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45.デビューへの道

「ひとつ確認なのだけど」


 なぜ、本條さんが狙われたのか。

 そのつぶやきにカイラさんが反応した。


 前提条件とか境界条件とかをはっきりさせたかったんだろうことは、聞かなくても分かる。


「うん。こっちでは魔法とかは一般的ではないよ」


 それは間違いない。

 間違いないのだが、つい最近例外が生まれてしまった。


 予知能力者という例外が。


 そのこと抜きには、この先の話は難しい。俺は、許可を求めるため本條さんに目をやる……と。


 笑顔だった。

 ものすごく笑顔だった。


 ついでに言うと、エクスもめちゃくちゃ笑ってた。


 なぜ?


「秋也さん、どうかしましたか?」

「なんか、すっごい笑顔だなって……」

「いけませんか?」

「いけなくはないです」


 でも、逆に怒っているようにしか見えないんですが、それは。


「私には、未来予知の能力があります。能動的に見ることができませんが、今まで一度も外れたことはないです」


 かと思ったら、俺から言われる前に自分のことを告げた。

 どういうわけか、満足そうに、むふーと頬を膨らませている。


 分からん。若い子のことは、さっぱり分からん。


「未来予知……。アヤノさんは、巫女かなにかなのかしら?」

「いえ。うちは代々、医者の家系らしいですが」


 医者の家系か。

 そんなこと言われても、ドクターKぐらいしか思い出せない。


 俺とは縁がなさ過ぎる。


「未来予知ですか……。オーナー、そのスキル石何個分だろうとか思いませんでしたか?」

「思わない、思わない」


 自分の能力なら、100パー思ってたけどね。


「それはともかく、となるとその魔道書を渡したのは少し軽率だったかもしれませんね」

「軽率? なんでだよ?」

「必要だったのはもちろん理解していますよ、オーナー。ですが、もし未来予知など、特殊な能力が原因だった場合……」

「そうね。どんな魔法が使えるようになったのかは分からないけれど、狙われる理由が増えたのではない?」


 思わず、本條さんと顔を見合わす。


 やっちまった……。


「いえ、秋也さんは悪くないです。悪いのは――」

「そうだな。悪いのは、誰だか知らないけど、本條さんと俺を狙った犯人だ」


 どう考えたって、俺たちは被害者。

 罪悪感を抱く必要なんて、欠片もない。


「むしろ、一蓮托生です。オーナーも今回の件でロックオンされた可能性がありますからね」


 と、エクスが本條さんを見てにやりと笑う。


 狙い撃たれちゃうのだろうか?


「それで、アヤノさんはどんな魔法を使えるのかしら?」

「この魔道書が教えてくれたのは、理力魔法です」

「理力魔法……。確か、すでに失われてしまった魔法の系統だったはずよ」

「それは、遺失魔法的な?」


 ロマンだ。

 いいなー。遺失魔法いいなー。俺もスリープクラウドとか使いたい。


「そうね、今は術者に合った『根源』の属性に特化した根源魔術が主流よ」

「確かに、理力魔法ではすべての属性の要素を組み合わせて使ってたからな」

「決まった呪文があるわけでもないのね? そこも違うわね」


 自由で応用が利く理力魔法か。

 制限はあるけど、使いやすい根源魔術かってことかな?


 遺失魔法とか発掘メックとか言うと無条件で心が躍るけど、古ければいいというわけでもないんだな……。


 戦艦大和の主砲は、もう作れないらしい。一種のロストテクノロジーだ。それ自体は、すごい物なのだろう。


 かといって、現代のミサイルに勝てるかっていうと、必ずしもそうじゃないわけで……。


 産廃ってわけじゃないけど、使い勝手は悪い。少なくとも、一長一短って感じか。


「とにかく、準備はしっかりしないとか」

「ええ。伝家の宝刀は滅多に抜く物ではないけれど、研いでおかなければいざというとき意味がないわ」


 見解の一致を見た俺とカイラさんは、目を合わせてうなずく。


「となると、レベリング……か」

「レベルをどうするんですか?」

「レベルを無理矢理上げること……といっても、別に俺もレベルが高いわけじゃないんだが」

「そもそも、スキルやアプリはあってもレベルとかありませんからね」


 本條さんが知らなくても仕方がない。元々はMMORPG界隈の文化だろう。

 上級者が初心者を引き連れて、狩り場でサポートしつつ効率的にレベルアップさせる行為。


「この場合は、戦闘を通じて魔法そのものに慣れようというのが目的かな」

「ということは……」

「彼女も向こうに連れていくのね?」

「もちろん、本條さんが良ければだけど」

「行きます」


 静かな決意とともに、本條さんが断言した。


「私も、わけも分からず死にたくはないです」

「それはそうだ」


 俺だって、むざむざ知り合いが傷つくところを見たくはない。


 異世界パック。

 まさか、またお世話になるとは……。


 いや、期限である24時間以内に間に合ったことを良しとしよう。


「ちなみに、異世界へ行っている間は、元の世界では時間が経過しない仕様なのでいつでも行けるよ」

「ウラシマ効果よりもすごいですね」


 オカエリナサイなんてことにはならないので安心だ。


「それなら、人間の街に出て冒険者登録するのが早道かしらね」


 そんな風に油断していると、カイラさんが唐突に爆弾を投げ込んできた。


「冒険者登録」


 一音一音。

 決しておろそかにすることなく、噛み締めるようにして言った。


「冒険者……か……」

「ああっっ、オーナーがすでにやり遂げた表情をっっ」

「俺も、ついにここまで来たかと感慨深くてな……」


 そうか……。


 俺もついに先輩冒険者に絡まれたり、ギルドカードを作るときの魔力測定が異常値だったり、加入試験でやり過ぎたり、ギルドマスターと直々に面談したりするのか。


「じゃあ、このあとは冒険者やるのに必要そうな装備を事前に準備しに行こうか」


 水はいいけど、保存食とかキャンプ用品を買っておきたい。

 一緒に、月影の里へ卸す調味料のサンプルとかも。


 夜勤明けだし、下手に家にいるより無理にでも動いたほうが寝落ちせずに済むしちょうどいい。


「そういえば、カイラさんがラーメンが食べたいと言っていましたよ」

「ラーメン?」


 買い物と言ってすぐにそれが出てくるのはどうなんだと、エクスに詳しい説明を求める。


「エクスの判断で、マンガを読んでもらいました」

「影響されやすい人間のようで、ちょっと恥ずかしいのだけど……」


 エクスが指さした先。

 俺のベッドの脇に、少年誌で連載されていた忍者マンガが積まれていた。ちょうど、中忍試験のところまで。


「なるほど」


 それは確かに、興味を持つわな。


「じゃあ、昼はラーメンでも食べに行こうか」

「お昼……あ、ああっ」


 なにかに気付いた本條さんが、その場にびたーんと倒れ伏した。

 なんだこの、可愛い生物。


 まったく、気を強く持たないと危険すぎる。


「学校、どうしたら……」

「遅刻だなぁ」


 言われて、俺も気付いた。

 あれからいろいろあったし、もう、昼近い。


「とりあえず、途中で具合が悪くなって家に帰ったということにすれば?」

「でも、家にも連絡が行っているはずなので……」

「それなら、携帯に確認が来てるんじゃないの?」


 電話じゃなくても、メッセージアプリとか連絡方法はある。

 だけど、本條さんはまったく気にした素振りを見せなかった。


「携帯電話、持っていません。学校には持ち込み禁止ですし」

「お、おう」


 お嬢様学校かな?

 その辺の校則の強制力ってのが、どの程度かちょっと分かんない。


 俺の学生時代はポケベルだったから、携帯持ち込み禁止という校則自体存在しなかったんだよなぁ。

 女子が、休み時間に公衆電話でなんかメッセージを打っていたのを思い出す。


 なにもかも、みな懐かしい……。


「それなら、家には具合が悪くなって途中で休んでいた。動けるようになったので、これから帰りますって連絡したら?」

「帰るんですか?」

「え? 今から学校行くの?」

「私は、秋也さんについていっては駄目なのでしょうか……?」


 大きな瞳をうるうると潤ませ、哀願するかのように言う。


 ふむ……。


 そんなにラーメンが食べたいのか。


「分かった。どうにかしよう」


 これはあれだな。

 箱入りのお嬢様が、庶民の味とファーストコンタクトみたいなシチュエーションなんだな。ハンバーガーに「ナイフとフォークはありませんの?」とか言っちゃうやつ。


 そう考えると、ちょっと燃えてきた。


 こんなに美味しいものを初めて食べました……なんてことにはならないだろうけど、二人のラーメンデビューは、しっかりとサポートしないとな!

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