目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第26話


 シリウスの先導の元、リーゼリットは馬で静かに侯爵別邸へ向かった。

 シリウスが手綱を引く馬に一緒に乗せられたリーゼリットは、初めての経験に戸惑い、怯えてしまう。

 思った以上に馬が早くて揺れるため、怖くて目が開けられない。

 ただ必死にシリウスにしがみついていた。

 シリウスもまさかリーゼリットが馬をこんなに怖がるとは思わず、申し訳ない気持ちになるが、今は気にかけてやる余裕もなく、馬を飛ばした。



 気づかれないように離れた位置で馬を止めると、シリウスは「ここからは歩こう」と指示を出し、全員馬を降りる。

 シリウスは抜かりなく、隠密部隊をすでに別邸の周辺に配置していた。

 万全の体制が整えられている。


「リーゼリット、この件は俺が指揮を執る。君はここで馬と待機していてほしい」


 シリウスは心配そうにリーゼリットを見つめた。

 しかし、リーゼリットは首を横に振る。


「ここまで来たんですもの、私も行きます。それにこれは、私の侯爵家が受けた侮辱です。領民たちの苦しみを放置した責任も、当主である私にあります。彼らを断罪する場に、私が立ち会わなければ」


 先ほど馬の速さに怖がっていたとは思えないリーゼリットの強い眼差しに、シリウスは一瞬ためらったが、やがて静かに頷いた。


「分かった。だが、決して無理はするな。何かあれば、すぐに俺の指示に従え」


 頷くリーゼリットを見て、護衛の兵士たちが周囲を守る。



 侯爵別邸は、遠目にもその豪華さがうかがえる程に華やかである。

 荒廃した領地の中に、そこだけが不自然なほど繁栄している様子だ。

 その光景に、リーゼリットの怒りは一層募った。


 別邸の門を潜ると、リーゼリットたちは別邸の執事と使用人たちに迎えられた。

 彼らはリーゼリットが当主の座に戻ったことを知らず、戸惑いの表情を浮かべている。


「これはこれは、リーゼリット様ではないですか。何か御用で?」  


 傲慢な態度の執事に、リーゼリットは冷ややかな視線を向けた。


「グラナートの正当な主となった私に何と不敬な。改めなさい! この別邸は、今から侯爵家が管理します。中にいるエルシーの親族たちをすぐに呼び出して!!」


 リーゼリットの毅然とした態度に、執事の顔色が変わる。

 彼は慌てて奥へと走り去った。



 間もなく、侯爵別邸の広間には、エルシーの親族である叔父、叔母、そしてその子供たちが集められた。

 彼らは皆、豪華な服を身につけ、肥え太った顔でリーゼリットとシリウスを睨みつけていた。


「これは一体どういうことだ! 勝手に人の家に踏み込みおって!」


 叔父の一人が大声で喚く。


「あなた方の不正は、全て露見しています。侯爵領を任せられたことをいいことに、私腹を肥やし、領民を飢えさせた。その罪は万死に値します」


 リーゼリットは冷静に彼らを見据え、言い放つ。

 その言葉に、叔父たちは顔色を変えた。彼らが何か言い訳をしようとしたその時、シリウスが冷徹な声で告げる。


「我々は、あなた方の不正に関する証拠を全て確保している。帳簿の改ざん、横領、そして領民への不当な重税。反論は許さない」 


 シリウスの言葉と共に、彼の隠密部隊が、証拠となる書類の束を広間のテーブルに置いた。

 その完璧な証拠の山に、叔父たちの顔から血の気が引いていく。


「ま、まさか……」


 叔父たちは震えながら証拠の書類を眺め、その場に崩れ落ちた。

 彼らの抵抗は意味をなさず、あっという間に取り押さえられる。  


「彼らを連れて行け。罪状は追って王都から発表されるだろう」


 シリウスの指示により、エルシーの親族たちは次々と拘束されていった。


「俺達はエルシーに言われた通りにやっていただけだ」

「悪いのはエルシーだ」

「俺達はも被害者だ」


 そう、散々叫んでいたが、問答無用で引っ張られて行く。

 リーゼリットは、彼らが連行されていく後ろ姿を、静かに見送った。

 怒りはまだ残っていたが、これで民は平和を取り戻せる。

 ホッと胸を撫で下ろすリーゼリットだ。


「リーゼリット、この別邸は、君の叔父さん――エドモンド卿に管理を任せるとしよう。彼は非常に誠実な人物だ。きっと領民のために尽力してくれるだろう」


 シリウスの言葉に、リーゼリットは深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます、シリウス王子。これで、領民たちも救われます」


 エルシー一族の断罪が終わり、侯爵領の改革へと大きな一歩を踏み出したリーゼリット。

 しかし、彼女の心の中には、まだ「魔女の血」という、理解不能な謎が重くのしかかっていた。



「さて、エドモンド卿が戻る前にこの侯爵別邸を隅々まで調べるぞ」


 シリウスは隠密部隊に命令を出した。

 全員、即座に煙のように消え去る。


「煙みたいね」


「ああ、煙なんだ」  


「魔法なの?」


「冗談はさておき、俺たちも調べよう」 


 冗談なのね、と苦笑し、シリウスとリーゼリットも侯爵別邸を調べ始めた。



 しばらくすると、エルシー一族の不正や犯罪、あらゆる悪事の実体がわんさか集まった。

 もう、要らないというほどに出てくる。

 たった一年で悪行の限りを尽くしていたのだ。

 このままエルシーに侯爵家を乗っ取られていたらと思うと恐怖しかない。 


 ――いや、前世ではそうなったのだろうか?


 前世でもシリウスが悪事を暴いて成敗してくれたのだろうか。

 だったら、やっぱり結局、私は時系列を変えているだけなのかしら。  

 未来を何一つ変えられていないの?

 結局、同じ運命を辿っているのだろうか?

 そう思うと、また心が沈む。

 あの火事を思い出しそうになる。



「シリウス様、リーゼリット様、こちらに隠し部屋を見つけました!」


 隠密部隊の一人が声を上げる。

 リーゼリットは気持ちを入れ替えて、シリウスと声のする方へ向かうのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?