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第12話

 リーゼリットがヴィヴィアンの言葉に呆然としていると、ヴィヴィアンは満足そうに微笑んだ。


「さあ、そうと決まれば早速準備に取り掛かりましょう! お茶会はもう始まっているわよ」 


 ヴィヴィアンはそう言うと、リーゼリットの言葉も聞かずに持っていた杖をくるりと一振りした。


「ちょっと!」  


 何も決まっていないじゃない。

 貴女が勝手に決めただけでしょ! 


 リーゼリットの抵抗も虚しく、部屋中にきらきらと光の粒が舞い散る。

 リーゼリットが思わず目を閉じると、次に目を開けた時には、見慣れた自室の光景が消え失せていた。   


 目の前に広がっていたのは、豪華絢爛なサロン。

 シャンデリアが輝き、色とりどりのドレスをまとった令嬢たちと、燕尾服の令息たちが談笑している。

 甘い花の香りが漂い、上品な音楽が流れていた。

 まさに、お茶会の会場そのものだ。   


 リーゼリットは自分の姿に目を落とし、さらに息を呑んだ。

 いつの間にか、彼女は純白の、繊細なレースと刺繍が施されたドレスを身につけていた。

 裾は大きく広がり、動くたびにふわりと揺れる。

 ちょうど、傍にあった大きな鏡はリーゼリットの姿を映していた。

 そこに映る自分の髪は美しく編み上げられ、小さな宝石があしらわれている。

 まるで妖精のようだと、自分でも信じられないほど可憐な姿に見えた。


「どう? 私の傑作よ」 


 ヴィヴィアンが、満足げな表情でリーゼリットの隣に立つ。

 いつの間にか、彼女もまた、深紅の華やかなドレスに身を包んでいた。


 ――私が返したドレスをアレンジしたのかしら?


「ここは……お茶会の会場!?」


「ええ、そうよ。あなたが行きたくないと言うから、私が連れてきてあげたの」


 ヴィヴィアンは意地の悪い笑みを浮かべる。

 リーゼリットは絶句した。

 まさか、物理的に会場に飛ばされるとは夢にも思わなかった。

 自分の部屋で体調不良を装っていたことは、すべて無意味になったのだ。


 呆然としているリーゼリットの耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。


「お姉様!?」


 声の主は、会場の隅で継母エルシーと会話していたロザリアだった。

 ロザリアはリーゼリットの姿を認めると、信じられないものを見るかのように目を見開いた。

 彼女の隣にいたエルシーも、同様に驚きに顔を歪めている。


 ロザリアはすぐにリーゼリットのもとへ駆け寄ろうとしたが、その瞬間、会場の入り口から新たな声が響き渡った。 


「リーゼリット!」


 現れたのは、アークス王子だった。

 彼の視線は真っすぐにリーゼリットを捉え、その瞳は歓喜に輝いている。

 彼は迷うことなくリーゼリットのもとへ歩み寄ると、そのまま抱きしめようと腕を伸ばした。


「ああ、僕の可愛いリーゼ! 会いたかったよ!」


 リーゼリットは反射的に身を引いた。

 前世でのトラウマが蘇る。

 しかし、アークスは構わず、彼女の手を取ろうとする。


 その時、リーゼリットとアークスの間に、すっと人影が割り込んだ。


「アークス王子。淑女に無理強いは感心できないな」


 現れたのは、シリウス王子だ。

 彼は当たり前だが、この間のような庶民的な装いではなく、上質な生地の燕尾服を身につけていた。

 その顔には、いつもの飄々とした笑みはなく、鋭い視線でアークスを見据えている。


 会場の視線が、一斉にこの四人に集中していた。


 ――なんなのこれは? どういう状態よこれは?


 リーゼリットの平穏な日常は、完全に打ち砕かれた気がした。

 彼女は、まさに嵐の中心に放り込まれたかのような、絶望的な気持ちに陥る。  


「無理強いとは酷い言い草だね、シリウス王子。僕はリーゼの婚約者だよ? 君こそ、どの立場で物を言っているのかな?」


 アークス王子は笑顔であるが、その笑顔が怖い。


「お姉様は私から見ても嫌がってましたけどね」


 ロザリアはそう言うとリーゼリットの手を引く。


「お姉様は体調が悪いのですから、こちらで休んでください」


 そう言って、ソファまで連れて行かれる。


「お熱は下がったのですね。良かったです。しかしなぜここに?」


 リーゼリットの顔色はいつも通りである。いや、いつもより断然美しい。 


 ――なんだその白いドレスは。

 お姉様の為に作られたドレスではないだろうか。

 お姉様、妖精のよう!


「私にも解らないわ。気づいたらここに居たのよ」


 なぜここにいるかなんて、自分が一番知りたいリーゼリットである。 


「まあ、熱に浮かされてここまでいらしたのでしょうか」 


 リーゼリットの言葉に、ロザリアはさらに心配してしまう。

 ソファに座らせ、額で熱を確かめる。熱は無さそうなので安心だ。


「貴女も知っているでしょう? 出たがり魔女のマダム・ヴィヴィアンよ。私は白ご飯でいたかったのに、勝手にカレーライスにされたの!」


「えっと、マダム・ヴィヴィアン? よく分かりませんが、白ご飯が食べたいのですか?」


「違うわ! 私は食パンで良かったのに、勝手にサンドイッチにされたってことよ!」 


「食パンが食べたいと?」


「もー、どう言えばわかるの!?」  


 困惑した様子のロザリアに、リーゼリットは頭を抱えた。


 ――今世のロザリアはヴィヴィアンに会っていないから分からないのね!  


 説明したいのに、さっきまで隣にいたヴィヴィアンはもう傍にはいなかった。


「ごめんなさい、お姉様。分からなくて」


「良いのよ。私が変なことを言っているんだから」


 謝るロザリアに申し訳なくなる。

 もう、この話はやめた方が良いだろう。


「ほら、リーゼリット。サンドイッチならあったぞ!」

「リーゼ、白飯はなかったが、カレーライスがあったよ!」


 何を聞いていたのか、シリウスはサンドイッチを、アークスはカレーライスをリーゼリットに持ってきてしまう。


 リーゼリットは、もう何も言いたくないし、食べたくもなかった。

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