シリウスの先導の元、リーゼリットは馬で静かに侯爵別邸へ向かった。
シリウスが手綱を引く馬に一緒に乗せられたリーゼリットは、初めての経験に戸惑い、怯えてしまう。
思った以上に馬が早くて揺れるため、怖くて目が開けられない。
ただ必死にシリウスにしがみついていた。
シリウスもまさかリーゼリットが馬をこんなに怖がるとは思わず、申し訳ない気持ちになるが、今は気にかけてやる余裕もなく、馬を飛ばした。
気づかれないように離れた位置で馬を止めると、シリウスは「ここからは歩こう」と指示を出し、全員馬を降りる。
シリウスは抜かりなく、隠密部隊をすでに別邸の周辺に配置していた。
万全の体制が整えられている。
「リーゼリット、この件は俺が指揮を執る。君はここで馬と待機していてほしい」
シリウスは心配そうにリーゼリットを見つめた。
しかし、リーゼリットは首を横に振る。
「ここまで来たんですもの、私も行きます。それにこれは、私の侯爵家が受けた侮辱です。領民たちの苦しみを放置した責任も、当主である私にあります。彼らを断罪する場に、私が立ち会わなければ」
先ほど馬の速さに怖がっていたとは思えないリーゼリットの強い眼差しに、シリウスは一瞬ためらったが、やがて静かに頷いた。
「分かった。だが、決して無理はするな。何かあれば、すぐに俺の指示に従え」
頷くリーゼリットを見て、護衛の兵士たちが周囲を守る。
侯爵別邸は、遠目にもその豪華さがうかがえる程に華やかである。
荒廃した領地の中に、そこだけが不自然なほど繁栄している様子だ。
その光景に、リーゼリットの怒りは一層募った。
別邸の門を潜ると、リーゼリットたちは別邸の執事と使用人たちに迎えられた。
彼らはリーゼリットが当主の座に戻ったことを知らず、戸惑いの表情を浮かべている。
「これはこれは、リーゼリット様ではないですか。何か御用で?」
傲慢な態度の執事に、リーゼリットは冷ややかな視線を向けた。
「グラナートの正当な主となった私に何と不敬な。改めなさい! この別邸は、今から侯爵家が管理します。中にいるエルシーの親族たちをすぐに呼び出して!!」
リーゼリットの毅然とした態度に、執事の顔色が変わる。
彼は慌てて奥へと走り去った。
間もなく、侯爵別邸の広間には、エルシーの親族である叔父、叔母、そしてその子供たちが集められた。
彼らは皆、豪華な服を身につけ、肥え太った顔でリーゼリットとシリウスを睨みつけていた。
「これは一体どういうことだ! 勝手に人の家に踏み込みおって!」
叔父の一人が大声で喚く。
「あなた方の不正は、全て露見しています。侯爵領を任せられたことをいいことに、私腹を肥やし、領民を飢えさせた。その罪は万死に値します」
リーゼリットは冷静に彼らを見据え、言い放つ。
その言葉に、叔父たちは顔色を変えた。彼らが何か言い訳をしようとしたその時、シリウスが冷徹な声で告げる。
「我々は、あなた方の不正に関する証拠を全て確保している。帳簿の改ざん、横領、そして領民への不当な重税。反論は許さない」
シリウスの言葉と共に、彼の隠密部隊が、証拠となる書類の束を広間のテーブルに置いた。
その完璧な証拠の山に、叔父たちの顔から血の気が引いていく。
「ま、まさか……」
叔父たちは震えながら証拠の書類を眺め、その場に崩れ落ちた。
彼らの抵抗は意味をなさず、あっという間に取り押さえられる。
「彼らを連れて行け。罪状は追って王都から発表されるだろう」
シリウスの指示により、エルシーの親族たちは次々と拘束されていった。
「俺達はエルシーに言われた通りにやっていただけだ」
「悪いのはエルシーだ」
「俺達はも被害者だ」
そう、散々叫んでいたが、問答無用で引っ張られて行く。
リーゼリットは、彼らが連行されていく後ろ姿を、静かに見送った。
怒りはまだ残っていたが、これで民は平和を取り戻せる。
ホッと胸を撫で下ろすリーゼリットだ。
「リーゼリット、この別邸は、君の叔父さん――エドモンド卿に管理を任せるとしよう。彼は非常に誠実な人物だ。きっと領民のために尽力してくれるだろう」
シリウスの言葉に、リーゼリットは深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます、シリウス王子。これで、領民たちも救われます」
エルシー一族の断罪が終わり、侯爵領の改革へと大きな一歩を踏み出したリーゼリット。
しかし、彼女の心の中には、まだ「魔女の血」という、理解不能な謎が重くのしかかっていた。
「さて、エドモンド卿が戻る前にこの侯爵別邸を隅々まで調べるぞ」
シリウスは隠密部隊に命令を出した。
全員、即座に煙のように消え去る。
「煙みたいね」
「ああ、煙なんだ」
「魔法なの?」
「冗談はさておき、俺たちも調べよう」
冗談なのね、と苦笑し、シリウスとリーゼリットも侯爵別邸を調べ始めた。
しばらくすると、エルシー一族の不正や犯罪、あらゆる悪事の実体がわんさか集まった。
もう、要らないというほどに出てくる。
たった一年で悪行の限りを尽くしていたのだ。
このままエルシーに侯爵家を乗っ取られていたらと思うと恐怖しかない。
――いや、前世ではそうなったのだろうか?
前世でもシリウスが悪事を暴いて成敗してくれたのだろうか。
だったら、やっぱり結局、私は時系列を変えているだけなのかしら。
未来を何一つ変えられていないの?
結局、同じ運命を辿っているのだろうか?
そう思うと、また心が沈む。
あの火事を思い出しそうになる。
「シリウス様、リーゼリット様、こちらに隠し部屋を見つけました!」
隠密部隊の一人が声を上げる。
リーゼリットは気持ちを入れ替えて、シリウスと声のする方へ向かうのだった。