生活のリズムはだんだんと安定した。けれど、魔術具は作れなかった。
円は、ちゃんと描けるようになった。
術陣の言葉だって、読めるようになったし、書けるようになった。
師匠にもらったもののように出来ているつもりだ。
なのに、光らない。
俺はもう、十一歳になっていた。
魔術具作りは、もっぱら鍛冶屋でやった。
もちろん、仕事の手が空いたときだけだ。
だから、オッサンに声をかけられたら、すぐに仕事に戻る。
この日も、何がいけないのか悩んでいた。
術陣を見つめて、ひたすら考えていた。
すると、そのときオッサンに呼ばれた。
俺は頭を切り替えて、「はい!」と立ち上がった。
「鍛冶を教えてやる」
「……えっ?」
オッサンは、いつだって「見て覚えろ」としか言わなかった。
なのに今になって、教えると言う。
一瞬、言葉が出なかった。
これまで、俺に「見ろ」と言ったこともなければ、何かを作らせようとしたこともなかった。
それはきっと、夢を応援してくれてるんだ――そう、勝手に思っていた。
だから、少しだけ、胸が苦しくなった。
まるで、「もう諦めろ」と言われたみたいで。
「いいか、よく聞け」
オッサンの低い声が、炭の熱気に混じった。
「物事には、意味がある。同じように火にかけたつもりでも、温度が足りなきゃ成形できない。かといって、高すぎりゃ叩いたときに割れちまう。……おい、ちゃんと聞け」
「……はい」
俺は、ぐっと拳を握る。
今まで、他の誰かに「無理だ」と言われたときよりも、ずっと苦しかった。
それでも、聞かなきゃいけないと思った。
「また、使う素材によって必要な炎は変わる」
オッサンは、炭を見つめたまま続ける。
「同じ鉄でも、純粋な鉄と混じり物の鉄では、違う火にしなきゃならん」
そう言いながら、小槌を手に取り、机をトントンと叩いた。
「それに、火に入れてる間も目は離せない。適当に殴っても駄目だ」
パチパチと燃える炎の音が、静かな鍛冶場に響く。
「これは危ないからってだけじゃない。しっかり素材と向き合わないと、その声が聞けないからだ」
「はい」
「……お前、ちゃんと聞いてたか? 理解したか?」
「聞いてました」
炎を眺めながら、答えた。
「適当に火に入れればいいわけじゃなくて、素材ごとに向き合って、適切な加工をしなきゃいけない」
オッサンは、ふん、と鼻を鳴らす。
「わかったならいい」
そう言って、くるりと背を向けた。
「え」
ここから、さらに何か教えられると思っていた俺は、急に宙ぶらりんになって驚いた。
オッサンは振り返ることもせずに、言い捨てた。
「水栓魔具が作れるようになったら、まずうちにつけろよ。ス―プが美味くなるかもしれん」
今日は不味いス―プでも我慢してやるから、はやく夕飯を作れ。
そんなふうに言って、鍛冶の仕事に戻った。
家に帰って、オッサンの言葉を何度も反芻した。
あの人は、何を伝えたかったんだろう。
魔術具師になるのを応援してくれてるってことで、いいんだろうか。
ぼんやりとしたまま夜を過ごし、うとうとと眠りかけながら、今日の会話をなぞる。
――しっかり素材と向き合わないと、その声が聞けない。
「あっ!」
思わず、大声が出た。
「何!? どうしたの?」
「ごめん、なんでもない」
「ふふ、変な夢でも見たの? おやすみなさい」
「おやすみなさい」
俺はただ、師匠と同じものを作ろうとしていただけだった。
似たような材料に、同じ術陣を描いて。
素材一つ一つと、ちゃんと向き合おうなんて、してなかった。
「……同じじゃ、だめなのか」
ただ“真似る”だけじゃ、足りないんだ。
一つひとつ、丁寧に。
魔術陣を綺麗に描くだけじゃなくて、その意味を踏まえて、目の前の素材と向き合うこと。
「オッサン、『ありがとう』とか言ったらぶん殴るよなぁ……」
なんだかよくわからないけど、この日の夜、俺は泣きながら眠った。