シリウスの地下要塞での生活は、リーゼリットにとって目まぐるしいものだった。
日中は領地の立て直しに奔走し、夜は自身の秘めたる力――「魔女の血」の覚醒と制御に挑む日々。
それでも、リーゼリットは楽しさと達成感を感じていた。
瞑想を続ける中で、彼女は確かに『光』を感じ、シリウスの他愛ない思考を読み取るという、ささやかながらも確かな進歩を見せていた。
しかし、その力が本当に「魔女の力」なのか、そしてそれがどのようなものなのか、まだ確信は持てずにいる。
そんなある日の午後、シリウスが王宮図書館から持ち帰った古文書を広げた。
埃を被ったその書物には、古めかしい挿絵と共に、驚くべき記述があった。
「リーゼリット、これを見てくれ。『王室秘蔵書物』の中から、君の力に関わるかもしれないものを見つけた」
シリウスが指差したのは、紋章の絵と共に、こう記されたページだった。
「『四元素の魔女』……50年に一度、火、水、土、風、それぞれの力を宿す四人の『森の民』の血を引く者が生まれる。彼らが揃いし時、嘆きの教会の結界は開かれ、彼らの故郷たる『森の民の世界』への道が開かれるだろう」
シリウスの言葉に、リーゼリットは息を呑んだ。四人の魔女。そして、故郷への道。
「火、水、土、風……私の力は何なのですか?」
リーゼリットが尋ねると、シリウスは手記と古文書を照らし合わせながら答える。
「君の父上の手記には、君の『覚醒の兆候』として、『熱を帯びる現象』や『光の奔流』といった記述があった。そして、嘆きの修道院で君が感じた『光』……これは恐らく、『火』の力だ」
火。リーゼリットは自分の手のひらを見つめた。
確かに、瞑想中に感じた『光』は、じんわりと温かく、手のひらから熱を帯びていくような感覚だった。
「では、残りの三人とは……?」
もしかして、マーベル、ユリア、ローラなの?
「それが問題だな。この『四元素の魔女』の出現は、ある種の予言めいた記述と共に伝えられてきたようだ。君が覚醒したことで、他の三人も何らかの兆候を示している可能性がある」
シリウスは複雑な表情を浮かべた。
同時に、彼にはある考えがあった。
リーゼリットが前世で送られ、火災に遭った修道院。
あの場所もまた、『浄化の光』が『魔女予備軍』を幽閉していた場所の一つだった。
もしそこに、リーゼリット以外の「四元素の魔女」がいたとしたら……?
「リーゼリット、君が前世で送られた修道院のことも、この『浄化の光』の仕業だということは分かっただろう? もし、そこに君以外の『四元素の魔女』がいたとしたら、彼らはその火事によって、力を覚醒させる前に消し去られた可能性が高い」
シリウスの言葉に、リーゼリットの脳裏に前世で共に過ごした少女たちの顔が浮かぶ。
やっぱりそうなの?
「マーベル、ユリア、ローラ……」
リーゼリットは呟く。
彼女達はリーゼリットが修道院に入れられる前に、既にそこに居た。
もし、彼女たちが残りの『四元素の魔女』だったとしたら。
そして、その火事によって、二度も悲劇を繰り返させてしまったとしたら。
「どうしよう……」
リーゼリットは唇を噛み締めた。
もし、私が覚醒しかけてる事で彼女達に変化が有ったら……
火事を起こす日が早まるかも知れない。
時系列が前後する事は今までにも有った。
どうして考えなかったのだろう。
今にも火事をおこされる可能性は0では無い。
早く助けなきゃ!
「彼らは、君たち『四元素の魔女』が揃い、嘆きの教会の結界を開くことを恐れている。だからこそ、力を覚醒させる前に排除しようとしているのだろう。どうした?」
リーゼリットの顔が青ざめている事に気づく。
「私が幽閉された時にはもう、他の子が三人いたの。早く王都に戻らないと!」
「落ち着け、手を打ってある。君が幽閉された修道院には俺の隠密部隊に監視させているんだ。何の連絡もないと言う事は、今の所指しし迫った危機は無い。安心しろ」
焦った様子のリーゼリットに、肩を掴むシリウス。
「でも、あそこは断崖絶壁で海に囲まれた孤島よ。隠れられる場所なんて無いわ」
「潜水艦で見張らせている。海の中だから隠れ放題だぞ」
「そ、そうなのね……」
ホッと一息つくリーゼリット。
味方にこんな頼もしい人がついてくれていなんて、ほとんどチートな気がする。
安心だ。
「話はまだ終わらないだ。続けるぞ?」
シリウスは、古文書の別のページを開く。
そこには、王家が代々、マダム・ビビアンという謎の人物によって、歴史の裏側から支えられてきたという記述があった。
「そして、このマダム・ビビアンは、『森の民』の血を引く者で、王家に仕えながらも、彼らの文化や力を守り続けてきたとされるんだ。この古文書によれば、マダム・ビビアンは、その代々の知識と力を、次の『火の魔女』に継承する義務を負っていると記されている」
シリウスの言葉に、リーゼリットは目を見開いた。
マダム・ビビアン。社交界の陰の権力者。
ただの出たがり厄介魔女では無かったのね。
彼女が、『森の民』の血を引く者で、自分と同じ『火』の力を継承する者……
「私がマダム・ビビアンの後継者?」
リーゼリットは茫然と呟いた。
それは、あまりにも唐突で、信じがたい事実だった。
しかし、全ての点が線で繋がるような感覚があった。
マダム・ビビアンが自分に目をかけ、王家を巡る闇について示唆していたこと。
そして、彼女が持つ不思議な雰囲気。
「そうだ。そして、君が『火の魔女』として覚醒した今、マダム・ビビアンは君に接触してくるだろう。彼女は、君を導き、君の力を正しく使うための助けとなるはずだ」
シリウスは、リーゼリットの手を優しく握った。
「リーゼリット、君の背負うものは大きい。だが、君は一人ではない。俺がいる。そして、きっとマダム・ビビアンも、君の力になってくれる」
リーゼリットは、シリウスの温かい手に、確かな支えを感じた。
前世の悲劇を繰り返させない。
そして、共に苦しんだ少女たち、そしてまだ見ぬ『森の民』の仲間たちを救うために。リーゼリットは、自らの内に秘められた『火』の力を、完全に覚醒させることを誓った。
彼女の瞳には、希望の炎が静かに燃え始めていた。