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第27話

 そこは書斎だった。何の変哲もない机に見えるが、傷のような物があり、ずらすと動く仕組みになっていた。

 そして、数字を打ち込むボタンが現れる。


『私が最も愛する者』


 そう、ヒントが書かれていた。父の字だ。


「リーゼリット様、何か心当たりのある数字を」


 そう兵士に言われて考える。


「そうね、母の誕生日かしら、3月3日だけど」


 0303と打ち込む。しかし、何の変化もなかった。


「おかしいわね。じゃあ、私の誕生? 6月6日よ」


「リーゼリット、君の誕生日は6月6日だったのか! なぜ言わなかった!!」


「それどころじゃなかったの」


 リーゼリットの誕生日は既に過ぎてしまっていた。

 嘆くシリウス。しかし、今はそれどころではない。

 0606と押すが、なんの異変もなかった。


「もう、何なのよ!!」


 イライラしてくるリーゼリット。


 まさか愛人がいたなんてことないわよね!?


 念のためにエルシーの誕生日も入れてみる。動かなくて良かった。

 ロザリアの誕生日も違う。


「足してみましょうか」


「そうね」


 0909を入れてみる。駄目だ。


「もう、本当になんなの!?」


「引いてみたらどうだ?」


「馬鹿ね。引いても0303よ!」


「そうだな」


 イライラしてしまうリーゼリットと、ハハッと苦笑するシリウス。

 おそらく、シリウスは和ませようと冗談を言ってみせたのだろう。


「そうね、お父様は変なところで捻くれたところのある人だったわね。間をとってみましょう。0502ね」


 そういえば5月2日に母と私の誕生日間記念日とか言っていたっけ。


 0502で、カチャリと音が聞こえ、床が盛大に開いていく。

 地下へと続く階段が現れた。



 リーゼリットとシリウス、隠密部隊は息を呑みつつ、暗い階段を降りていく。

 地下に降りると、そこには広い空間があった。


「電気も通っているな」


 シリウスが部屋の電気を見つけてつける。

 ここも書斎のようだ。机に置かれている書類を見るに、亡き父の字だった。懐かしい。

 その色褪せた書類の山の中に、ふと、一枚の古地図が目に留まった。


「これは?」


 手にとって広げると、そこには侯爵領の北に位置する地図のようだ。小さな赤い印がある。


 ――修道院……。


 こんな所にも修道院があるの?

 知らなかった。


 ここは、断崖でなかなか人が近づけない場所である。

 リーゼリットも行ったことの無い場所だ。

 前世で自分が送られた修道院は、断崖絶壁にあり、周りを海に囲まれたまさに孤島であった。

 記憶の中の火事の光景が、不意に脳裏をよぎる。


「リーゼリット、顔色がよくない。大丈夫か?」


 シリウスが心配して、リーゼリットに声をかけた。


「大丈夫よ。それよりこれ」


 そう、シリウスにも地図を見せた。


 なぜ、父は修道院を印したのだろう。

 この地図を何のために?


  リーゼリットの胸には、拭いきれない疑問が渦巻いていた。

 シリウスはその地図を慎重に広げ、赤い印がつけられた場所に目を凝らした。


「この場所は……『嘆きの修道院』か。廃墟になっていると聞くが、こんな詳細な地図が残されているとはな」


 シリウスの声には、かすかな緊張が混じっていた。


「嘆きの修道院……」


 リーゼリットは、その名前に覚えがなかった。


「噂では、古くから王家や有力貴族の血筋に現れる**『魔女の血』**を持つ者たちが、ひっそりと隠棲させられていた場所だと言われている。彼らは、その力を公にすることが許されず、秘匿されていたそうだ」


 シリウスの言葉に、リーゼリットの心臓が大きく跳ねた。

 昨夜、盗賊が口にした「魔女の血」。そして、自分が体験した、あの不可解な現象。

 全てが、この修道院と繋がっている?


「父は、このことを知っていたのでしょうか……」


 リーゼリットは震える声で尋ねた。

 シリウスは沈黙し、地図の印を指でなぞる。


「その可能性は高い。この要塞、そしてこの隠し書斎の存在自体が、君の父上が何かを秘密裏に調べていた証拠だろう。彼はきっと、君に流れる血のことを知っていたのだろうな。そして、助けたかったのだろう」


 その言葉に、リーゼリットは目を見開いた。

 父が、自分を守ろうとしていた。

 そのために、密かにこんな場所を作り、秘密を調べていたのだとしたら……。


 父の深い愛情と、知られざる苦悩が胸に迫り、リーゼリットの目頭が熱くなる。



 シリウスは、地図の隣に置かれていた、一冊の古びた手記に気づいた。

 表紙には、見慣れた父の筆跡で、小さく『嘆きの記録』と記されている。

 リーゼリットが手に取ろうとすると、シリウスが先にそれを手に取った。


「これは……君の父上の手記だな。中に何か、手がかりがあるかもしれない」


 シリウスが手記を開くと、そこには几帳面な字で、修道院に関する調査記録や、不穏な組織についての考察が綴られていた。

 そして、あるページで、リーゼリットの目が釘付けになった。

 そこには、彼女自身の名前が記されており、その横には、『覚醒の兆候』という言葉が、赤く強調されていたのだ。

 リーゼリットの体は、再び微かに震え始めた。

 父は、全てを知っていた。

 そして、その『魔女の血』は、やはり自分の中に流れている……。


「やはり、君が狙われたのは、この『魔女の血』が理由だったんだな。そして、その覚醒を、彼らは恐れている」


 シリウスの言葉は、冷たい真実を突きつけた。

 リーゼリットは、自分が単なる侯爵令嬢ではない、危険な運命を背負った存在であることを、この父の隠し書斎で、はっきりと認識させられたのだった。


 侯爵領の立て直しという目的は変わらないが、それに加えて、自身のルーツと、それを巡る巨大な陰謀に立ち向かわなければならないという、新たな使命が彼女の目の前に立ちはだかっていた。


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