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第31話

 シリウスの地下要塞での生活は、リーゼリットにとって目まぐるしいものだった。

 日中は領地の立て直しに奔走し、夜は自身の秘めたる力――「魔女の血」の覚醒と制御に挑む日々。

 それでも、リーゼリットは楽しさと達成感を感じていた。


 瞑想を続ける中で、彼女は確かに『光』を感じ、シリウスの他愛ない思考を読み取るという、ささやかながらも確かな進歩を見せていた。

 しかし、その力が本当に「魔女の力」なのか、そしてそれがどのようなものなのか、まだ確信は持てずにいる。



 そんなある日の午後、シリウスが王宮図書館から持ち帰った古文書を広げた。

 埃を被ったその書物には、古めかしい挿絵と共に、驚くべき記述があった。


「リーゼリット、これを見てくれ。『王室秘蔵書物』の中から、君の力に関わるかもしれないものを見つけた」


 シリウスが指差したのは、紋章の絵と共に、こう記されたページだった。


「『四元素の魔女』……50年に一度、火、水、土、風、それぞれの力を宿す四人の『森の民』の血を引く者が生まれる。彼らが揃いし時、嘆きの教会の結界は開かれ、彼らの故郷たる『森の民の世界』への道が開かれるだろう」


 シリウスの言葉に、リーゼリットは息を呑んだ。四人の魔女。そして、故郷への道。


「火、水、土、風……私の力は何なのですか?」


 リーゼリットが尋ねると、シリウスは手記と古文書を照らし合わせながら答える。


「君の父上の手記には、君の『覚醒の兆候』として、『熱を帯びる現象』や『光の奔流』といった記述があった。そして、嘆きの修道院で君が感じた『光』……これは恐らく、『火』の力だ」


 火。リーゼリットは自分の手のひらを見つめた。

 確かに、瞑想中に感じた『光』は、じんわりと温かく、手のひらから熱を帯びていくような感覚だった。


「では、残りの三人とは……?」


 もしかして、マーベル、ユリア、ローラなの?


「それが問題だな。この『四元素の魔女』の出現は、ある種の予言めいた記述と共に伝えられてきたようだ。君が覚醒したことで、他の三人も何らかの兆候を示している可能性がある」


 シリウスは複雑な表情を浮かべた。

 同時に、彼にはある考えがあった。

 リーゼリットが前世で送られ、火災に遭った修道院。

 あの場所もまた、『浄化の光』が『魔女予備軍』を幽閉していた場所の一つだった。

 もしそこに、リーゼリット以外の「四元素の魔女」がいたとしたら……?


「リーゼリット、君が前世で送られた修道院のことも、この『浄化の光』の仕業だということは分かっただろう? もし、そこに君以外の『四元素の魔女』がいたとしたら、彼らはその火事によって、力を覚醒させる前に消し去られた可能性が高い」


 シリウスの言葉に、リーゼリットの脳裏に前世で共に過ごした少女たちの顔が浮かぶ。

 やっぱりそうなの?


「マーベル、ユリア、ローラ……」



 リーゼリットは呟く。

 彼女達はリーゼリットが修道院に入れられる前に、既にそこに居た。

 もし、彼女たちが残りの『四元素の魔女』だったとしたら。

 そして、その火事によって、二度も悲劇を繰り返させてしまったとしたら。


「どうしよう……」


 リーゼリットは唇を噛み締めた。

 もし、私が覚醒しかけてる事で彼女達に変化が有ったら……

 火事を起こす日が早まるかも知れない。 

 時系列が前後する事は今までにも有った。

 どうして考えなかったのだろう。

 今にも火事をおこされる可能性は0では無い。

 早く助けなきゃ!


「彼らは、君たち『四元素の魔女』が揃い、嘆きの教会の結界を開くことを恐れている。だからこそ、力を覚醒させる前に排除しようとしているのだろう。どうした?」


 リーゼリットの顔が青ざめている事に気づく。


「私が幽閉された時にはもう、他の子が三人いたの。早く王都に戻らないと!」


「落ち着け、手を打ってある。君が幽閉された修道院には俺の隠密部隊に監視させているんだ。何の連絡もないと言う事は、今の所指しし迫った危機は無い。安心しろ」


 焦った様子のリーゼリットに、肩を掴むシリウス。


「でも、あそこは断崖絶壁で海に囲まれた孤島よ。隠れられる場所なんて無いわ」


「潜水艦で見張らせている。海の中だから隠れ放題だぞ」


「そ、そうなのね……」


 ホッと一息つくリーゼリット。

 味方にこんな頼もしい人がついてくれていなんて、ほとんどチートな気がする。

 安心だ。


「話はまだ終わらないだ。続けるぞ?」


 シリウスは、古文書の別のページを開く。

 そこには、王家が代々、マダム・ビビアンという謎の人物によって、歴史の裏側から支えられてきたという記述があった。


「そして、このマダム・ビビアンは、『森の民』の血を引く者で、王家に仕えながらも、彼らの文化や力を守り続けてきたとされるんだ。この古文書によれば、マダム・ビビアンは、その代々の知識と力を、次の『火の魔女』に継承する義務を負っていると記されている」


 シリウスの言葉に、リーゼリットは目を見開いた。

 マダム・ビビアン。社交界の陰の権力者。

 ただの出たがり厄介魔女では無かったのね。

 彼女が、『森の民』の血を引く者で、自分と同じ『火』の力を継承する者……


「私がマダム・ビビアンの後継者?」


 リーゼリットは茫然と呟いた。

 それは、あまりにも唐突で、信じがたい事実だった。

 しかし、全ての点が線で繋がるような感覚があった。

 マダム・ビビアンが自分に目をかけ、王家を巡る闇について示唆していたこと。

 そして、彼女が持つ不思議な雰囲気。


「そうだ。そして、君が『火の魔女』として覚醒した今、マダム・ビビアンは君に接触してくるだろう。彼女は、君を導き、君の力を正しく使うための助けとなるはずだ」


 シリウスは、リーゼリットの手を優しく握った。


「リーゼリット、君の背負うものは大きい。だが、君は一人ではない。俺がいる。そして、きっとマダム・ビビアンも、君の力になってくれる」


 リーゼリットは、シリウスの温かい手に、確かな支えを感じた。

 前世の悲劇を繰り返させない。

 そして、共に苦しんだ少女たち、そしてまだ見ぬ『森の民』の仲間たちを救うために。リーゼリットは、自らの内に秘められた『火』の力を、完全に覚醒させることを誓った。


 彼女の瞳には、希望の炎が静かに燃え始めていた。


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