そこからの七年間は、大変だった。
師匠から渡されたのは光を発する魔術具。
都会では、蝋燭ではなくこれが家を照らしているらしい。
魔石を入れれば光る、魔術具の中では単純な部類だと教えられた。
しかし、話は簡単には進まない。
まず、工具や材料が揃わない。
辺境の街では、魔術陣を掘る道具も、魔術具に使える素材も手に入らない。
それならばと、代替になりそうなものをとにかく片っ端から集めた。
次に、魔術陣が綺麗に描けない。
木で土に丸を描くだけでも、どこかぐにゃりと歪んでしまった。
さらに、魔術陣の意味がわからない。
“光灯魔具”をくれたとき、内部の術陣を描いた紙ももらったが、俺にはさっぱり理解できなかった。
円の中にたくさんの文字が書かれているのはわかる。
だけど知らない単語ばかりで、何を意味するのかはまるでわからなかった。
そして最後に、魔石が手に入らない。
騎士様が来たときが特別だっただけで、普段この辺りは魔獣なんか現れない。
出たとしても、ホーンラビットくらい。小さなツノのついたうさぎから取れるのは、小石サイズの魔石だけ。
俺は朝早く起きるようになった。家の手伝いを、できるだけ早く終わらせるためだ。
最初は気持ちばかりが空回りしていた。
でも、だんだんと気づいた。ちょっとした工夫をすれば、手伝いは早く終わる。
朝の空いた時間で、とにかく円を描き続けた。
木の棒で土に描いたり、木炭で床に描いたり。
いつの間にか、家の中も外も、円だらけになっていた。
母さんに、「頭がおかしくなってしまいそう」とぼやかれた。
それからは、描いたらすぐに消すようにした。
朝食を終えると、教会に向かう。
教会では、牧師様にたくさんの言葉を習った。
他の子どもたちとは違う勉強をお願いしたから、牧師様を戸惑わせてしまったかもしれない。
けれど、教会に通えるのは六つまでと決まっている。
だから、できるだけ多くのことを学びたかった。
すると牧師様は、俺のために本をまとめてくれた。
「教会の中だけで読みなさい」
そう言って、みんなが勉強しているあいだ、俺にはその本を読ませてくれた。
俺は、それをもとに魔術陣の言葉を一つひとつ読み解くようになった。
道具は、街の鍛冶屋に頼みに行った。
鍛冶屋では、普段は鍬を直したり、行商人の馬車の手入れをしたりしている。
たまに、槍や矢尻も作っているらしい。
だから、魔術具作りにも使えそうな道具があるんじゃないかと思った。
鍛冶屋のオッサンは、最初は嫌そうな顔をした。
それでも、「自分の仕事を手伝えば、考えてやる」と言ってくれた。
そこから、毎日の生活がガラリと変わった。
朝起きて、鶏の世話とパンの仕込み。
それが終わると、朝食までのあいだに円を描く。
朝食を食べたら、教会へ向かう。
勉強が終わると弟たちを連れて家に戻り、急いで鍛冶屋へ向かった。
鍛冶屋では、一日の作業の後片づけと掃除をして、最後に夕食のスープを作った。
鍛冶屋のオッサンは、奥さんを亡くしてひとり暮らしだった。
だから俺は、ただ野菜をぶち込むだけじゃなくて、少しでもうまいスープになるように工夫した。
家に帰るころには、もうクタクタだった。寝床に就くと、あっという間に眠ってしまった。
けれど、それも少しずつ変わっていった。成長するにつれ、体力もついてきた。
六つになると、教会での勉強時間は終わってしまった。
そのとき牧師様は、かつて「教会の中だけで読みなさい」と言って貸してくれていた本を、俺にくれた。
「分からないことがあったら、いつでも聞きに来なさい」
そう言って、静かに微笑んでくれた。
井戸の水汲みも、日課に加わった。
幼い頃には重くて手こずっていた作業も、身体が大きくなると共に、自然とこなせるようになっていった。
昼間は鍛冶屋に行った。
家の仕事は、父さんと母さんだけで回せていたから。
それにたぶん二人は、俺が鍛冶師に弟子入りしたのだと思ってた。
けれどオッサンは、俺に鍛冶を教えなかった。
「見て覚えろ」と言いながら、雑用をさせるだけだった。
そして「余った時間は好きに過ごせ」と、俺が勉強するのを黙認してくれた。
その代わり――夕食はうまいものを作れと言った。
オッサンはときどき、俺にホ―ンラビットを捌かせた。
「このナイフが使えるか試せ」とか、そんな名目で。
「肉は飯に使え、他は好きにしていい」
そう言って、遠回しに魔石とツノをくれた。
無愛想だし、口も悪い。だけど、優しいオッサンだ。
……まぁ、言ったら殴られるだろうから、一度も言わなかったけど。