その後——
琉生の気性は相変わらずだった。
彼女は何度も彼をなだめにやってきた。
時は羊羹、時は捕まえた美しい蝶。
だが、彼の心が本当に動いたのは、教室で初めて出会ったあの瞬間だった。
それ以降のすべての努力は、笑顔で風車を差し出してくれたあの少女にふさわしい自分になりたかったからに他ならない。
今度こそ、彼はもう二度とその手を離さないと決めていた。
彼は素早く電話をかけた。
「俺だ。すぐに人を集めて、湖周辺の監視カメラを全て洗い出せ!それから清水家の最近の裏のやりとりも調べろ。特に雅子が動かしたコネやリソースを徹底的に洗い出してくれ!」
相手は一瞬ためらいながら返す。「会長、こんな大がかりなことを——」
「言われた通りにしろ!」と、彼は強い口調で命じた。
電話を切ると、彼は椅子にもたれかかり、目を閉じてしばらく静かに考え込んだ。
彼は清水家のことを、どこか信じきれないでいた。
あの家は、複雑に絡み合ったビジネスで成り上がってきた。手段は決して清廉潔白ではなく、時には血のつながりさえ取引の道具になってしまうこともある。
未沙が清水家に嫁ぐことが決まった時、彼はすでに彼女が苦しむのではないかと心配していた。
彼にできることは、遠くから静かに見守りながら、時折彼女を支える手を差し伸べることだけだった。
もし、彼女があの湖であと一秒でも沈んでいたら——
彼の部下は、すぐにでも飛び込む準備をしていた。
彼女は知らないかもしれないが、彼はずっと近くで、影のように静かに見守っていた。
そして今、彼女は初めて自分に助けを求めてきた。
彼は、どんな時でもその期待に応えようと決して裏切ることはないだろう。
……
夕暮れが街を包むころ、未沙は清水家へ戻ってきた。
重たい黒雲が空低く垂れ込め、屋敷全体に重苦しい空気が漂う。
門が「ギィ」と音を立てて開いた瞬間、一人の人影が急いで階段を駆け下りてきた。
「未沙!どこに行ってたんだ? 心配で気が狂いそうだったぞ!」
修司が階段の上に立ち、焦りと怒りが入り混じった顔で彼女を見つめる。
未沙は門の前で立ち止まり、服を着替えて髪も乾いていたが、その瞳だけは冷たく澱んでいた。
「ずっと私の帰りを待ってた? ほら、戻ってきたわ」
彼女の声は冷静そのもので、何の感情も読み取れなかった。
修司は一瞬言葉を失い、思いがけない距離感に戸惑った。
「未沙、帰ってきてくれて本当によかった、みんな心配してたんだぞ!」
「未沙、こんな夜に濡れたままでどこ行ってたの? 早く中に入って、着替えなきゃ」
「嫌なことがあった? 何でも家族に話してごらん、みんな君の味方だよ」
明るいリビングに足を踏み入れると、家族の何人かがすぐに駆け寄り、口々に優しく声をかけてきた。まるで、未沙が清水家の宝物であるかのように。
未沙は、そんな見慣れた顔ぶれを静かに見渡す。耳に届くのは、心からの気遣いの言葉ばかり。しかし、彼女の心はそのたびに冷え切っていく。
この人たちは……本当に心から私の帰りを待っていたように演じている。
けれど、誰一人として、なぜ自分が湖に落ちたのか、その理由を尋ねようとはしなかった。
彼女はさりげなく周囲を見渡し、そよ風のように静かな声で言った。
「一つ、聞いてもいい?」
リビングが一瞬で静まり返り、全員がとまどいながら未沙を見つめる。
彼女は一番前に立つ修司に視線を向け、淡々と言った。
「修司、あなたに聞きたいことがあるの」
修司は明らかに動揺し、一瞬顔をこわばらせたが、すぐに平静を装って「どうした?」と答えた。
「みんな、不思議に思わないの?」未沙は彼の目をまっすぐに見つめ、消え入りそうな声で続けた。「どうして私が湖に落ちたのかって」
その瞬間、空気が一気に凍りつく。
リビングにいた全員の笑顔が、ぴたりと固まった。