リーゼリットの意識が完全に回復すると、アークス王子、シリウス王子、そしてロザリアは、今後の対策を話し合い始めた。
リーゼリットも加わり、エルシーの悪事を暴き、自分の無実を証明するための計画を練る。
「まずは、あの写真のネガを探す必要がありますわね。お母様が隠しているはずです」
ロザリアの眉間にはしわが寄っていた。
「侯爵邸は今、エルシー夫人が牛耳っている。不用意に探りを入れて、見つかるわけにはいかないな」
シリウスが慎重な口調で応じた。
「僕のツテで、城の隠密部隊を動かすこともできるが……」
アークス王子が言いにくそうに口を開いた。
「それは、最後の手段にするべきだろう。もし王家が直接動けば、侯爵家だけでなく、王家全体にも醜聞が及ぶ可能性がある。アークス王子は今のところリーゼリットの婚約者でもあるしな。リーゼリットが王子を誑かし、城の隠密部隊を動かしたなどと根も葉もない陰謀論を生みかねない」
シリウスがアークスの提案を制した。
王家を巻き込むことは、リーゼリットの身の潔白を証明する以上の、より大きな政治問題に発展しかねない。
そして意図せず窮地に追い込む可能性もある。
いつの世も陰謀論に人は群がるものだ。そういう情報こそ注目を集めるため、お金になるとも言える。
「どうするのですか?」
ロザリアが尋ねた。
「侯爵邸にいるメイドの中に、味方になりそうな者はいないか? ロザリア嬢が普段から良くしている者なら、協力してくれる可能性もある」
シリウスの言葉に、ロザリアがハッとしたように顔を上げた。
「そうよ! メイド長のアンナなら、きっとお姉様の味方をしてくれます! 昔からお姉様のことを慕っていましたから!」
ロザリアの言葉に、リーゼリットも希望を見出した。
アンナは、リーゼリットが幼い頃から世話をしてくれた、実直な女性だ。
「よし、ではロザリア嬢がアンナと接触して、ネガの捜索を依頼してみてほしい。できるだけ慎重に、目立たないように頼むんだ」
シリウスが指示を出す。
「承知いたしました!」
ロザリアは力強く頷いた。
「僕は、エリオット王子の出生について、独自に調査を進める。エルシーが彼の父親だと主張する元侯爵が、本当に三年前に子供を作れる状況だったのか、調べる必要がある」
アークス王子もまた、自らの役割を見つける。
「俺は、ヴィヴィアンの行方を探す。彼女が君をここに連れてきたということは、何らかの意図があるはずだ。もしかしたら、エルシーの計画を阻止するために、協力してくれるかもしれない。そうでなくても何か得るものがあるはずだ」
シリウスはそう言って、リーゼリットの目を見た。
「君は、ここで安静にしていてほしい。そして、これからのことをよく考えるんだ。どうしたいか、君自身の意志を固めるんだ」
リーゼリットは静かに頷いた。
今、自分にできることは、彼らの助けを受け入れ、心を強く持つことだ。
それぞれの役割が決まり、三人は別々に動き出した。アークス王子は王宮へ、ロザリアは侯爵邸へ、シリウス王子はどこかへ。
リーゼリットは一人、部屋に残された。不安が完全に消えたわけではないが、仲間がいるという心強さが、彼女の心を支えていた。
――私はもう、一人じゃない。
部屋の窓から、夕日が差し込んでいる。その光は、リーゼリットの心に温かい希望を灯した。
この戦いは、決して楽なものではないだろう。だが、彼女は決意した。
前世の悲劇を繰り返さないために、そして、自分を信じてくれる人々のために。
その夜、ロザリアから連絡が入った。
侯爵邸でのアンナとの接触は無事に成功し、アンナもリーゼリットの味方になってくれるという。
ネガの捜索は、慎重に進めることになった。
ロザリアは表向きリーゼリットの悪事を信じた振りをエルシーに近づき、お得意の猫被りで警戒を解いているとの事。
ロザリアはかなりの役者である。
翌日、アークス王子が訪ねてきた。
彼の顔には、疲労と、わずかな驚きが浮かんでいる。
「リーゼリット、エリオット王子について、少し分かったことがある」
アークスはそう切り出した。
「何がわかったの?」
アークスの表情から、明るい話ではないだろうと察し、リーゼリットは息を呑む。
「侯爵は三年前に不治の病に侵されていて、その頃には既に子を成す能力を失っていたらしい。つまり、エリオット王子は、侯爵の子ではない可能性が高い」
アークスの言葉に、リーゼリットは口元を手で押さえた。
――では、やっぱりエリオットはお父様の子供ではないのね……。
予想の中では話に出ていたことである。しかし、それが真実だと分かると、やはり驚きとショックを隠せなかった。
――よくもそんな恐れ多いことを……!
「それは……確かなの?」
「ああ。当時の主治医や、侯爵の身の回りの世話をしていた者たちから、証言を得ることができた。彼らは、侯爵夫人の圧力で口をつぐんでいたようだ」
リーゼリットは、驚きと同時に、エルシーの悪辣さに改めて震え上がった。
――三年前からお母様は計画を立てていたと言うこと?
お父様の死を悲しんでくれていると思ったのに、あの涙は嘘だったの?
お父様が死んで、本当は喜んでいたってこと?
リーゼリットには理解できない感覚だ。同じ人間とは思えない。
――恐ろしい……。
あまりのことに、リーゼリットは吐き気を催す。
「では、エリオットは誰の子供なの?」
リーゼリットは吐いてもいいように桶を抱き寄せた。震える声で問いかける。
アークスはリーゼリットの背中を擦りながら顔を曇らせた。
「それについては、まだ調査中だ。だが、エルシー夫人の周辺に、三年ほど前から頻繁に出入りしていた男がいた、という情報もある。その男が、エリオットの父親である可能性が高い」
エルシーの悪事が、少しずつ、しかし確実に暴かれていく。
リーゼリットの心には、これまで感じたことのない、強い怒りがこみ上げてきた。
胸が苦しく、喉が焼けるようだ。
――お父様を裏切って、私たちを騙していたのね。お母様。
いいえ、もうお母様でも何でもないわ!
エルシー、絶対に許さない!
リーゼリットは息を荒くし、今まで感じたことのない怒りに肩を震わせた。
アークスが心配し、リーゼリットに水をすすめる。
「ありがとう、アークス王子。調べてくださり助かりました。真実を知れて良かった」
リーゼリットは何とか怒りを抑えつけ、アークス王子に感謝する。
「リーゼ、僕は君の味方だからね。必ずエルシーには罰を与えよう」
アークス王子はリーゼリットの肩を慰めるように抱き寄せるのだった。
リーゼリットはアークス王子の優しさに、少しだけ救われた気がした。