました」

「オーガたちは地下から地上へ侵略し、根こそぎ奪ってまた地下へ戻っていくのよ」

「まるで遊牧民……。いえ、それ以上ですね」

「そこでオーナーは決断します。地上へ侵攻するオーガたちを一網打尽にしようと」

「こちらの世界へ戻ったミナギくんは、準備をして再び私の前に現れてくれたわ」

「こうして、オーガーの侵攻地点である滅びた神殿跡へと向かうことになったのですが、そこにはヴェインクラルがいたのです」

「意図を察したヴェインクラルと激闘を演じながら、ミナギくんは大量の水を解き放つことで水の精霊殿を復活させ、オーガの野望を挫いたのよ」


 交互に話を続けるエクスとカイラさん。

 俺が夜勤やってる間に、仲良くなったの?


 まあ、それ自体は歓迎すべきことなんだが……。


「……それ、本当に俺がやったことなのかな?」


 道中カイラさんに背負われていたとか、ランダムエンカウントはカイラさんが全部処理したとか、実際にヴェインなんとかと戦ったのはカイラさんだとか。


 そういう部分を省略すると、すごい勇者っぽいぞぅ?


 あと、水の精霊殿の跡地だったの、ガチでただの偶然じゃん?


「すごいです! 大冒険だったんですね……」

「その報酬の一部が、綾乃ちゃんがずっと抱きしめている魔道書ですよ」

「これが……。あ、あのお返ししたほうが……?」

「まあ、俺とカイラさんじゃ使えなかったからね」


 ずっと、《ホールディングバッグ》の肥やしになっているよりはいい。むしろ、変な物を押しつけてしまって申し訳ないぐらいだ。


「まあ、今までの話は概ね事実なんだけど、うさんくせえとか思ってもいいんだよ?」

「いいえ。カイラさんがこちらにいらした理由など分からない部分もありますが、嘘とは思えませんし、嘘をつく理由も思い浮かびません」

「ふむふむ。綾乃ちゃん、理解と話が早くていいですね」

「でも、やっぱり終電で帰れなくて始発で帰るというのは、理解できません」


 ええ……?

 ファンタジーよりも、俺の勤務形態がファンタジーってどういうこと? 所詮、人間の敵は人間なの?


 始発で帰れるときって、まだ早いほうなのに……。


「オーナー、ここで良いニュースと悪いニュースがあります」

「……良いニュースから頼む」


 愕然とする俺の目の前に、噺家からデフォ衣装に戻ったエクスがアメドラみたいな言い回しで飛んできた。


「おめでとうございます。綾乃ちゃんが、“仲間”と認められました。勇者の指輪アインヘリアルリングも《ホールディングバッグ》に届いていますよ」

「……悪いニュースは?」

「綾乃ちゃんが、仲間と認められました」


 一緒じゃないですかー。やだーー!


「“仲間”……ということは、私も異世界へ行けるのですか? 異世界の本を読み放題ですか?」


 ちらりとカイラさんを見てから、本條さんが破顔する。


 確かに、本條さんにとっては良いニュースっぽい。


 でも、読み放題かどうかは分からないよ。落ち着いて。

 俺が出会った本は、その妖しい魔道書だけだからね? そもそも、『アルゴニアンの侍女』みたいな怪文書の可能性もあるからね?


「そう……。“仲間”が増えたのね……。私がいないところで……」


 一方、カイラさんにとっては、あれか。


 理力魔法という力があるとはいえ戦闘の素人が増えるわけだから、負担が倍。いや、二乗かもしれない。

 そりゃ、良いニュースではないよな。


 どうしたものかな……。


「そもそも、本條さんがなんに狙われたのか分かんないんだよな……」


 そう、そうだよ。

 帰宅早々とんでもないことがあって忘れてたけど、なんの解決もしてないんじゃん……。

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