修司はその場に固まったまま、すぐには身を引かなかった。
一瞬、彼はかつての甘く優しい日々に浸り、雅子の腕の中に自ら溺れていく錯覚にとらわれていた。
「修司、あなたは私だけのものよ。」
ただ、雅子の唇から絞り出されたその言葉は、
まるで雷鳴のように、彼の意識を一気に現実へと引き戻した。
「未沙!」
修司は雅子を突き放し、慌てて湖を見渡した。
湖には誰もおらず、無人のボートだけが虚しく水面を漂っている。
「未沙!」
彼はかすれた声で叫び、狂ったように冷たい湖へ飛び込もうとした。
だがその時、湖のほとりに少し離れた場所に、ひとりの人が静かに立っていると気づいた。
それは彼女だった。
未沙だ。
全身びしょ濡れで、髪から水滴が落ちている。
だが、その瞳は冬の夜の湖のように静かで冷たい。
涙もなければ、感情の波もまったく見えない。
その瞬間、修司の張り詰めていた心が一気にほどけた。
取り繕うように、彼は未沙のもとへ駆け寄り、必死に平静を装いながら言い訳を始める。
「未沙、本当に心配したんだ……」
「さっきは……君が泳げると思って、先に雅子を助けてしまったんだ……」
話しながら、目は泳ぎ、引きつった笑みが口元に浮かぶ。
未沙は無言のまま彼を見つめた。
その視線は、修司の下手なごまかしを見透かし、真実だけを見据えている。
彼女ははっきりと覚えていた。
泳ぎを教えてくれたのは、良助だった。
修司?
彼女が泳げるかどうかさえ知らない彼が、とっさにそんな言い訳を口にするはずがない。
未沙はそれを指摘することもなく、
静かに背を向け、濡れて重いスカートの裾を持ち上げて、湖のほとりの小道を歩き出した。
一歩ごとに水の跡を残し、幽かな影のように遠ざかっていく。
その背中を見つめながら、修司の胸に言葉にできない恐怖が押し寄せた。
追いかけようとするが、近づき過ぎてボロが出るのが怖くて、躊躇してしまった。
「未沙……」
呼び止める声には、思わず慎重さがにじみ出ていた。
未沙は立ち止まったが、振り返らない。
「兄さん。」
呼びかけるその声は、妙に穏やかだった。
だが、その穏やかさの奥にあるものは、どんな平手打ちよりも痛烈に修司の胸を打った。
「私は一度死んで、ようやくわかったの。」
「泳げるだけじゃない。私は……」
未沙はゆっくりと振り返り、悟りきったかのような静かな眼差しで続けた。
「身を引くことも覚えたの。」
「私たちの茶番は、もう終わりよ。」
そう言い残し、未沙は迷いなくその場を去った。
修司は彼女が視界から消えるまでじっと見送るしかなかった。
胸が何度も強く打ち付けられるような痛みで、呼吸ができなくなる。
毛布を羽織った雅子がそっと寄り添い、不満そうに声を漏らす。
「未沙って、どうしてあんなふうになっちゃったの?」
修司は何も答えなかった。
冷たい風が湖面を吹き抜け、水面をさらに波立たせる。
彼の心の奥にも、不安の波紋が静かに広がっていった。
未沙はもう変わってしまった。
もう遺影の前で泣き明かし、薬に頼るだけの彼女ではない。
綿密に仕組まれたこの嘘も、いまや崩れかけている。
湖のほとり。
未沙は裸足のまま、重い足取りで歩き続けていた。
髪から落ちる水滴が、石畳に暗い跡を残す。
周囲の視線を気にもせず、彼女はひたすら両親の手がかりを探していた。
茶屋、屋台……
あらゆる場所を探し回ったが、見覚えのある姿はどこにもなかった。
「お父さん……お母さん……」
ひび割れた唇をわずかに動かし、目は必死に人混みを追いかける。
声を絞り出そうとしても、喉は枯れて言葉にならない。
「どこにいるの……」
手元には何もなく、携帯電話もすでに湖の底。
長椅子のそばで立ち尽くし、意を決して通りかかった着物姿の女性を呼び止めた。
「すみません、あの……電話を貸していただけませんか……」
女性は少し戸惑いながらも、携帯を差し出してくれた。
未沙の指先は震えたが、慣れた手つきで番号を押す。
呼び出し音が長く続いた後、ようやく通話がつながった。
「どなたですか?」
冷たい男性の声がした。
未沙は携帯を強く握りしめ、かすかに唇を震わせながら、ようやく小さな声を絞り出す。
「琉生……私よ。」
一瞬、電話の向こうが静まり返る。
次の瞬間、驚きと喜び、そして涙ぐむほどの声が爆発した。
「未沙? 本当に君なのか?!」
その声は、長い絶望の時を超え、ついに大切な人を取り戻した喜びに満ちていた。