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第13話 でも、これは私の戦い

雅子の言葉は、一本一本が鋭く研がれた氷の針のように、未沙の心の奥深くまで突き刺さってくる。


「まだ可哀想なフリをしてるの? 本当に死んだ方がマシだったのに。生き残って、みんなの邪魔ばかりして!」

「少しは大人しくできないの? 自分を特別だとでも思ってる?」

「修司が本気であんたなんか気にしてると思ってるの? 顔がまだマシだから、ただの飾りでしかないってこと、分からないの?」

「下品な女。」

「最低。」


毒のように濁った言葉が、雅子の口から次々と吐き出され、部屋の空気を腐らせていく。


未沙は目を伏せ、黙り込んだまま。


彼女には分かっていた。雅子はわざとやっているのだ。

未沙を傷つけ、取り乱す姿を見て楽しみたいのだ。


だが、未沙は屈しなかった。


「もう気が済んだ?」未沙がようやく口を開いた。静かで、どこまでも冷たい声だった。

「まだ足りないなら、いくつでも教えてあげるわ。どうせ、あなたにはそれくらいしかできないんだから。」


雅子の表情が一変する。「今、なんて言ったの?」


「だから――」未沙は立ち上がり、ゆっくりと雅子へ歩み寄る。その目は鋭い氷刃のように彼女を射抜いた。「罵倒するにしても、やり方が甘い。」


「私を水に落としても殺せなかった。つまり……」未沙は身を寄せ、はっきりと言い放つ。「あなた、本当に無力ね?」


雅子は激昂し、未沙に平手打ちをしようと手を振り上げた。


だが、未沙の視線が瞬時に鋭くなり、低い声で凍りつくように言い放つ。


「やってみなさい。」


その声音は決して大きくなかったが、圧倒的な威圧感で、雅子の手が空中で止まった。


二人の間に緊張が走り、空気が凍りつく。


しばらくすると、雅子は皮肉な笑みを浮かべて、悔しそうに手を下ろした。


「変わったわね。」


「そう?」未沙の唇がゆっくりと上がり、その瞳にはもう以前の弱さも遠慮もない。「だったら、用心したほうがいい。」


「今の私は――」未沙の声は静かだが、言葉の一つ一つが鋭い針のように刺さる。「犬と争う気もないわ。」


雅子の顔色はみるみる青ざめ、怒りに肩を震わせながら踵を返した。その勢いで、机の上にあった一枚の写真が床に落ちる。


写真には、花火が舞い散る中、未沙と良助が並んで笑っていた。


未沙はしゃがみ込んで写真を拾い、指先でそっと埃を払う。

そして、何の未練もなく、それを隅の紙ごみに投げ捨てた。


ほのかな朝日がカーテン越しに差し込み、床に淡い影を落とす。


未沙は窓辺にもたれ、昨夜のざわついた感情がまだ胸の奥に残っていた。すると、スマホが震えた。


画面には「琉生」の名前。


未沙は一瞬戸惑い、そして通話を取った。


「未沙、俺だ。」受話口から低い、けれどどこか張りつめた声が聞こえる。


「琉生……」未沙はかすれた声で応える。


「君のご両親が見つかった。」


心臓が激しく脈打ち、息を呑む。


「薬で眠らされて、湖近くの古いホテルに閉じ込められていた。俺の部下が駆けつけた時、まだ意識がなかったけど、すぐに病院に運んで検査した。幸い、大事には至らなかった。」


目頭が熱くなり、鼻の奥がつんと痛む。体から力が抜けて、未沙はベッドの端に崩れるように座り込んだ。


「琉生……ありがとう……」


「礼はいらない。」電話の向こうで一瞬、感情を押し殺すような沈黙があった。「そばに行こうか?」


未沙は目を閉じ、深く息を吸って心を落ち着かせる。


「大丈夫。」


「未沙。」


「琉生、気持ちは嬉しい。でも、これは私の戦いよ。」


「もう、これ以上あなたに、私のことで汚れたものを背負わせたくない。」


未沙は、昇り始めた朝日に目を向け、静かに、しかし決意に満ちた声でそう告げた。

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