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第2話

 そこからの七年間は、大変だった。


 師匠から渡されたのは光を発する魔術具。

 都会では、蝋燭ではなくこれが家を照らしているらしい。


 魔石を入れれば光る、魔術具の中では単純な部類だと教えられた。


 しかし、話は簡単には進まない。


 まず、工具や材料が揃わない。

 辺境の街では、魔術陣を掘る道具も、魔術具に使える素材も手に入らない。

 それならばと、代替になりそうなものをとにかく片っ端から集めた。


 次に、魔術陣が綺麗に描けない。

 木で土に丸を描くだけでも、どこかぐにゃりと歪んでしまった。


 さらに、魔術陣の意味がわからない。

 “光灯魔具”をくれたとき、内部の術陣を描いた紙ももらったが、俺にはさっぱり理解できなかった。

 円の中にたくさんの文字が書かれているのはわかる。

 だけど知らない単語ばかりで、何を意味するのかはまるでわからなかった。


 そして最後に、魔石が手に入らない。

 騎士様が来たときが特別だっただけで、普段この辺りは魔獣なんか現れない。


 出たとしても、ホーンラビットくらい。小さなツノのついたうさぎから取れるのは、小石サイズの魔石だけ。



 俺は朝早く起きるようになった。家の手伝いを、できるだけ早く終わらせるためだ。


 最初は気持ちばかりが空回りしていた。

 でも、だんだんと気づいた。ちょっとした工夫をすれば、手伝いは早く終わる。


 朝の空いた時間で、とにかく円を描き続けた。

 木の棒で土に描いたり、木炭で床に描いたり。

 いつの間にか、家の中も外も、円だらけになっていた。


 母さんに、「頭がおかしくなってしまいそう」とぼやかれた。

 それからは、描いたらすぐに消すようにした。


 朝食を終えると、教会に向かう。

 教会では、牧師様にたくさんの言葉を習った。


 他の子どもたちとは違う勉強をお願いしたから、牧師様を戸惑わせてしまったかもしれない。

 けれど、教会に通えるのは六つまでと決まっている。

 だから、できるだけ多くのことを学びたかった。


 すると牧師様は、俺のために本をまとめてくれた。


「教会の中だけで読みなさい」


 そう言って、みんなが勉強しているあいだ、俺にはその本を読ませてくれた。

 俺は、それをもとに魔術陣の言葉を一つひとつ読み解くようになった。


 道具は、街の鍛冶屋に頼みに行った。

 鍛冶屋では、普段は鍬を直したり、行商人の馬車の手入れをしたりしている。

 たまに、槍や矢尻も作っているらしい。


 だから、魔術具作りにも使えそうな道具があるんじゃないかと思った。


 鍛冶屋のオッサンは、最初は嫌そうな顔をした。


 それでも、「自分の仕事を手伝えば、考えてやる」と言ってくれた。


 そこから、毎日の生活がガラリと変わった。


 朝起きて、鶏の世話とパンの仕込み。

 それが終わると、朝食までのあいだに円を描く。


 朝食を食べたら、教会へ向かう。

 勉強が終わると弟たちを連れて家に戻り、急いで鍛冶屋へ向かった。


 鍛冶屋では、一日の作業の後片づけと掃除をして、最後に夕食のスープを作った。


 鍛冶屋のオッサンは、奥さんを亡くしてひとり暮らしだった。

 だから俺は、ただ野菜をぶち込むだけじゃなくて、少しでもうまいスープになるように工夫した。


 家に帰るころには、もうクタクタだった。寝床に就くと、あっという間に眠ってしまった。


 けれど、それも少しずつ変わっていった。成長するにつれ、体力もついてきた。


 六つになると、教会での勉強時間は終わってしまった。

 そのとき牧師様は、かつて「教会の中だけで読みなさい」と言って貸してくれていた本を、俺にくれた。


「分からないことがあったら、いつでも聞きに来なさい」


 そう言って、静かに微笑んでくれた。



 井戸の水汲みも、日課に加わった。

 幼い頃には重くて手こずっていた作業も、身体が大きくなると共に、自然とこなせるようになっていった。


 昼間は鍛冶屋に行った。

 家の仕事は、父さんと母さんだけで回せていたから。

 それにたぶん二人は、俺が鍛冶師に弟子入りしたのだと思ってた。


 けれどオッサンは、俺に鍛冶を教えなかった。

「見て覚えろ」と言いながら、雑用をさせるだけだった。


 そして「余った時間は好きに過ごせ」と、俺が勉強するのを黙認してくれた。

 その代わり――夕食はうまいものを作れと言った。


 オッサンはときどき、俺にホ―ンラビットを捌かせた。


「このナイフが使えるか試せ」とか、そんな名目で。


「肉は飯に使え、他は好きにしていい」


 そう言って、遠回しに魔石とツノをくれた。


 無愛想だし、口も悪い。だけど、優しいオッサンだ。

 ……まぁ、言ったら殴られるだろうから、一度も言わなかったけど。


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