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クラレンド・シンブリーの視点

 センに始めて会った日を思い出す。

 センが軍に来て魔力を使うことになったときのこと。山での野営だったので、トイレは野外で済ませることになっていた。

 用足しは自分の体で一番困ることだったけれど、茂みに隠れてしようとズボンを脱いで腰を下ろしたら、やはり茂みで用足しをしていたセンとばっちり目が合い、そして用足しをしている局部もバッチリ見られてしまった。

 自分の最大の秘密を見られた。相手を殺そうとまで思ったけれど、軍の最高術者ティースタ・バレイの術式を最大に使える人間を殺したら、サマセットは負けるかもしれない。

 どうしていいか固まっていると(ズボンは履いた)、相手も固まっており(ズボンは履いた)、そしてなぜか謝ってきた。


「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! MTFの人がいると思わなくて!」


 碧水石のおかげで、MTFとやらが女性から男性になった人間ということはわかったが、私には相手の考えていることがよくわからなかった。


「わ、私を今のことで破滅させることもできるんだぞ……どうして謝る……?」


 サマセットでは、女がズボンを履くことだけでご法度だ。それが、軍閥貴族最大のシンブリー家の長男が実は女でズボンで兵にまでなっていたとわかったら、命さえ危うい。

 話しているうちに、どうもセンはその辺のことがまったくわかっていないことがわかった。話を聞くに、ニホンという異世界の国では、女がズボンを履くことは普通であり、兵士になることもさほどおかしいことではないそうだ。

 もしかしたら黙っていてくれるかもしれないと思い、厳重に口止めをすると了解してくれた。


「本当ごめんなさい、でも個人的な興味なんだけど一つ教えてください、男性ホルモンどこで打ってるんです?」

「男性ホルモン?」


 私は雄鶏の実を食べているだけだが?

 雄鶏の実とは、雌鶏に食べさせると雄鶏のように時の声をあげるようになる赤い小さい実のことだ。食用にはなるが、女が食べると男のように声が太くなり、ひげが生え、筋骨たくましくなる。

 雄鶏の実のことを話すと、相手は「ナグリだ!」とひっくり返った声を出し、「そうか!異世界産だったんだ! 系統樹にハマらないわけだ!!」と何故か喜びだした。

 センが滝のように雄鶏の実のことを話すので辟易したが、その時、この男は私を破滅させることに全く興味がないことを確信した。

 口止めはしたが心配になり、再び接触して、こちらの事情を話すことになった。するとセンの顔が真剣になった。


「絶対言いません、誰にも」

「そうしてくれ」

「でも、話を聞くに、あなた望んで男になったわけじゃないんですよね?」

「誰も女の私を望んではいない」

「私が聞いてるのは、あなたはどうなのか、ってことですよ」


 私の目を見つめる、黒と青の目。私は、どうしていいかわからなくなった。


「誰も女の私を望んでない、こんなになってしまった体で、女をやれると思うか?」

「……私がいた世界では、男を女らしい体にする手段がいろいろありました。それを使えば、ある程度まではいけますよ」


 センはいろいろ教えてくれた。センがいた世界では、性別を変更する人間が一定の割合でいること。彼ら向けのホルモンや整形手術があること。


「まあ、シンブリーさんはもともと女性ですけど、男性から女性になる技術を応用すればかなりのところまでは」

「……本当か?」

「まあ、私が元の世界に戻れなきゃ話にならないですけどね。協力してくれるとうれしいです」


 私は、自分の全てをなげうってでも、彼に協力しようと思った。


「……クラレンドと呼んでくれ。敬語もいらない」


 センは、彼は戦争を変えてしまった。アバターという名前の土砂人形を、大量の傷痍軍人に遠隔操作させるというアイデアで、人的損耗が実質ゼロの軍隊を実現してしまった。信じられないことに、センは魔国の高官とも通じて魔軍の裏をかいていた。そして、自らは莫大な魔力で巨大な恐竜の土砂人形を遠隔操作し、魔軍の全てを踏み潰してしまった。

 戦争が終わり、サマセットで魔力は忌避されなくなった。そして、私達は仲間とともに各地を駆けずり回ってセンが元の世界に戻れる方法を探した。

 各地の伝承と材料と、天才術者ティースタ・バレイが考え抜いた術式。センの魂が元の世界に戻れるようになり、さらに研究を進めれば私たちも同じ世界に行けるかもしれなくなった。

 そして、センが元の世界に戻るその時。センはこちらを振り返って「言い忘れてた」と言った。


「私さ、車にひかれて気づいたらこっちにいた、あっちで無事かどうかわからないな」

「セン!?」


 それは……あっちの世界で、もしかしてセンの元の体は死んでるってことじゃないか!?


「セン! セン! 行かないで! 待って!!」


 そんな大事なこと、どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ!!

 けれど間に合わず、センの魂は元の世界に行ってしまい、センがいた体は再びティースタ・バレイのものとなった。

 ティースタも、センの告白にだいぶ落ち込んでいたが「……あっちの世界に行きましょう、僕たちも。術式、絶対作ります」と言った。

 そして、ティースタは有言実行したので、私たちはここにいる。

 ニホンの高官と話すことができ、高官は魔力に興味を示してくれた。センの言った通りだった。

 交渉材料になると思って魔力はたくさん集めていた。碧水石の提供も約束した。

 そして、それと引き換えに、私達はセンの捜索を要請した。

 生きているかどうかもわからない。盛大に捜索しても名乗り出てくれないということは、やはり、もう、墓の下なのかもしれない。

 そうだとしても、墓参りくらいさせて欲しい。

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