深い眠りから覚めると、リーゼリットは自分がどこにいるのか一瞬戸惑った。
ふかふかのベッド、窓のない部屋。そうだ、昨夜、シリウス王子に連れられて、この秘密の地下要塞に来たのだった。
隣の部屋にシリウスがいるという安心感からか、本当に久しぶりに熟睡できた。
ベッドから起き上がり、大きく伸びをする。
昨夜の襲撃と、盗賊が口にした「魔女の血」という言葉が、リーゼリットの脳裏に蘇る。
あの時、自分の身に何が起こったのか。無意識のうちに風の渦が生じた感覚、そして、盗賊たちの行動が鮮明に浮かび上がったこと……。
それはまるで、前世の記憶がフラッシュバックする時のような、不思議な感覚だった。
もしかして、あれも前世の記憶の一部だったのだろうか? しかし、前世の自分は、そんな不思議な力を使った記憶など、一切なかった。
疑問と不安が胸をよぎる。
しかし、ずっとここに籠もっているわけにもいかないだろう。
今日も領地視察をしなければ、その為に来たのだ。
リーゼリットは身支度を整え、部屋を出た。
リーゼリットが部屋を出ると、ちょうどシリウス王子も部屋から出てきた。
まるで平民のような質素な出で立ちに驚く。
「あら、おはようシリウス。どうしたの? その格好」
「おはよう、リーゼリット。君のボディーガードさ」
シリウスはそう言うと、リーゼリットの手を引くのだった。
シリウスは兵士の部屋を一つ一つノックして起こすと、皆を連れて食堂に入る。
朝食は既に用意されていた。
「これ……」
庶民的な食堂で食べたお子様ランチだ。大きいエビも入っている。チャーハンには旗まで立ててあった。
兵士たちは驚いた様子である。しかし、みんな嬉しそうだ。
やっぱりお子様ランチは人気なのね!
「また食べに行こうと約束したが、君は忙しくてまだ行けないだろう。だから、ちょっとした繋ぎになれば良いと思ってね。用意させたんだ」
気に入ってくれたみたいで良かったと、笑うシリウスだ。
リーゼリットは忙しくて忘れてしまっていた。
シリウスは覚えていてくれたのね。
そして、私を元気づけようとしてくれているんだわ。
リーゼリットはそのシリウスの気持ちが嬉しかった。
デザートまで堪能した。
食事を終え、少し落ち着いた所でシリウスは口を開く。
「それで昨夜のことなんだが、俺は隠密部隊からの報告で、エルシーの親族たちが君を危険視していると聞いた。彼らは自分たちの不正が露見するのを恐れ、君の命を狙っている可能性があると聞いて、君の元に急いだわけだ」
シリウスの言葉に、リーゼリットの背筋に冷たいものが走る。
「しかし、おそらく昨夜の盗賊はエルシー一族の者ではないな。君の領内には、もう一つの不穏な動きがあるようなんだ。過去に魔女の血を引く者が幽閉されていた修道院の周辺で、怪しい集団の影が見え隠れしていると」
「それはどういうことですか?」
リーゼリットの背筋は凍る。
「詳しいことは分からない。古くからこの領内には魔女の言い伝えが多いことは事実だ。そして、魔女はその力を覚醒させる前に消していたという噂がある。オカルト的な話なので、あくまで噂にすぎないと思っていたのだが……」
シリウスは緊張した面持ちでリーゼリットを見る。
「まさか、そんな……私が魔女だって言うの?」
リーゼリットの声は震えてしまう。
「分からないが、魔女と覚醒の辻褄が合うだろ? 実際、君が魔女かどうかは分からないが、やつらはそうだと思って君を襲ったと考える方が自然だ」
「そうね……」
シリウスが言うことは最もだ。
リーゼリットは言葉を失った。
「とにかく、侯爵領内にある、侯爵別邸を調べる必要があるだろう」
「ええ、でもあそこは既にエルシーの一族が……」
リーゼリットはどう攻めるか考えあぐねていた。
まず、叔父たちに接触した方が良いのではないかと思うのだが、叔父たちがわずか18歳の当主の言うことを聞いてくれるかどうか怪しいものである。
「リーゼリット、エルシー一族の悪事については、実は早い段階で知っていたんだ。この領地を守っていた君の叔父さんは身ぐるみまで剥がされて、命からがら家族で俺の国まで逃げて来たんだよ。それで話を聞いた俺はあの舞踏会に行ったんだ。エルシーが参加することは知っていたからな」
告白するように言うシリウス。その言葉にリーゼリットは驚く。
「それは、わざと私に近付いたと言うことですか?」
リーゼリットの声が震える。
胸が苦しい。
「違う、あれは本当に偶然だったんだ。名前を聞いて驚いた。俺はあくまでエルシーの動向を探る為だけにあの場にいたんだ。君と鉢合わせしてしまったのは想定外だった」
「そうですか」
実際どうだか分からないが、シリウスが必死に弁明しているので、とりあえずは納得した。
しかし、顔には『信じられないなぁ』と言うのが出てしまう。
「とにかく、このことに関しては後々深く弁明し、謝罪させて頂くとしてだ。話を戻すと、侯爵別邸での不正は既におさえている。それを突きつけてエルシー一族を断罪する。そして、侯爵別邸には君の叔父さんに戻って頑張ってもらうとしよう」
「信用できる人なのか、できない人なのか、分からなくなってきました」
とっても頼りになるのだが、騙されていたようで、リーゼリットの気持ちは複雑である。