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第30話

 嘆きの修道院での体験は、リーゼリットの心を大きく揺さぶった。

 自分の体に流れる「魔女の血」、そしてそれが持つ意味。父が命を懸けて守ろうとしたもの、そして前世で多くの命が失われた火事の裏に潜む「浄化の光」の存在。



 リーゼリットとシリウスは、嘆きの修道院で手に入れた父の手記と古地図を携え、シリウスの地下要塞へと戻った。

 隠密部隊は、修道院に残された手がかりをさらに探すため、数名を残して探索を続けている。


「リーゼリット、大丈夫か? まだ顔色が優れないようだが」


 要塞の書斎で、シリウスは心配そうにリーゼリットに声をかけた。

 彼の言葉に、リーゼリットは小さく首を振る。


「ええ、大丈夫。ただ、色々と考えることが多くて……。父が私を守ろうとしていたこと、そして、私が『森の民』の血を引いているかもしれないこと。あまりにも衝撃的で」


 リーゼリットは、父の手記をもう一度開いた。

 そこには、父が『浄化の光』の組織に気づき、その実態を探ろうとしていたこと、そして娘であるリーゼリットの『覚醒の兆候』を隠すために、いかに心を砕いたかが綴られていた。

 父の深い愛情に、リーゼリットの目には再び涙が滲んだ。


「君の父上は、本当に素晴らしい人だ。そして、君もまた、その血を受け継いでいる。だからこそ、君は『浄化の光』にとって危険な存在であり、同時に、君にしかできないことがある」


 シリウスの言葉は、リーゼリットの心を慰めると同時に、彼女の決意を一層強くした。


「私にできること……この力を制御して、『浄化の光』を止めること。そして、私と同じ血を持つ人々を救うことですね」


 リーゼリットは、自分に言い聞かせるように言った。

 しかし、どうやってその力を制御するのか、皆目見当もつかない。


「そのことだが、父の手記に何かヒントはないだろうか?」


 リーゼリットは手記の最後のページ、紋章が描かれた箇所に再び目をやった。


『力を恐れるな。真の光は汝の内にあり。』


 その言葉は、まるでリーゼリット自身に語りかけているかのようだった。


「これです。『力を恐れるな』と。私は、無意識のうちに力を発動してしまっているのかもしれません。まずは、自分の力を理解することから始めなければ」


 リーゼリットの言葉に、シリウスは頷いた。


「同感だ。しかし、この『森の民』の力について、我々が持っている情報は非常に少ない。まずは、王宮図書館の秘蔵書物や、各国の文献を調べる必要がある。それから、この地下要塞には、訓練施設もある。君の能力がどのようなものか、試してみるのも良いだろう」


 シリウスは、リーゼリットの能力について真剣に向き合おうとしていた。その真摯な態度に、リーゼリットは深く感謝した。


「ありがとう、シリウス。私一人では、何もできませんでした」


「何を言っているんだ。君は、この侯爵領を立て直し、領民を救った。そして今、新たな道を進もうとしている。俺は、その君を支えるだけだ」


 シリウスの優しい言葉に、リーゼリットの心は温かくなった。彼は、ただの王子ではない。信頼できる、かけがえのない協力者だった。





 翌日から、リーゼリットの新たな生活が始まった。

 日中は、シリウスと共に侯爵領の不正を徹底的に洗い出し、エドモンド卿が戻るまでの準備を進める。

 そして、夜になると、シリウスが手配したあらゆる専門家と共に、要塞の訓練施設で自分の秘めたる力を探るための訓練を開始した。


 瞑想、体術、剣術、乗馬、あらゆる分野の勉強、裁縫にマナー講座まで。魔法の訓練と言うよりは、生活の質を高めるような訓練である。習って損はないものばかりだ。


 今はひたすら集中力を高めるための瞑想をしている。

 しかし、リーゼリットはなかなか集中できなかった。

 前世の記憶、そして「魔女の血」という未知の力に対する戸惑いが、常に頭の中にあったからだ。


「リーゼリット様、無になるのです」


 専門家のアドバイスは、精神論であり、実行するのは難しかった。

 リーゼリットは何度も挫折しそうになるが、その度に、父の愛情、そして救いを待つ少女たちの顔が脳裏に浮かんだ。



 そんなある日、瞑想中に、リーゼリットは再びあの『光』を感じた。

 それは、手のひらに宿る、淡い光。

 その光は、リーゼリットの心の奥底にある不安や迷いを、少しずつ溶かしていくようだった。

 そして、光と共に、修道院で聞こえた声が、再びリーゼリットの意識に響く。


 ――『光は汝の内に。希望を灯せ。』


 リーゼリットは、その光が、自分自身に宿る『魔女の力』の源なのだと直感した。

 そして、その力は、決して恐れるべきものではなく、希望をもたらすものだと、確信したのだった。


「リーゼリット、今日はもう休んで風呂にでも……」


「シリウス! 私、何か掴んだ気がするの!!」


「何!?」


 リーゼリットは徐ろにシリウスの手を掴む。


「今、シリウスの考えていることを当てるわ」


「おい、勝手にやめろよ」


 突然のことで驚くシリウス。

 本当に当てられたらプライバシーも何もなさ過ぎる。

 と、言うか、リーゼリットは今、俺を呼び捨てにしなかったか?


「えっと、シリウスは今、私を可愛いと思ってる?」


 リーゼリットはシリウスを見つめる。


「ああ、思ってるよ!」


 めちゃくちゃ当てられてる。 

 と言うか、これは魔法というか、誰がどう見ても分かるような気がするシリウスだ。


「やった! ほら、私、人の心が読めるようになったわ!」


 無邪気に喜ぶリーゼリット。

 とんでもなく可愛いなぁ、この生き物。

 シリウスは顔が赤くなるのを感じる。


「お風呂に入ってくるわ!」


 リーゼリットは何事もなかったようにお風呂に向かう。

 シリウスは頭をかく。

 ずっと振り回されっぱなしだな。

 でも、悪い気はしないシリウスは、内心苦笑していた。

 自分が女性に振り回されることがあるとは。過去の自分に言ったら腹を抱えて笑うんだろうな。

 『ダッセー』とか、言いそうだ。




 リーゼリットはお風呂でのほほんとする。

 地下要塞は温泉が湧いている。源泉かけ流しだ。

 なんて贅沢な地下要塞だろうか。と、いうか、我が領地は温泉が出るのね。


 これはビジネスチャンスだわ! 温泉を掘る事業を提案しようかしら。


 リーゼリットはそんなことを考えながら陽気に鼻歌を鳴らす。


 それにしても、シリウスは私を可愛いと思ってるのね〜


 えっ? 可愛いと思ってるの?


 リーゼリットはハッと気づいて、顔を赤くする。

 そういえば、以前にシリウスに婚約者になってくれって言われたわ。あれは本気だったのね。

 アークスに困っていると思って、気を利かせてくれたのかと思っていたリーゼリットだ。


 急に顔が熱くなるのを感じた。

 あらやだ、私ったら、逆上せたのかしら?


 それと、シリウスは呼び捨てにされた事を嬉しいと思ってるって読み取ったんだけど。

 私、呼び捨てにしたかしら?


 リーゼリットはとりあえず、お風呂を出るのだった。

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