「ダブルデート」というアークス王子の突拍子もない提案に、リーゼリットは眩暈がした。
もはや平穏どころの話ではない。
しかし、アークスはすでにシリウスの肩を、そして半ば強引にロザリアの肩まで組んで、満面の笑みを浮かべていた。
誰も彼の暴走を止められない。
リーゼリットは抵抗する気力もなく、ただ茫然と彼の後について行くしかなかった。
アークスが提案したのは、王都で最近話題の、新しくできたばかりの庶民的な食堂だった。
王族や貴族が護衛も連れずに、しかも四人揃って入っていく姿は、道行く人々の度肝を抜いた。
食堂の店員も、まさかの客層に混乱しつつも、慌てて彼らを奥のテーブルへと案内する。
メニューを前にしても、リーゼリットの困惑は消えない。
前世の記憶が、目の前の光景と全く結びつかないのだ。
アークス王子は、ロザリアを愛し、リーゼリットを疎むはずだった。
シリウス王子は、そもそも前世には存在しない。そして、ロザリアは……。
リーゼリットが隣に座る妹をちらりと見ると、ロザリアはシリウスに対し、常に警戒心を剥き出しにしている。
その眼差しは、まるで獲物を狙う猛獣のようだった。
――この状況、一体どうなっているの?
リーゼリットの頭の中は、巨大な迷宮のようだった。
「お姉様は何になさいますか?」
ロザリアがリーゼリットにメニューを見せながら尋ねてくれるが、常にシリウスへの牽制の眼差しを切ることはない。
「そうね。私はよく解らないのだけど……唐揚げ定食というものは一体どのような物なのかしら?」
「鶏肉ですよ」
「鶏肉なのね」
文字だけ見てもよく解らない。
庶民の呼び方と、貴族の呼び方ではおそらく違うのだろう。
「お姉様は少食なので、このお子様ランチになさったら? 年齢制限はありませんし、色んな味を楽しめますよ」
「貴女に任せるわ」
お子様ランチがどんな物かは解らなかったが、リーゼリットはロザリアに丸投げした。
「ロザリアはどうするの?」
「そうですね。お姉様が気になった唐揚げ定食にします。お姉様も食べられるし、ちょうどいいと思います」
「貴女の好きなものを選んで欲しいわ」
「私は唐揚げ大好きなので」
ロザリアは決めると、メニューを王子に渡す。
アークスとシリウスが一緒に庶民的なメニューを見ているのは、何だか面白い絵面だ。
少し、テーブルが狭そうである。
よく考えたら、並びはこれで合っていたのかしら。
「ロザリア、このうどんというものは何だ?」
「白くて太い麺です」
「では、この素麺というやつは?」
「白くて細い麺です」
「パスタみたいなものということか?」
「はい、そうです」
アークスの質問に答えるロザリアは、リーゼリットを相手にするときとは違い、ずいぶん大雑把だ。
それにしてもアークス王子とロザリアは仲が良いのだろうか。
王子相手になかなかの不敬な気がするが、王子はロザリアを断罪したり注意したりしない。
――こういう関係が良いのかもしれない。
ハッ!
それでダブルデートね!
王子はロザリアとデートしたいということなのね!!
リーゼリットはやっと理解が追いついたと、うんうんと頷いた。
「僕は何が良いと思う?」
「無難にサンドイッチやパスタにしたら良いのでは?」
「えー、王室では食べられない物が食べたいよ」
「じゃあ、王子もお子様ランチで良いのでは? 色々な味が楽しめますよ」
「んー、じゃあそれにするよ」
アークスはロザリアに相談し、提案を求めた上で、ロザリアが決めたものを選ぶ。
かなりの信頼を置いているように見える。
――前世とは違う形だが、これも二人が愛を深める方法なのかもしれない。
リーゼリットはうんうんと頷くのだった。
「シリウス王子はどうします?」
「そうだな。俺はこの天丼というやつにしよう」
リーゼリットの問いに、シリウスは既に選んでいた様子だ。
「決まりましたね。店員さーん!」
ロザリアが店員を呼ぶ。店員はすぐに走ってきた。
料理もすぐに来る。
テーブルに並ぶ料理にリーゼリットは驚いた。
すごい豪華だわ。庶民的な料理も良いものね。
リーゼリットの目の前に置かれたお子様ランチに目を輝かせる。
すごい。
ハンバーグやパスタ、チャーハンなどを少しずつ味わえる仕様である。
これは良い。家でも作らせよう。
そして、チャーハンに刺さっている旗が可愛かった。
「いただきます」
リーゼリットは手を合わせると、まず、サラダを食べる。
新鮮でシャキシャキしていて美味しい。
「お姉様、これが唐揚げですよ」
ロザリアはリーゼリットの皿に唐揚げを乗せる。
「ありがとうロザリア。貴女も私の皿から何か取りなさい」
「え? 良いのですか!? では、この食べかけの人参をもらいますね」
「なぜ食べかけ?」
――そして、人参で良いのかしら?
「食べかけが良いんじゃないですか!」
なぜか「ハァハァ」と息を荒くするロザリアに、リーゼリットは少し恐怖を覚えるのだった。
「この料理はとても美味しいね。城でも作らせよう。なんだっけ? お子様ランチ?」
「ええ、そうですよ。お子様ランチです。旗も付けてとお願いしたら良いですよ」
「そうする!」
アークス王子もお子様ランチを気に入った様子だ。
なぜかロザリアは「フフッ」と笑いを堪えている。
「俺の天丼も美味いぜ。ほら」
シリウスはリーゼリットの皿に海老天を乗せる。
「お姉様にもエビフライがありますから」
――何をするんだ!
ロザリアはシリウスを睨む。
「エビフライを美味しそうに食べていたから、エビが好きなのかと思ったんだ。違ったか?」
「いえ、エビ大好きです。でも、もらってしまって良いのですか?」
「ああ、美味しいものは共有した方が楽しいだろ」
「ありがとうございます」
リーゼリットはシリウスからもらった海老天をかじる。
プリプリしていて美味しい。
それに何だろう。ついているタレが絶妙だ。
目を輝かせるリーゼリットに、シリウスは「フフッ」と笑うのだった。
四人は庶民的な食堂での食事を堪能するのだった。