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第11話

 賑やかな食堂での「ダブルデート」は、リーゼリットにとって奇妙な体験だった。


 アークス王子は相変わらずリーゼリットに夢中で、ロザリアはシリウスに対して強烈な警戒心を剥き出しにし、シリウスはそのロザリアの視線に居た堪れない様子。

 そして、リーゼリットはひたすら、この状況が一体どうなっているのか困惑し続けていた。


 食事が終わり、店を出る時もアークスはリーゼリットに腕を絡めようとし、それをロザリアが全力で阻止するという攻防が繰り広げられた。


 何とかアークスの抱擁から逃れ、馬車で侯爵家に戻ったリーゼリットは、自室のベッドに倒れ込んだ。

 本当に疲れた。心身ともに消耗しきっていた。


 ――これで、今日一日の騒動は終わり。

 明日こそは、平穏な一日を過ごせるはず……。


 そう自分に言い聞かせた、その時だった。

 コンコン、と控えめなノックの音がした。

 まさか、まだ誰かが来るのか?

 リーゼリットは顔を上げる。

 扉を開けると、そこに立っていたのは、見慣れないメイドだった。

 彼女は深々と頭を下げ、一枚の招待状を差し出す。


「リーゼリット様。お母様からでございます」


 エルシーから?

  リーゼリットは訝しげに招待状を受け取った。

 封を開けると、そこには優雅な筆跡で書かれた文字が並んでいる。


「ああ、これね」


 リーゼリットには見覚えがあった。

 前世ではアークスに婚約破棄されてから、参加した覚えがある。

 でも、やっぱり令息や令嬢たちの冷ややかな視線に耐えられなくて、途中で抜け出したんだっけ。

 それが、余計にロザリアを恨んだきっかけでもある。


 それは、侯爵家が主催するお茶会への招待状であった。

 表向きは親睦を深めるためとされているが、その実態は、名家の令嬢と令息たちが顔を合わせるための『お見合いの場』である。


「仕方ないわね」


 招待状には一家に一枚、参加者が名前を書く必要があるものだ。

 エルシーとロザリアの名前は既に書かれている。

 あとはリーゼリットが署名するだけ。


 ――お母様は本気で新しい恋人を探しているのかも知れなわね。


 ロザリアは将来、アークス王子と婚約するのだから安泰だけど、それはまだ解らないことだから著名するもの仕方ない。


 本来この家の女主人はエルシーだが、世間はリーゼリットを当主と見なしているだろう。

 その代表が参加せず、継母とその連れ子だけが参加するとなると外聞が悪い。


 ――ここはお母様の為にも、署名してあげるしかなさそうね。


 リーゼリットは仕方なく名前を書いてメイドに持たせるのだった。


 ――ちょうど今日、ロザリアのドレスは買ったし、大丈夫よね。

 私は体調不良だとでも言って家で寝てよーっと。


 リーゼリットはそう気楽に考えていた。





 そしてお茶会と言う名のお見合いパーティ当日。


「なんだか熱っぽいわ。パーティはお母様とロザリアで行ってちょうだい」


 リーゼリットは頬にチークを多めに塗って熱があることを演出する。


「そんな、大変だわ。私はお姉様の看病をします!」


「結構よ。メイドたちもいるし」


「お姉様のいないパーティに行っても仕方ないです!」


 ロザリアはまた意味の解らない主張をしている。


 ――貴女が良い異性を見つける場なのだから、私が居ようと居なかろうと関係ないでしょう!


 リーゼリットはロザリアの手を引くと、馬車に押し込めた。


「お姉様〜!」


「いってらっしゃーい!」


 後ろ髪を引かれてそうなロザリアに、リーゼリットは笑顔で手を振った。

 あとはのんびり過ごすだけだ。


 ――本でも読みましょう。


 自室に戻ったリーゼリットは楽しみにしていた本を開く。

 ゆっくり読むつもりでいた。


 突然、部屋の窓がガタガタと音を立てて開いた。

 同時に、どこからともなく、あの陽気な声が響き渡る。


「ハァーイ! リーゼリット。お元気? チーク塗りすぎじゃない?」


 マダム・ヴィヴィアンが、なぜか窓枠に腰掛けている。

 彼女は得意げにウィンクをしながら、リーゼリットの困惑した表情を面白そうに眺めていた。 


「ヴィヴィアン!? なぜここに!?」


「あら、お茶会に貴女を行かせる為に来たのよ」


 ヴィヴィアンは、フフッとにこやかに笑う。


「あなた、また私をドレスアップする気? もう巻き込むのはやめてちょうだい! あのドレスも返すから!!」


 リーゼリットは処分に困ってタンスの奥に仕舞っていた真っ赤なドレスを引っ張り出す。

 ヴィヴィアンに押し返した。


「まさか、巻き込むなんて。運命がリーゼリットを呼んでいるのさ。そして、私はその運命をちょっとお手伝いしてあげただけよ」


 悪びれる様子もなく、ヴィヴィアンは肩をすくめる。

 リーゼリットは本当に腹が立って顔が赤くなった。


 ――この出たがりな魔女め!!


「一体、あなたの目的は何なのですか!」


 リーゼリットはヴィヴィアンを睨みつける。


「私の目的? ふふふ……それはね、リーゼリット。退屈な世界に、少しばかりのスパイスを振りかけること、かな」


 ヴィヴィアンは、そう言うと妖艶な笑みを浮かべた。

 その言葉は、リーゼリットの胸に、底知れない不穏な予感を残すのだった。


 ――もう! 平穏に暮らしたいだけなのに、なぜ次から次へと厄介事が降ってくるの!

 私は素朴な味の白ご飯でいたいのに、勝手にカレーライスにするようなことは止めてよね!

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