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第22話

 侯爵としての務めは、リーゼリットが想像していた以上に多岐にわたり、困難を極めた。

 特に、エルシーが領地の管理を親族に丸投げしていたという事実は、リーゼリットを深く失望させた。

 送られてくる書類の不備や数字の矛盾は、もはや適当というレベルを通り越し、横領の疑いすら抱かせるものである。

 リーゼリットは、一人で侯爵領の現状を把握するため、領内視察に出ることを決意する。

 平民の暮らしや、領地の産業を自分の目で確かめることが、侯爵家を立て直す第一歩だと考えたのだ。


「お姉様、私も行きます!」


 そう必死にしがみついてくるロザリアを、リーゼリットは優しく諭した。


「今、侯爵家を空けるのは得策ではないわ。今、私が誰より信用できて、留守を任せられるのはロザリアだけなの。お願いね。アークス王子にも連絡しておいたから、様子を見に来てもらえると思うわ。困ったことがあったらアークス王子を頼るのよ」


「あんなクズ王子、頼れるものですか!」


「まあ、なんてことを言うの? 言葉には気をつけて、親しき仲にも礼儀ありよ。不敬罪で捕まったら大変だわ」


「だって、アークス王子ってばヘタレなんですもの。政策も何と言うかのほほんとして、平和ボケだし、私がいないと何もできないですよ!」


 ロザリアの口調は、まるでアークス王子を知り尽くしているかのようだった。


「前から思っていたんだけど、なんでロザリアはアークス王子にそんな詳しいの?」


 私の知らないところでこっそり文通でもしているのだろうか。

 なぜかリーゼリットがドキドキしてしまう。

 自分の恋愛はもうどうでも良いと言うか、よく分からないし、したいとも思わないリーゼリットだが、物語や人の恋路を見守るのは楽しいと思うのだ。


「長年の付き合いと言うか、それこそ腐れ縁というやつだと思いますね」


「まあ、もしかして、幼馴染だったりするの? 出会いはどこで? どんな話をしたの? 何歳頃から知り合いなの?」


「説明が難しいので、そういうことにしておいてください。出会いは王宮ですね。話? 何だろう、『君の瞳に一目惚れしたよ』とかそんな薄ら寒いことを言われて鳥肌でしたね。歳は……って、こんな話をしたいんじゃないんですよお姉様!」


 話を逸らさないで! と、怒るロザリアだ。


「なんてロマンチックなのかしら」


 よく分からないが、ロザリアの元の地位は子爵家である。

 王宮に出入りすることなどあるのか不確かながら、きっとあったのだろう。

 そこで偶然、王子と出会ったのね。


 やっぱりアークス王子とロザリアは運命なんだわ!


 勝手に盛り上がるリーゼリットだった。


「今、アークスのことはどうでもいいです、お姉様!」


「アークス王子も気にかけてくださると言っていたわ。安心してね。二人に任せれば安心だわ」


 リーゼリットは、ロザリアに任せることでアークス王子との関係が進展するのではと期待し、ドキドキワクワクニヤニヤしてしまう。


「お姉様は誤解なさっておりますわ。アークス王子はお姉様を、手伝いたいという下心まみれです。私だけが残ったとなれば、見捨てられますわ。どうせなら私が領地視察に行きます。お姉様はここに居てください!」


「それは駄目よロザリア、領地視察は私がきっちりしたいの。お願いよ」


 リーゼリットはロザリアに手を合わせ、「お願い、お願い」と頭を下げる。

 そして上目遣いで「だめ?」と尋ねた。


 ロザリアは「お姉様があざとい技を覚えてしまったわ」と内心で思いつつも、了承せざるを得なくなった。


「分かりました。留守はきっちり守らせていただきます」


 やっと頷いてくれたロザリアの手を握り、リーゼリットは喜んだ。


「ありがとうロザリア、貴女って本当に最高よ。自慢の妹だわ! 美人で優しくてしっかり者よ!」


「美人で優しくてしっかり者なのはお姉様です。自慢のお姉様ですよ」


「ロザリア」

「お姉様!!」


 リーゼリットはロザリアに抱きつき、ロザリアもリーゼリットを抱きしめるのだった。





 リーゼリットが領地へ向かう日。


「お姉様、本当に護衛はこれでよろしいのですか?」


 ロザリアは不安げに尋ねた。リーゼリットの護衛は、公爵家から派遣された騎士数名と、侯爵家のベテラン騎士数名で、総勢十名に満たない。


「ええ、大々的に視察だと触れ回るつもりはないわ。質素に、民の生活に寄り添う形で回りたいの」


 リーゼリットはそう答えたが、内心では少しばかりの不安を感じていた。

 エルシーの親族たちが、自分たちの不正が露見することを恐れて、何か仕掛けてくる可能性も否定できない。

 しかし、ロザリアや使用人を残していく侯爵家の防犯も疎かにはできなかった。


「お姉様、ロザリアはお姉様が心配です」


「大丈夫よ。ロザリアも侯爵家をよろしく頼むわね」


 心配そうな表情のロザリアを抱きしめるリーゼリット。


「お姉様、お守りに私のハンカチを持って行ってください」


「ありがとう。じゃあ、ロザリアには私のハンカチを持っててもらうわ。お母様の形見なの」


「これはお姉様の御守として持って行ってください」


「大丈夫。私はネックレスもつけてるから」


 そう言って、リーゼリットは胸元に隠していたサファイアのネックレスを取り出してロザリアに見せた。



「じゃあ、行ってくるわね」


 リーゼリットはロザリアに手を振る。


「お姉様、お気をつけて!」


 リーゼリットから受け取ったハンカチを振るロザリア。

 リーゼリットは馬車に乗り込む。


 領地に向けて馬車が走り出した。


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