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フィーユ・トワイニングの視点

 センは、サマセットの『女』を変えてしまった。


 サマセットでは女性が就ける職業が少なく、数少ない職業の一つが看護師だった。私は、結婚したくなかったし自立したかったしで孤児院の頃から勉強して看護師になった。

 そして従軍したけど凄惨な場だった、丸太のように転がる手足、黒焦げの遺体、血の赤。

 亡くなる人は数え切れなかったし、手足を失う人も本当に多かった。魔国は分かっているのだ、殺すより回復不能な怪我をさせるほうが、救助と治療に人員が割かれて効率的に戦力を減らせると。

 2つ下の弟のような子、ティーも徴兵されて従軍してたけど、理科と算数と国語がよくできるから、術式を書くのに回されるって手紙が来た。それなら前線に行くことはないだろうってホッとしてたけど、仕事で近くに行って会えると思った日が、センが来た日だった。

 センはサマセットのことを何も知らなかった。私もセンがティーを探す方法にならないか知りたかったから、聞かれるままにサマセットの習慣と風俗をいろいろ教えた。その中で、看護師は女が就ける職の中で一番上等だと話した。

 センは割と納得していた。


「専門職だもんね。でも、お医者さんで女の人いないね?」


 何言ってるんだこいつ。


「いるわけないじゃない!女で医者なんて!」


 なれるわけがない、医大学は男しか入れないのだ。

 センは戸惑い「そ、そうなの?」と言った。


「ごめん、私のいた世界では普通に女のお医者さんいるからさ……」

「ええ!?」


 センのいた世界のこともいろいろ教えてもらったけど、国や地域によって差があるとは言え、女の生き方はサマセットよりもっとずっと自由らしい。うらやましい。

 ティーは猫になって見つかり、センの圧倒的魔力とティーの天才的術式を軍が使うことになった。それで、爆破実験のために大きな山に野営しに行ったのだけど、帰ってきてからセンに「お願い、教えてほしいことがある」と親権な顔で言われた。


「何?」

「サマセットでは、女はズボンはいちゃいけないって本当?」

「履けるわけないじゃない! 股に密着するものはよくない気を起こさせるってすごく言われるもん!」

「そんなバカなこと言われるの!?」


 センは黒と青の目をまん丸くし、それからしばらく考えていた。


「今さあ、軍目にも人手不足で悩んでるよね。今私、将軍にも報告できる立場になってるんだけど、ちょっといろいろやってみる」

「いろいろ?」

「いろいろ」


 センは、少し笑った。

 ラングルーン将軍は、魔力が忌避されるサマセットで、魔力を浸透させたい一派の中心人物だ。魔国に勝てるならなんでも使う、という考え方の人で、だからティーもセンも彼に重用されている。動かせて感覚もある魔力製の義肢と義体をセンが提案したことで、傷痍軍人たちは救われつつあるし、また戦ったり働いたりに希望が持てて、魔力への忌避感が少しずつ減ってきている。ラングルーン将軍は、そこも評価しているみたいだ。

 センがラングルーン将軍に提案したのは、女の活用だった。センはラングルーン将軍に「僭越ながら申し上げますが、サマセットは人間のほぼ半数を未だ活用していません」とまで言ったらしい。

 サマセットの女は自分で稼ぐ手段が乏しく、寡婦や傷痍軍人の妻は困窮に喘いでいた。ラングルーン将軍はそこにまず目をつけた。彼女らに稼がせるから、軍と軍事産業、国の経済のあらゆる場面に協力しろと。

 識字率を上げるため、国民は男女問わず初等教育を受けていることも幸いした。字を読めて計算もできる女性は多く、すぐにある程度の働きが出来た。ラングルーン将軍は王弟であり、かなりの強権が動かせることも幸いした。

 力仕事では、遠隔操作の土砂人形(アバター)が活躍した。女が遠隔操作と魔力で動かすのだ。女が職業に参画したことで、魔力が多い女をたくさん探し出すことができ、彼女らの魔力も非常に有効活用された。ついでに、魔力量は女性が多めなことも分かってきた。

 もちろん、私より若い女の子たちもどんどんいろいろな職業に就き、私は「看護師が一番上等って世の中じゃなくなったな」と苦笑した。でも、とても嬉しかった。

 女も医大に入学できるようになった。もう何年かすれば、女の医者が生まれる。

 センには、本当に感謝している。それを伝えたら「ラングルーン将軍のおかげだって」と謙遜していたけど。

 働くようになった女たちは、サマセットが勝ったあとも活用されていた。なにせ長年の戦争で国はボロボロなのだ。

 そんなふうに変わったサマセットを、センと私達は巡り、様々な伝承と材料から、センが帰る方法をやっと編み出した。

 そして、センは帰ってしまったが、帰る直前にとんでもないことを言った。あっちの世界では、センは死んでるかもしれないと。

 クラレンドは恐慌状態になり、ティーも呆然としていたが、やがて真剣な顔で言った。


「……あっちの世界に行きましょう、僕たちも。術式、絶対作ります」


 クラレンドは「……行こう」と頷き、各地を巡る間にセンの『子分』を自称するようになったサーボも「俺も行かせてください!」と叫んだ。

 私は言った。


「みんなで行こうよ。絶対センを探そしだそう。会いに、行こう」

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