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46.同意とみてよろしいですね

 ラーメン。

 今日は、ラーメンだ。


 頭と舌をラーメン一色にして、目的としていたお店に到着。


 久々の家系ラーメン、どう出るだろうか。


 入り口は二箇所あり、どっちから入っても近くの券売機で注文できるようになっている。床はちょっとぬめっとしてて、なかなか期待できそうな店構えだ。


 今日は奇をてらわずチャーシュー麺(とんこつ)をチョイス。赤味噌は次の機会に。


 店内はカウンターのみで、15席程度。先客は学生らしい四人組だけ。店に入った瞬間に、店員が水を入れて席を確保してくれていた。


 カウンターに食券を置くと好みを聞かれたが、お任せで注文。初めての店は、こうするのがスタイルだ。


 7分ほどで、丼着。


 濃すぎないクリーミーさと、飲み飽きないしょっぱさが特徴のスープ。この時点で、ご飯を注文しなかったことを後悔する。

 かなり絶妙で、正直、スープだけでも満足感がある。


 ホウレン草とネギは、やや控えめ。チャーシュー麺だったからかもしれない。海苔は大きめの物が三枚。必然性はよく分からないが、無ければ無いで寂しい。


 チャーシューはたっぷり6枚。薄く、あっさり目(悪く言えば、ぼそっと)だが、麺と一緒に食べると程良い満足感を味わえる。

 単独なら、2枚重ねて一気に食べてしまうのも良い。贅沢だ。


 麺はやや柔らかめ? もちもちして悪くはない。スープもよく絡む。だが、次は固めかなと思う。


 空腹だったこともあり、一通りの確認を済ますと一気に食べきってしまった。もちろん、スープも完飲。


 確かにあったはずのゆで卵、いったい、どのタイミングで食べてしまったのか。自分でもよく分からない。


 とにかく、満足。

 希代の名店というわけではないが、手軽にとんこつ欲とかラーメン衝動を満たしてくれる一杯でした。


 ごちそうさまでした。また来ます。


 ……と、一人なら怪文書をしたためる気分で、家系のラーメンでも食べに行けばいいのだが。


 今回は、連れがいる。珍しいことに。一緒にラーメンなんて、最近じゃたまに会社の後輩の子と行くぐらいだよ。


 まあそれはどうでも良いんだが、ほぼラーメン未経験の二人にあまり尖ったのはリスキーだ。とんこつとか、慣れていないと、臭みが感じられるかもしれない。


 それ以前に、ラーメンも異世界もレベリングも、現実の問題を片付けてからの話だ。


「どう説明したら、許してもらえるでしょうか……」


 まずは、不幸な高校デビューをしてしまった本條さんをどうにかしなければならない。しかも、この後一緒に行動しなければならないという条件付きで。


「いやいや。ここで本條さんが自分で連絡をするのは悪手だよな」

「しどろもどろになる自信はあります」


 狭い部屋の中で、俺と本條さんがうなずき合う。カイラさんは、よく分からなさそうに曖昧な微笑みを浮かべていた。


「というわけで、よろしくお願いいたしたく」

「ふっふっふ。オーナーから頼られると、承認欲求が満たされますね!」


 家と学校には、具合が悪そうな本條さんに付き添っていたという設定で電話をした。


 エクスが。


 電話越しに電子の妖精と会話をしたという衝撃的な事実を知らぬまま、学校の先生と本條さんの家のお手伝いさんはあっさりと言いくるめられた。


 結果、学校の先生は親切な女性に付き添われて家に帰るものだと思わされ、お手伝いさんは遅刻しながらも学校に行くものだと言葉巧みにごまかされた。


 本條さんの出番は、最後に声を聞かせて補強するだけ。簡単なお仕事だ。


「き、緊張しました……。学校をサボタージュするのは、初めてです」

「うん、そうだろうね」


 サボるをサボタージュするって言う人も初めてだよ。


 ゲームの限定版がどうしても欲しくて2時間目まで学校サボって買ってから何食わぬ顔で遅刻してきた高校時代の俺はどうなるんだろうね?


 担任が生活指導の教師だったのに、よくやるわ俺。


「それもまた青春と言えるのでは?」

「それでいいのかなぁ?」

「いいのではないですか? 学生時代の姿勢が、今の生活につながっていると罵倒されたいわけではないでしょうし」

「そんなことされたら、泣くしかねえ」


 連れてってよ、エクス!

 なぁなぁで過ごしても、そこそこの収入が得られる世界へ!


「今のが、エクスさんが言っていた電話ね。遠くの場所と話ができるというマジックアイテム」

「そこかぁ」


 カイラさんへのフォローが、おざなりになってしまっていて申し訳ない。

 けれど、まだまだやるべきことが残っている。次は指輪だ。いや、勇者の指輪アインヘリアルリングだ。


「ミナギくん、今ので行動の自由は確保できたということでいいのよね?」

「うん。大丈夫」

「では、オーナー。勇者の指輪アインヘリアルリングです」


 エクスが《ホールディングバッグ》から金無垢の指輪を取り出し、俺の掌の上に出現させる。

 カイラさんも俺も身につけている、勇者の指輪アインヘリアルリング。スキルやマクロの効果を共有したり、念じれば居場所が分かったりする指輪だ。


「つまり、私と秋也さんの絆の証ですね」


 俺の説明を聞いた本條さんが瞳を輝かす。

 間違いじゃないけど、ちょっとニュアンスが違う。違わない?


 まあでも、生死をともにした結果と考えれば絆とも言えるか? ちょっと、条件緩いような気がしないでもないけど。


「運営……。神様なのかな? まあ、自動的に贈ってくる物だから、遠慮しなくていいよ」


 とりあえず、受け取ってもらわなきゃ話が始まらない。

 指輪をつまんで手渡そうとする……が。


「あれれー? おかしいなー?」


 本條さんに勇者の指輪アインヘリアルリングを渡そうとしたが、受け取る気配がない。というか、なんで左手の甲を出していらっしゃるので?


「秋也さん、末永くよろしくお願いします」

「ミナギくん、ここはちゃんとしましょう」


 解せぬ。


 しかし、俺は圧力に負けて左手の薬指に指輪をはめてしまった。


 だって、中指にしようとしたら、散歩だと思ったら動物病院へ連れていかれた犬みたいな顔するんだもん。断れないって。


 誰だってそうする、俺だってそうする。


 まあ、男避けという意味ではありかもしれない。


 はい! 次行こう、次!


「カイラさんにも説明したけど、異世界へ行くに当たって取得してほしいスキルがある。といっても、全部こっちでやるからやってもらうことはないんだけど」


 と前置きをして、スキルやらなんやらの説明をおさらいの意味も込めて行う。


「どれも重要なことばかりですね……」


 黙って聞き終えた本條さんが神妙にうなずく。


「同意とみてよろしいですね?」

「ああ。よろしく」

「では、石5000個を消費し、異世界パックをもうひとつ購入します」


 指紋認証して、ちゃりーんと購入。

 これで、石の残高は、26,823個。フェニックスウィングの燃料もあるけど、まだまだ全然余裕だな。


 ……《中級鑑定》は遠くなったけどな。


 そして、すぐさま適用。


「これでいろいろ大丈夫になったけど、たぶん、自覚症状はないと思うから、そんなに気にしなくて――」

「わわっ」


 今まで、俺にもカイラさんにも即効性が認められなかった《レストアヘルス》に《トランスレーション》に《リフレクティブディスガイズ》だが、今度は違った。


「あの……カイラさんに耳と尻尾が……?」


 なるほど。《リフレクティブディスガイズ》を持っている相手同士には、効果がないのか。


 だが、本條さんは、なぜかカチューシャを触って耳が生えていないか確認している。


 あ、異世界パックでケモミミが生えたのかと誤解したのか。


 くっそ、天然でかわいいなこの子。


「カイラさんは、野を馳せる者セリアンという種族だそうだよ」

「ええ。人種ヒューマとは違うのよ」

「セリアン……ヒューマ……。ある種の宇宙人だと考えれば……」


 SF好きなのかな?

 本條さんが折り合いを付けてる間に、俺はもうひとつの用件をエクスへ告げる。


「あとは、エクス。今のうちに、石の換金を試してみたい」

「おお、ついにですね!」


 石の残高は、26,823個。


「端数の823個を換金すると、24万6900円……約25万円か」


 端数で月収とかやべえ気がするけど、キャンプ用品って高いやつは高いしなぁ。これだけで足りるかどうかは微妙なところ。


 まあ、未換金の金貨もたくさんあるし、別に俺の貯金だってないわけじゃない。大丈夫だ。胸を張ってあるとは言えないけど。


 なお、最初のヴェインクラル戦で消費した石の金額を考えるのは禁止するものとする。


「秋也さん、ちょっと待ってください」


 ぴっと背筋を伸ばし、授業のように手を挙げる本條さん。

 なにか、おかしなところがあっただろうか?


「石というのは、エクスさんが仰っていた魔力水晶のことでいいんですよね?」

「ああ。本当は神威石っていうらしいけど」


 正式名称を使う必要性を感じたことはない。


「確か、私のために5000個消費するって……」

「言ってたな」

「ええっ!? 150万円もしますよ!」

「元手の石は、クエスト達成報酬っぽいのがほとんどだから、気にすることはないって」

「でも、150万円ですよ? 1500円の本が、1000冊も買えるんですよ?」


 計算は合ってる。

 だが、普通の人は、そんなに買おうとしない。


「1000冊もあったら、1日3冊読んでも、一年以上過ごせます」


 大金だということを強調したいらしいが、ちょっとわけ分からなくなっている。

 もしかすると、本條さんにとっては、この上なく分かりやすい表現なのかもしれないが……。


「そんな大金、どうやってお支払いしたら……」


 医者の家なのに、金銭感覚は庶民的だ。

 別に返してもらう必要もつもりもないんだけど……。


 でも、それじゃ本條さんの気が済まないか。


「それなら、冒険者になってその活躍で返済してもらえばいいさ」

「分かり……ました」


 本條さんが神妙な顔つきで、こくりとうなずく。


「つまり、体でお返ししろということですね」

「ミナギくん?」

「俺、最初からそんなこと言ってないよね!?」


 誤解だ。

 というか、本條さんも冗談で言ってるって。笑ってるし。


 俺たちとカイラさんは《トランスレーション》越しの会話なんだから、微妙なニュアンスの言い回しは良くないよ?


「エクス的には、オーナーはそれくらい積極的でもいいと思いますけどね」

「そういう方面まで全肯定するのやめよう?」


 さすがに、アラフォーが借金で女子高生に関係を迫るとかヤバすぎる。

 陵辱ゲーじゃないんだしさ?


 払えなければ、まず弁護士とかに相談しよう?

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