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第10話

 「ダブルデート」というアークス王子の突拍子もない提案に、リーゼリットは眩暈がした。

 もはや平穏どころの話ではない。 


 しかし、アークスはすでにシリウスの肩を、そして半ば強引にロザリアの肩まで組んで、満面の笑みを浮かべていた。

 誰も彼の暴走を止められない。

 リーゼリットは抵抗する気力もなく、ただ茫然と彼の後について行くしかなかった。



 アークスが提案したのは、王都で最近話題の、新しくできたばかりの庶民的な食堂だった。

 王族や貴族が護衛も連れずに、しかも四人揃って入っていく姿は、道行く人々の度肝を抜いた。

 食堂の店員も、まさかの客層に混乱しつつも、慌てて彼らを奥のテーブルへと案内する。


 メニューを前にしても、リーゼリットの困惑は消えない。

 前世の記憶が、目の前の光景と全く結びつかないのだ。

 アークス王子は、ロザリアを愛し、リーゼリットを疎むはずだった。

 シリウス王子は、そもそも前世には存在しない。そして、ロザリアは……。


 リーゼリットが隣に座る妹をちらりと見ると、ロザリアはシリウスに対し、常に警戒心を剥き出しにしている。

 その眼差しは、まるで獲物を狙う猛獣のようだった。


 ――この状況、一体どうなっているの?


 リーゼリットの頭の中は、巨大な迷宮のようだった。



「お姉様は何になさいますか?」 


 ロザリアがリーゼリットにメニューを見せながら尋ねてくれるが、常にシリウスへの牽制の眼差しを切ることはない。


「そうね。私はよく解らないのだけど……唐揚げ定食というものは一体どのような物なのかしら?」


「鶏肉ですよ」


「鶏肉なのね」


 文字だけ見てもよく解らない。

 庶民の呼び方と、貴族の呼び方ではおそらく違うのだろう。


「お姉様は少食なので、このお子様ランチになさったら? 年齢制限はありませんし、色んな味を楽しめますよ」


「貴女に任せるわ」


 お子様ランチがどんな物かは解らなかったが、リーゼリットはロザリアに丸投げした。


「ロザリアはどうするの?」


「そうですね。お姉様が気になった唐揚げ定食にします。お姉様も食べられるし、ちょうどいいと思います」


「貴女の好きなものを選んで欲しいわ」


「私は唐揚げ大好きなので」


 ロザリアは決めると、メニューを王子に渡す。


 アークスとシリウスが一緒に庶民的なメニューを見ているのは、何だか面白い絵面だ。

 少し、テーブルが狭そうである。

 よく考えたら、並びはこれで合っていたのかしら。


「ロザリア、このうどんというものは何だ?」


「白くて太い麺です」


「では、この素麺というやつは?」


「白くて細い麺です」


「パスタみたいなものということか?」


「はい、そうです」


 アークスの質問に答えるロザリアは、リーゼリットを相手にするときとは違い、ずいぶん大雑把だ。


 それにしてもアークス王子とロザリアは仲が良いのだろうか。

 王子相手になかなかの不敬な気がするが、王子はロザリアを断罪したり注意したりしない。


 ――こういう関係が良いのかもしれない。


 ハッ!


 それでダブルデートね!

 王子はロザリアとデートしたいということなのね!!


 リーゼリットはやっと理解が追いついたと、うんうんと頷いた。 



「僕は何が良いと思う?」


「無難にサンドイッチやパスタにしたら良いのでは?」


「えー、王室では食べられない物が食べたいよ」


「じゃあ、王子もお子様ランチで良いのでは? 色々な味が楽しめますよ」


「んー、じゃあそれにするよ」


 アークスはロザリアに相談し、提案を求めた上で、ロザリアが決めたものを選ぶ。

 かなりの信頼を置いているように見える。


 ――前世とは違う形だが、これも二人が愛を深める方法なのかもしれない。


 リーゼリットはうんうんと頷くのだった。



「シリウス王子はどうします?」


「そうだな。俺はこの天丼というやつにしよう」


 リーゼリットの問いに、シリウスは既に選んでいた様子だ。


「決まりましたね。店員さーん!」


 ロザリアが店員を呼ぶ。店員はすぐに走ってきた。



 料理もすぐに来る。

 テーブルに並ぶ料理にリーゼリットは驚いた。


 すごい豪華だわ。庶民的な料理も良いものね。


 リーゼリットの目の前に置かれたお子様ランチに目を輝かせる。

 すごい。

 ハンバーグやパスタ、チャーハンなどを少しずつ味わえる仕様である。

 これは良い。家でも作らせよう。

 そして、チャーハンに刺さっている旗が可愛かった。


「いただきます」


 リーゼリットは手を合わせると、まず、サラダを食べる。

 新鮮でシャキシャキしていて美味しい。


「お姉様、これが唐揚げですよ」


 ロザリアはリーゼリットの皿に唐揚げを乗せる。


「ありがとうロザリア。貴女も私の皿から何か取りなさい」


「え? 良いのですか!? では、この食べかけの人参をもらいますね」


「なぜ食べかけ?」


 ――そして、人参で良いのかしら?


「食べかけが良いんじゃないですか!」


 なぜか「ハァハァ」と息を荒くするロザリアに、リーゼリットは少し恐怖を覚えるのだった。


「この料理はとても美味しいね。城でも作らせよう。なんだっけ? お子様ランチ?」


「ええ、そうですよ。お子様ランチです。旗も付けてとお願いしたら良いですよ」


「そうする!」


 アークス王子もお子様ランチを気に入った様子だ。

 なぜかロザリアは「フフッ」と笑いを堪えている。


「俺の天丼も美味いぜ。ほら」


 シリウスはリーゼリットの皿に海老天を乗せる。


「お姉様にもエビフライがありますから」


 ――何をするんだ!


 ロザリアはシリウスを睨む。


「エビフライを美味しそうに食べていたから、エビが好きなのかと思ったんだ。違ったか?」


「いえ、エビ大好きです。でも、もらってしまって良いのですか?」


「ああ、美味しいものは共有した方が楽しいだろ」


「ありがとうございます」


 リーゼリットはシリウスからもらった海老天をかじる。

 プリプリしていて美味しい。

 それに何だろう。ついているタレが絶妙だ。

 目を輝かせるリーゼリットに、シリウスは「フフッ」と笑うのだった。



 四人は庶民的な食堂での食事を堪能するのだった。

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