「れどういう意味?はっきり言ってよ!」
未沙は雅子を追いかけて問い詰めようとしたが、雅子はまるで聞こえないふりをしている。
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湖の水面は陽が差せば金箔を散らしたように輝き、雨が降れば真珠のカーテンのように美しい。その美しい景色も、船の上の未沙にはまったく目に入らなかった。
「ご両親は湖の景色が一番好きだったわよ」という雅子の言葉が、未沙の胸に鋭く突き刺さる。
出発前から、未沙は雅子が両親に何かしたのではと疑念を抱いていた。
もしかしたら、両親は雅子に誘拐され、未沙への脅しに使われているのではないか——そんな思いすら頭をよぎる。
ボートが湖を進む中、未沙は必死で両親の姿を探したが、どこにも見当たらない。
さらに不安を募らせたのは、何度も両親に電話をかけていたが、一度も誰も出る気配がないことだった。
「どうして向こうで座っていないの?ここで一人で何を考えてるの?」
近づいてきた雅子を見て、未沙の表情はすっかり険しくなった。
「さっきの言葉、一体どういう意味?」
未沙の焦りを見て、雅子は口元に手をあててくすりと笑う。
「どの言葉かしら?私にはさっぱり分からないわ」
雅子は扇子を優雅に揺らしながら、湖の景色にうっとりしている。
「もう一度言うけど、私とあなたの夫の間には何もないわ!」
「信じるかどうかはあなた次第。でも、もし私の両親に何かしたら、私は絶対あなたを許せないから!」
雅子はゆっくりと振り返り、笑みを浮かべたまま言った。
「まあ、脅せるようになったのね?でも私が怖がるとでも?」
「あなたなんて、家柄も地位も私の足元にも及ばないくせに」
「私を脅すつもり?滑稽だと思わない?」
確かに、家柄も地位も、未沙は雅子には到底及ばなかった。
「分かってる。でも、人の命はひとつしかないのよ」
「このくだらない命でも、あなたの命と引き換えには十分!」
雅子の目が一瞬怯えたように揺れた。その一瞬を未沙は見逃さなかった。
「そう?じゃあ今すぐ試してみたら?」
雅子が突然強い口調で迫ってきて、未沙はとっさに身構えた。
「どういうつもり?」
「命を賭けるんじゃない?」
雅子は扇子を閉じて、未沙にじりじりと近づく。
「いい?今日は特別にチャンスをあげる。修司に選ばせてあげるわ」
「あなたと私、どちらを選ぶのか、見せてあげる」
そう言うやいなや、雅子は未沙の手首をぐっと掴んだ。
「やめて!何をする気なの?!」
雅子は冷たく笑う。
「言っただろう、これは実験だよ。私があなたと一緒に死ぬつもりはない。あなたの運命は自分で切り開きなさい」
「もし修司があなたの顔のために私を捨てるなら、そんな男、私には未練なんてないわ」
未沙は必死で抵抗したが、雅子の力はどこから出てくるのか、びくともしない。
何度も引き剥がそうとしたが、逆にボートの縁まで力任せに引っ張られてしまった。
「死ぬなら勝手にしなさい!私は何度も言ったはず、彼とは何もないって……」
「全部あなたの思い違いよ……」
雅子の表情が突然歪み、凄まじい形相に変わった。
「そんな言い訳、自分で信じてるの?」
未沙が口を開こうとした瞬間、強い力で身体を突き飛ばされ、雅子とともに冷たい湖水に落ちた!
冷たい水が肺に流れ込み、焼けつくような痛みが全身を襲う。未沙は必死にもがき、水面に出ようとした。
だが、雅子が手首を鉄のように掴み、どんどん深く引きずり込んでいく。
意識が遠のくなか、一つの影が水を切って飛び込んできた。
それが誰か、未沙にはすぐに分かった。どんな時も自分を守ると誓ってくれた、良助だった。
彼がまっすぐこちらへ泳いでくる姿を見て、未沙の唇に久しぶりの微笑みが浮かんだ。
積もり積もった恨みが、彼が近づくその瞬間にすべて消えていった。
自分の夫、自分が愛した男は、ちゃんと約束を覚えていてくれたのだ。
——どんな時も、どこにいても、君を守る。命に代えても。
良助は約束を裏切らなかった。
命がけのこのとき、彼は本当に来てくれたのだ。
だが、次の瞬間、良助は未沙のもとをすり抜けて、そのまま雅子の方へ泳いでいった。
そして、雅子をしっかりと抱きかかえ、水面へと泳ぎ去っていく。
未沙はその光景を呆然と見つめるしかなかった。
——この人が、かつて心から愛した男。
——自分の人生を託した人。
良助。