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第33話

 マダム・ヴィヴィアンの出現は、リーゼリットにとってまさに予期せぬ展開だった。

 彼女が自分を導く存在だという事実に驚きつつも、リーゼリットは彼女の言葉に真摯に耳を傾けた。


「さあ、リーゼリット様。まずはあなたの手のひらを私に差し出してごらんなさい」


 マダム・ヴィヴィアンは優雅な仕草でリーゼリットの手を取った。

 その手が触れた瞬間、リーゼリットの体内に温かい電流が走る。

 それは、瞑想中に感じた『光』の感覚と酷似していた。

 マダム・ヴィヴィアンの指がリーゼリットの手のひらをそっと撫でる。


「あなたは『火の魔女』。火を操り、あらゆるものを生み出し、時には滅ぼす力を持つわ」


 マダム・ヴィヴィアンがそう告げた途端、リーゼリットの手のひらから淡い光が溢れ出し、小さな炎が揺らめいた。

 リーゼリットは驚いて手を引っ込めるが、炎は手のひらの上で揺らめき続ける。


「火は、あなたの意志に呼応する。想像してごらんなさい。炎が形を変え、熱を放ち、そして……」


 マダム・ヴィヴィアンの言葉に促されるまま、リーゼリットは炎に意識を集中させた。炎は細長く伸び、まるで生き物のように形を変える。

 熱を感じるが、不思議と熱くはなかった。


「火はね、リーゼリット様。色々なことができるのよ。あとは、あなた自身でその可能性を見つけ出しなさい」


 そう言い残すと、マダム・ヴィヴィアンの姿は、まるで煙のようにふわりと消えてしまった。

 あまりにもあっけない別れに、リーゼリットは呆然とする。


「マダム・ヴィヴィアン!? もう行ってしまうの!?」


 リーゼリットが声を張り上げたが、返事はない。


「まったく、相変わらず掴みどころのない人だ」


 シリウスが苦笑しながらリーゼリットの元に歩み寄る。

 しかし、リーゼリットの手のひらにまだ揺らめく炎を見て、その表情は一変した。


「これは……! リーゼリット、本当に力が目覚めたのか!」


「はい……多分。火を操れるようです」


 リーゼリットは、まだ半信半疑ながらも、手のひらの炎をじっと見つめた。

 その時、シリウスの地下要塞から緊急の連絡が入った。


「シリウス様! 大変です! 例の修道院で不審な動きがありました! 大勢の人間が確認されています!」


 連絡を受けたシリウスの顔色が引き締まる。


「『浄化の光』か! リーゼリット、君はここで待機だ。私がすぐに様子を見に行く!」


「待ってください、シリウス! 私も行きます! マーベルたちが危ないかもしれないのに、ここにじっとしているなんてできません!」


 リーゼリットは強く訴えた。あの修道院には、もしかしたら残りの「四元素の魔女」がいるかもしれない。

 そして、「浄化の光」が動き出したということは、彼女たちが危険に晒されているということだ。


「リーゼリット、危ない! 君の力はまだ……」


 シリウスが制止しようとしたその瞬間、リーゼリットの意識は、ふわりと別の場所へと飛んだ。

 目の前に広がるのは、紛れもない、前世で幽閉されたあの修道院の内部だった。

 崩れかけた壁、埃っぽい空気。


「うそ……」


 ワープした? 


 リーゼリットがそこに降り立った次の瞬間、背後から無数の人影が現れた。 

 彼らは黒いローブを身につけ、顔を隠している。

 その中心に立つ人物が、冷たい声で言った。


「やはり来たな、『火の魔女』。これで『四元素の魔女』が全て揃ったぞ!」


「なにこれ……」


 リーゼリットの視線の先には、縄で拘束された三人の少女が立っていた。

 マーベル、ユリア、ローラ。彼女たちは恐怖に震えながらも、リーゼリットを見て目を見開いている。


 やはり彼女たちが!

  酷い。すごく怯えているわ。


「あなたたち、一体何のつもりですか!」


 リーゼリットが叫ぶと、ローブの男は嘲笑した。


「我らは『浄化の光』。忌まわしき『魔女の血』を根絶するのが使命だ。貴様ら四人が揃った今、儀式を始める!」


 男が手を振り上げると、周囲のローブの者たちが一斉に松明を投げつけた。

 修道院の床や壁に火が燃え移り、あっという間に炎が広がっていく。

 熱波がリーゼリットたちを襲う。


「キャーやめて!!」

「うーん、怖いよぉ」

「なんでこんな事を!!」


 ユリア、ローラ、マーベルが恐怖で声を震わせる。

 10歳のローラは泣き叫んでしまっていた。

 リーゼリットは前世の光景を思い出す。


 そうだ。私もあの輪の中でただただ怖がっていたんだわ。


 その恐怖の光景を思い出し、目眩を催す。


 しっかりするのよリーゼリット!

  今世こそは皆を助けて私も生きるの。そして光を掴むのよ!


「みんな!」


 リーゼリットはとっさに手を伸ばした。

 その瞬間、彼女の手から強烈な炎が噴き出し、自分たちを包み込もうとする炎を押し返した。

 リーゼリットの放った炎は、まるで意志を持つかのように、修道院の炎を遠ざけていく。


「な、なんだと!?」


 ローブの男たちが驚愕の声を上げる。

 リーゼリットは、この力が「火の魔女」の力だと確信した。


「マーベル! ユリア! ローラ! 私の手を!」


 リーゼリットは、拘束された三人に駆け寄り、縄を焼き切った。

 そして、三人の手を取り、強く握りしめた。


「怖がらないで。目を閉じて、自分の内側に意識を集中するの。瞑想で何かを感じ取れるはずよ!安心して、私が火をおさえているから!」


 リーゼリットは、自分も瞑想中に感じた『光』を思い出しながら、三人に語りかけた。

 恐怖で震えていた少女たちは、リーゼリットの言葉と、その手の温かさに導かれるように目を閉じた。


 数秒後、マーベルの足元から水が噴き出し、ユリアの周囲の床から土の塊が隆起し、ローラの周りには微かな風が巻き起こった。


「今よ! みんなで力を合わせれば、火を消せるわ!」


 リーゼリットの指示に、マーベルが放った水が炎を勢いよく飲み込み、ユリアの土の壁が火の勢いを遮断する。ローラが起こした風は、煙を外へ押し出し、炎の酸素を奪うように逆流させた。

 四人の力が合わさり、修道院を包み込んでいた炎はみるみるうちに勢いを失い、そして完全に消え去った。


「馬鹿な……『四元素の魔女』が、この場で覚醒するとは……!」


 ローブの男たちは狼狽し、後退する。

 そこに、地響きを立ててアークスとロザリアが駆け込んできた。



「リーゼリット! 無事か!?」

「お姉様!!!」


「アークス様! ロザリア!」


 シリウスからの連絡を受け、二人が援軍を率いて駆けつけてくれたのだ。

 リーゼリットは、三人の少女たちと共に、アークスとロザリアに助けられた。

 炎が消え去った修道院に、安堵と、新たな希望の光が差し込んでいた。


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