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第13話


 サンドイッチとカレーライスを前に呆然とするリーゼリットの隣で、ロザリアはシリウスとアークスを睨みつけていた。


「お二人とも、お姉様が何かを食べたい顔をしていますか? 余計なことをしないでください!」


 ロザリアの有無を言わさぬ迫力に、さすがの王子たちもたじろぐ。

 アークスは「僕のリーゼのためなのに……」とぶつぶつ言い、シリウスは困ったような笑みを浮かべるだけだった。

 リーゼリットは、このカオスな状況に頭痛が再発しそうだった。お茶会に来て早々、これではまともな挨拶もできない。


 ――早くこの場から逃げ出したい。


 そう思っていると、隣のソファにドスンと重みが加わった。

 振り返ると、そこには継母エルシーが座っていた。彼女はリーゼリットの顔を覗き込み、ニヤリと笑う。


「あらあら、リーゼリット。体調が悪いと聞いていたけれど、ずいぶんお元気そうで何よりだわ。その上、こんなに素敵な殿方たちに囲まれて、羨ましいこと」


 エルシーの視線は、リーゼリットの隣に立つシリウスと、少し離れた場所に立つアークス、そしてリーゼリットの腕を掴むロザリアの間を往復する。

 どこか含みのあるその視線に、リーゼリットは背筋が凍った。

 エルシーは、この状況を面白がっているようにしか見えない。


 ――どうしたのかしら、お母様は。

 いつも自分の前では弱気な姿を見せていたのに、今は随分と強気だわ。


「お母様! お姉様はまだ体調が……」


 ロザリアが慌てて口を挟もうとするが、エルシーはそれを無視し、リーゼリットの耳元に囁いた。


「さて、今日のこのお茶会は、貴女にとって最後のチャンスかもしれないわよ?」


「……何のことです?」


 リーゼリットはエルシーの言葉の真意が掴めず、問い返した。


「ふふ、お楽しみはこれからよ。まあ、せいぜい頑張りなさいね、リーゼリット」


 エルシーはそう言い残すと、颯爽と立ち上がり、他の貴婦人たちの輪へと戻っていった。

 その顔には、先ほどまでの驚きの色は消え失せ、不敵な笑みが浮かんでいる。


 ――最後のチャンス? 一体どういうこと?


 エルシーの言葉が、リーゼリットの心に引っかかった。

 お茶会には、何か裏がある。

 単なるお見合いの場ではない、もっと大きな目的があるような気がしてならなかった。


 リーゼリットは再び会場を見渡した。

 煌びやかな装飾、楽しげな会話、そして自分を取り巻く二人の王子と可愛い妹。

 まるで舞台の登場人物になったかのような気分だった。

 しかし、彼女は知っている。この美しい舞台の裏には、いつも何かしらの思惑が隠されていることを。

 そして、その思惑の中心に、自分がいることを。

 リーゼリットは、静かに、しかし覚悟を決めたように、白いドレスの裾を握りしめた。


 エルシーの不吉な言葉が、リーゼリットの心に重くのしかかっていた。

 「最後のチャンス」。その言葉が何を意味するのか、皆目見当がつかない。

 だが、このお茶会が単なる社交の場ではないことだけは、はっきりと理解できた。

 ロザリアはリーゼリットをソファに座らせたまま、彼女を死守するかのごとく、王子たちを警戒し続けている。

 アークスは相変わらずリーゼリットの傍を離れようとせず、ヤケクソのようにカレーライスを食べている。

 シリウスはやや離れた場所から、様子をうかがい、サンドイッチを食べていた。

 会場中の視線が集中する中、リーゼリットは胃がキリキリと痛むのを感じた。


 その時、リーゼリットたちの様子を遠巻きに眺めていた令嬢の一人が、たまらずといった様子で声を上げた。


「まあ、あれがリーゼリット様? ずいぶんお変わりになられたわね」


 あれは以前、自分の取り巻きだった令嬢である。

 記憶が戻った後、リーゼリットは心を入れ替えて質素な服を着るようになり、人が変わったように振る舞った。

 自分の取り巻きもロザリアを一緒に悪く言ったり、いじめたりしていたので、距離を取りたかったのだ。それを彼女は根に持っているのだろう。

 その言葉を皮切りに、あちこちから囁き声が聞こえ始めた。


「以前はもっと地味で、目立たない方だったのに……」

「まさか、あの赤いドレスの令嬢がリーゼリット様だったなんて」

「アークス王子がまさか、あの方にあそこまでご執心だとは……」


 リーゼリットは顔を伏せた。前世の「悪役令嬢」としての悪評と、舞踏会での出来事が、好奇の目に晒されている。

 トラウマが蘇り、酷く吐き気を催した。


「お姉様を悪く言うのはおやめなさい!」


 ロザリアが怒りに顔を紅潮させて叫んだ。

 その剣幕に、囁いていた令嬢たちは怯んで言葉を詰まらせる。

 ロザリアの形相は、まるで鬼のようだった。


「ロザリア、やめて」


 リーゼリットはロザリアの手を握り、制止した。

 騒ぎを起こせば、ますます注目を浴びてしまう。


「でも、お姉様……!」 


「良いのよ」


 リーゼリットは静かに首を振った。

 その瞬間、会場の中央で、ひときわ大きな拍手が沸き起こった。

 視線を向けると、ステージのような壇上に、エルシーが立っていた。

 彼女の隣には、侯爵家の執事が控えている。


「皆様、本日はようこそおいでくださいました!」


 エルシーの声が、会場に響き渡る。

 その声は、いつもリーゼリットの前で見せる放蕩な様子とは異なり、侯爵家の当主としての威厳に満ちていた。

 ――やはり、エルシーは何か考えているようだ。

 まるでこのお茶会は自分が主催かのような振る舞いである。


「このお茶会は、若い皆様の交流の場として設けさせていただきました。どうぞ、この機会に素晴らしい出会いを見つけてください」


 エルシーの言葉に、会場から和やかな笑いが起こる。

 ――やはりただのお見合い会ではない。

 エルシーの言う「最後のチャンス」とは何なのか。

 リーゼリットの隣で、アークス王子が不意に口を開いた。


「リーゼリット。僕はこのお茶会で、あることを発表するつもりだ」


 アークスの真剣な眼差しに、リーゼリットはゴクリと唾を飲んだ。

 彼の言葉は、まるでこれまでの平和な日常に、決定的な終止符を打つかのような響きを持っていた。

 ――まさか、正式な結婚の発表じゃないわよね!?  それは困るわ!

 リーゼリットの脳裏に、前世の忌まわしい婚約破棄の瞬間がフラッシュバックする。

 今世では、それを回避するために必死に生きてきたのだ。


 ――いや、婚約破棄の発表なら今世なら喜べるのだが……。


「一体、何を……?」


 リーゼリットが尋ねようとしたその時、エルシーが再び声を張り上げた。


「さあ、皆様! このお茶会は、ただの社交の場ではございません!」


 会場のざわめきが止まり、全ての視線がエルシーに集中する。

 エルシーは満足そうに周囲を見回し、不敵な笑みを深めた。


「本日、この場で、我が侯爵家の次期当主を発表いたします!」


 その言葉に、会場は水を打ったように静まり返った。

 そして、直後、怒涛のざわめきがサロンを揺らした。

 リーゼリットもまた、その言葉に、全身から血の気が引いていくのを感じるのだった。

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