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第3話

 生活のリズムはだんだんと安定した。けれど、魔術具は作れなかった。


 円は、ちゃんと描けるようになった。

 術陣の言葉だって、読めるようになったし、書けるようになった。


 師匠にもらったもののように出来ているつもりだ。

 なのに、光らない。


 俺はもう、十一歳になっていた。


 魔術具作りは、もっぱら鍛冶屋でやった。

 もちろん、仕事の手が空いたときだけだ。

 だから、オッサンに声をかけられたら、すぐに仕事に戻る。


 この日も、何がいけないのか悩んでいた。

 術陣を見つめて、ひたすら考えていた。


 すると、そのときオッサンに呼ばれた。

 俺は頭を切り替えて、「はい!」と立ち上がった。


「鍛冶を教えてやる」


「……えっ?」


 オッサンは、いつだって「見て覚えろ」としか言わなかった。

 なのに今になって、教えると言う。


 一瞬、言葉が出なかった。


 これまで、俺に「見ろ」と言ったこともなければ、何かを作らせようとしたこともなかった。

 それはきっと、夢を応援してくれてるんだ――そう、勝手に思っていた。


 だから、少しだけ、胸が苦しくなった。

 まるで、「もう諦めろ」と言われたみたいで。


「いいか、よく聞け」


 オッサンの低い声が、炭の熱気に混じった。


「物事には、意味がある。同じように火にかけたつもりでも、温度が足りなきゃ成形できない。かといって、高すぎりゃ叩いたときに割れちまう。……おい、ちゃんと聞け」


「……はい」


 俺は、ぐっと拳を握る。


 今まで、他の誰かに「無理だ」と言われたときよりも、ずっと苦しかった。

 それでも、聞かなきゃいけないと思った。


「また、使う素材によって必要な炎は変わる」


 オッサンは、炭を見つめたまま続ける。


「同じ鉄でも、純粋な鉄と混じり物の鉄では、違う火にしなきゃならん」


 そう言いながら、小槌を手に取り、机をトントンと叩いた。


「それに、火に入れてる間も目は離せない。適当に殴っても駄目だ」


 パチパチと燃える炎の音が、静かな鍛冶場に響く。


「これは危ないからってだけじゃない。しっかり素材と向き合わないと、その声が聞けないからだ」


「はい」


「……お前、ちゃんと聞いてたか? 理解したか?」


「聞いてました」


 炎を眺めながら、答えた。


「適当に火に入れればいいわけじゃなくて、素材ごとに向き合って、適切な加工をしなきゃいけない」


 オッサンは、ふん、と鼻を鳴らす。


「わかったならいい」


 そう言って、くるりと背を向けた。


「え」


 ここから、さらに何か教えられると思っていた俺は、急に宙ぶらりんになって驚いた。

 オッサンは振り返ることもせずに、言い捨てた。


「水栓魔具が作れるようになったら、まずうちにつけろよ。ス―プが美味くなるかもしれん」


 今日は不味いス―プでも我慢してやるから、はやく夕飯を作れ。

 そんなふうに言って、鍛冶の仕事に戻った。





 家に帰って、オッサンの言葉を何度も反芻した。


 あの人は、何を伝えたかったんだろう。

 魔術具師になるのを応援してくれてるってことで、いいんだろうか。


 ぼんやりとしたまま夜を過ごし、うとうとと眠りかけながら、今日の会話をなぞる。


 ――しっかり素材と向き合わないと、その声が聞けない。


「あっ!」


 思わず、大声が出た。


「何!? どうしたの?」


「ごめん、なんでもない」


「ふふ、変な夢でも見たの? おやすみなさい」


「おやすみなさい」


 俺はただ、師匠と同じものを作ろうとしていただけだった。

 似たような材料に、同じ術陣を描いて。


 素材一つ一つと、ちゃんと向き合おうなんて、してなかった。


「……同じじゃ、だめなのか」


 ただ“真似る”だけじゃ、足りないんだ。


 一つひとつ、丁寧に。

 魔術陣を綺麗に描くだけじゃなくて、その意味を踏まえて、目の前の素材と向き合うこと。


「オッサン、『ありがとう』とか言ったらぶん殴るよなぁ……」


 なんだかよくわからないけど、この日の夜、俺は泣きながら眠った。

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