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第11話

「ほう、付喪神達の主人で、晴坊の婚約者かい。それでこやつらがこんなに懐いているのか」


付喪神たちが美弥のことを紹介すると、長安はつるつるの頭を撫でながら、美弥にべったりくっついているチョウ、コハクと、笑みを浮かべて美弥の背後に控えているボタンに目を向けた。


「長安先生、トラさん、ボタンさん達を助けて下さり、ありがとうございました。おかげさまで再会することができました。本来なら私が皆さんを守らないといけなかったのですが、私に霊力がなかったばかりに、妹の霊力から助けてあげられず……」


長安とトラに頭を下げた美弥は、唇を噛み締めて、桃華の霊力の前に何もできなかった過去を悔いた。

 降りしきる雨の中、手鏡、櫛、簪を探しても見つけられず、壊れてしまった小物入れの破片を必死に集めたあの日が鮮明に蘇ってくる。


「ふむ。おまえさんの霊力は封印されているのだろう? 多少なりとも霊力がある妹から付喪神たちを守れなかったのは致し方ない。それに、晴坊のおかげで再会できたんだ。自らを卑下して、今更過去を悔いることはない」


はっと顔を上げて長安を見つめた美弥の瞳が輝く。雨の中、庭を探し回っていた自分の頭上に眩しい陽の光が差し込んできたようだった。


「そうだよ、お嬢。あたい達はお嬢にまた会えただけで本当に嬉しいんだからさ」


「うん、うん。あたし達、長安先生に直してもらってからもなかなか力が戻らなくて付喪神に戻れるか分からなかったんだけど、若が力を少しずつ分けてくれてね、こうやって付喪神に戻ることができたんだよ。トラくんに、長安先生に、若に、色んな人に助けてもらってお嬢に会うことができて、みんなに感謝してるの」


「もちろんお嬢にも感謝してるぜ。おいら達のこと忘れずに思い続けてくれただろ。それに、サクのことだって破片を集めて大切にしてくれてたしな」


ボタンが、美弥が抱えている風呂敷に目線を落とす。長安とトラも風呂敷に目を向けた。


「サク、とな?」


「この小物入れの付喪神なのですが」


長安に聞かれ、美弥は風呂敷を開けて、足が欠けて本体にひびが入り、蝶番が外れている朱色を基調にした螺鈿の小物入れを見せた。

 蓋を取って、中に入れてある巾着袋を開け、細かい破片と足の土台、蓋の蝶番なども見せた。


「これはまた厄介な」


長安は壊れた小物入れと破片をまじまじと見つめて唸った。


「長安先生、直して頂けないでしょうか?」


深々と頭を下げる美弥と一緒に、ボタン、チョウ、コハクも頭を畳につけて懇願した。


「長安先生、頼む!」


「お願いだよ、長安先生。サクも大事な付喪神仲間なんだよ」


「長安先生、お願い! あたし達の時みたいに直してあげて」


長安はしかめっ面でしばらく小物入れを手に取って様々な角度から見る。


「なあ、頼むよ。金なら若からたんともらってきてるからよ。ほら、ここに……ん? 金の入った巾着袋があるはず……んん??」


ボタンが懐をあさって言うが、なかなか巾着袋が出てこない。ポンポン着物の上から叩いても、ぴょんぴょんその場で跳び跳ねても、逆立ちをしても、しまいには着物を脱いでも、巾着袋は出てこない。ボタンは顔を青ざめて口を引き結んだ。


「ちょっと、どうしたんだい?」


「ないの?」


チョウとコハクに聞かれ、ボタンはゆっくり頷いた。


「……置いてきた、みたいだぜ」


「何やってんだい! ボタンのあんぽんたん!」


「うそでしょー、ボタン! ありえなーい!」


2人にポカスカ叩かれ、ボタンはしゅんと肩を落とした。


「大丈夫です。お金以外の方法でどうにかならないかお願いしてみます。それに、晴麿様のお金に手をつけないですむならそっちの方が気が楽です」


美弥は落ち込んでいるボタンに微笑み、長安に再び頭を下げた。


「長安先生、私ができることはなんでもやります。どうか、直してください。お願いします!」


「ふむ。物自体は直せると思うが、付喪神に戻れるかどうかまでは保証できん。それでいいなら、修理してみるが」


美弥は顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうございます! 宜しくお願い致します」


「さすがにタダというわけにはいかない。今、何でもやると言ったな」


「はい、どんなことでもやります」


「なら、さっきのめんどうな質屋の店主、佐吉の困り事をどうにかしてもらおうか」


「ちょっと待ってくれ、どうにかって何だよ!」


「あんな怖そうなやつ、相手にできないよ!」


「どうにかってどうすればいいの? お嬢を危険なめには合わせられないよ!」


ボタンが長安と美弥の間に割って入ってくる。チョウとコハクもボタンの横に並んで口を尖らせた。その後ろから美弥が顔を出して、長安の目を見据える。


「小物入れを直して頂けるなら、やります! 任せてください!」


付喪神達は驚きと不安の混じった顔で美弥を見る。


「主がやる気なのに、おまえさん達は反対するのか? 美弥嬢だけでも佐吉の幽霊騒動を解決してくれるなら直してやるがな」


ふっと挑発の笑みを浮かべる長安に、付喪神達はむっとした顔を見合わせて頷き合った。


「お嬢がやるっていうならやってやるぜ!」


「お嬢に危ないことはさせられないからね。あたい達が動かないと」


「お嬢、一緒に頑張ろう!」


「皆さん、ありがとうございます」


美弥は目を潤ませてボタン、チョウ、コハクに頭を下げた。


「師匠の口車に乗せられたにゃ」


トラの呟きは、希望に目を輝かせる美弥達の耳には届かなかった。



* * * * * * * * *


「で、あの佐吉っていうやつの質屋に来てみたが、こっからどうする?」


商店が建ち並び、賑わっている通りの隅で付喪神たちと美弥はひとかたまりになって質屋を眺めた。


「とにかく、入ってみるしかないですね」


美弥が一歩踏み出すと、チョウに袖を引っ張られた。


「お嬢、ちょっと待って。あたい達も人間に姿が見えるようにしてから一緒に行くよ」


「へ? そんなことできるんですか?」


美弥が首をかしげると、3人は懐から人型の紙を取り出し、得意気に胸を張った。


「それ、晴麿様の紙の式に似てますね」


「ああ。だが、式じゃないぜ。若からもらったおいら達の化け道具だ」


「何かあったら人に化けてお嬢を守れって若がくれたんだよ」


「これをね、額につけて、人間になれって念じればいいんだって。お嬢、待っててね」


3人が頭に人型の紙を額に張りつけて目を閉じると、ポンと音がして煙が立ち3人を包み込んだ。


「どうだ、お嬢」


「あたい達、人間になったかい?」


「どう? 何か変わったかな?」


煙が晴れると3人は期待の眼差しで美弥を見つめる。


「えっと、見た目は変わっていない、ですね」


「本当か?……本当だ」


ボタンが自分の手足や服装を見て呆然とした。


「ちょっとボタン、手鏡貸しとくれ」


「あたしも!」


チョウとコハクに手を差し出され、ボタンが懐から手鏡を出す。受け取った2人は鏡を覗き込み、互いの姿をまじましと見つめ合い、頭を抱えた。


「全く変わってないじゃないか!」


「えー、若の術効いていないの?」


ボタンも手鏡で自分の姿を見て天を仰いだ。


「3人分の術をかけるのは若には重荷だったのか?」


美弥があたふたと周囲を見回すと、ぎゃーぎゃー騒ぐ3人をちらちら横目に見ながら道行く人々が通り過ぎて行くのが見えた。


「もしかしたら、他の人に姿が見えているかもしれません。もともと人間と同じ姿をしていたから、変わらなかったのでしょうか?」


「なるほどな」


「確かに周りの人間に見られてる気がするよ」


「質屋に入ってみたら分かるでしょ。お嬢、行こう」


コハクが美弥の手を取って歩き出す。その後からボタンとチョウがついてきて、質屋の戸を開けた。


 店内には着物だけでなく、西洋箪笥や椅子、装飾品などの貴金属類がきれいに並べられていて、数名の客がそれらをしげしげと眺めている。ボタンが棚に飾ってある茶碗を見つめて感嘆の声を上げ、チョウも覗き込んで目を丸くした。


「おお。こんな古い物もあるのか」


「あれま、この茶碗付喪神になりかけてるじゃないか」


「分かるんですか?」


「うん。うっすら顔が浮かんで見えるの」


コハクに言われてじっと茶碗を見るが、美弥には何の変哲もない古い茶碗にしか見えず、首を捻った。


「なあ、もしかしたら、佐吉の言ってる幽霊も付喪神なんじゃねえのか?」


「それなら長安先生が分かるはずだよ。それに、長安先生と若の札を燃やせる力のある付喪神がいたら怖いじゃないか」


ぶるっと身震いをするチョウに、ボタンはそれもそうかと頷いた。


「でも、長安先生のことだから、幽霊を見に来てないかもしれないよ。あたし達で幽霊の正体を掴まないと!」


「そうですね。まずは、佐吉さんに詳しい話を聞きにいきましょう」


質入れに来た客の相手をしていた佐吉が、客を見送るまで待ってから美弥は声をかけた。


「佐吉さん、先程は失礼致しました」


「あんたはさっきの。俺の店にまで来て文句言いに来やがったのか?」


左吉は目を吊り上げて美弥を睨み付けるが、美弥の背後にいる左吉より頭ひとつ分高いボタンにじろりと見下ろされ、たじろいだ。


「てめえ、さっきから失礼だろうが。お嬢になめた口きいてんじゃねえぞ」


「な、何だよ。良いとこの娘かと思ったらヤクザもんの娘だったのか」


「ち、違います! 私は神部家の長女で、今は阿倍野家の若様の婚約者で、美弥と申します」


あたふたと首を左右に振る美弥の両脇から、チョウとコハクが一歩踏み出し、腕組をして左吉を睨んだ。


「何がヤクザもんだよ。失礼なやつだね」


「お嬢はあたし達の主なんだから!」


佐吉は顔をしかめ、しっしっと追い払うように手を振った。


「だから何だってんだ。仕事中なんだ。客の相手しかしねえよ」


「あの、佐吉さんの困り事を、長安先生の代わりに私達が」


「はあ? あんたみたいなお嬢様に何ができるってんだ。帰れ、帰れ」


「話ぐらい聞かせなよ!」


チョウがずいっと佐吉の前に顔を近づけると、佐吉はチョウの頭に挿してある鼈甲の櫛を見てニヤリとほくそ笑んだ。


「良いもん持ってんじゃねえか。その櫛、質に入れるか売るってんなら、話してやってもいい」


「あんた、何言って」


食ってかかろうとするチョウの袖をぐいっと引っ張って、美弥が声を上げた。


「ダメです! 絶対に手放せません!」


「何だよ、あんたのもんじゃねえだろ。お? そっちの娘っ子の簪もいいな。それでもいいぞ」


佐吉に目をつけられ、びくっと震えて簪を両手で覆うコハクを後ろ手で隠し、美弥は口を引き結んで佐吉を見上げた。


「簪も渡せません! ボタンさんの手鏡もダメです!」


「ボタン? 手鏡? まだ何か持ってんのか?」


右眉を上げて顔を近づけてくる佐吉から一歩退くと、腕組をしたボタンが美弥の前にずいっと体を押し出し、佐吉を見下ろした。


「俺の手鏡はお嬢のだ。てめえなんかにやらねえよ」


「ボタンってこの大男のことかよ。名前と顔が合ってねえよ。客になる気がないならとっと帰れ!」


「何だと、偉そうに!」


「ここは俺の店だぞ。いい加減にしないと警察呼ぶぞ」


「ボタンさん、今は引き下がりましょう」


佐吉の気迫に押された美弥は、3人を連れて店の外に出ていった。


「ふぃー。何なんだよ、あいつ。一筋縄じゃいかねえな」


ボタンが苦々しい顔で質屋を振り返る。チョウとコハクは美弥の両腕に抱きついて、目を潤ませた。


「お嬢、かばってくれてありがとねぇ」


「お嬢~、かっこよかったよぅ~」


「いえ、そんな」


照れ笑いを浮かべてチョウとコハクを見る美弥に、ボタンは笑みを漏らした。


「おいらもさっきのお嬢の毅然とした態度には痺れたぜ。さすがおいら達の主だぜ」


「ボタンさんまで、やめてください」


美弥は顔を赤くして両手で覆い隠す。チョウとコハクは顔を見合わせて頷き合うと、それぞれ櫛と簪を頭から抜いて美弥の前に差し出した。


「お嬢、あたいの櫛、質に預けておくれ」


「あたしの簪も。これでお客になって佐吉から話を聞けるよ」


美弥は両手を顔の前でブンブン振って、櫛と簪を押し返した。


「そんなことできません! もう二度と皆さんを手放したくないんです!」


「でも、このままじゃ話を聞けないよ」


「そうだよ。お金もないし」


コハクがボタンをじろっと見ると、肩をすくめて小さくなった。


「面目ねえ。今からでもとりに戻るぜ」


「ボタンさん、大丈夫ですよ。気にしないでください。晴麿様のお金を使うのは申し訳ないですから」


「だったら、何か質に入れられそうな物がないか若に聞いてきたらいいんじゃない?」


コハクが顔をパッと明るくして言うが、美弥は首を横に振った。


「私のわがままなのに、そんなことお願いするわけにはいきません。お店が終わるまで待つしか……」


店内を覗くと、さっきよりも混み合ってきて、佐吉は質に預けに来た客数名と話し込んでいる。


「むかつくけど繁盛してんな」


「これじゃあ、どっちにしろ話を聞くのは難しいかもね」


「待つしかないかないかあ」


「そうですね」


(あら、あの人さっきからずっとうろうろしてるわ)


出入り口付近の棚の前を行ったり来たりしている髷を結った紺色の着物を着た男を目で追っていると、男はキョロキョロ辺りを見回し、棚に飾ってあるキセルを手に取って袖の中にさっと隠した。


「あっ、泥棒!」


美弥が目を見開いて咄嗟に声を上げると、男は舌打ちをして脱兎のごとく店の外へ走り去って行った。美弥は慌てて男の後を追うと、ボタン、チョウ、コハクも走り出し、あっという間に美弥を追い越して行った。


「泥棒、待ちやがれ!」


「お嬢、あたい達に任せな!」


「お嬢は危ないからそこで待ってて!」


「あっ、ちょっと、皆さん、待ってくださーい!」


美弥が手を伸ばした時には、3人は角を曲がり、姿が見えなくなっていた。


「は、速すぎるわ」


美弥は息を切らせながら、懸命に3人の後を追いかけて行った。


「待ちやがれ!」


「待てー!」


「待ちなさいよ!」


「くそっ、なんて奴らだ」


物凄い速さで迫ってくるボタン達を振り返った男は、路地裏に逃げ込み、必死に走り続けた。


「あっ、しまった!」


袋小路に逃げ込んでしまった男は顔をしかめ、後ろを振り返る。ボタン達も袋小路に入り、足を止めた。


「よし、追い詰めたぜ!」


「観念しな!」


「取ったもの返しなさいよ!」


「へっ! そう簡単に捕まってやらねえよ!」


男は飛び上がり、背の高い塀の天辺に手をかけ、よじ登ろうとした。


「あっ、この野郎、逃がすかよ。チョウ、来い!」


ボタンは腰を落とし、両手を握りあわせて前に突き出した。


「はいよ!」


チョウは名前の通りひらりと舞い上がり、ボタンの両手を踏み台に、身を翻して塀に飛び移った。


「な、何っ!?」


「これで終わりだよ」


チョウが簪を頭から抜いて、塀をつかんでいる男の手の甲に振り下ろそうとした。


「ま、待て、やめろ!」


男は目を見開いて手を放し、地面に落下した。


「大事な本体をあんたみたいなのに使うわけないじゃないか」


ふんと鼻を鳴らすと、チョウはすたっと地面に降り立ち、ボタンに取り押さえられている男を見下ろした。

 コハクが髪を結っていた紐をほどいて男の両手首に巻き付け、パンパンと手のひらを打った。


「あたし達から逃げ切れるわけないでしょ」


ボタンが男の袖の中から盗まれまたキセルを取り返す。


「ったく、手間かけさせやがって」


男は3人を睨み付け、歯をくいしばった。


「くそっ、化物どもめ」


そこへ肩で息をして、ふらふらになった美弥が現れ、捕まっている男を見て目を丸くした。


「あっ、もう捕まえたんですね」

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