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サーボ・オークスの視点

 センの兄貴は、俺を人間にしてくれた。

 戦災孤児の俺は、何も頼れるものがなかった。盗んで生計を立てていた。

 俺は体がでかかったから、俺を頼ってくる孤児が何人かいた。盗んでくる者、森から採って来る者、みんなで役割を分担して、俺たちは何とか暮らしていた。

 女の孤児は、ある程度の歳になると体を売るのが手早い。でも、俺は可愛がってきたチビたちにそんなことさせたくなかった。

 でも、まだ年端もいかないチビたちに、手を出そうとする奴らがいた。

 俺が強姦魔たちの脳天を叩き割ろうと瓶を振り上げた時、「火事だー!!」と言う大声がした。

 俺も強姦魔たちも一瞬怯んだ。下町の路地裏だったから、火事と言われて、何事かと見に来る人々がワラワラ出てきた。強姦魔は逃げ出そうとしたけど、火事と叫んだ男が取り押さえた。

 男はなんか偉いやつらしかった。俺をなだめ、事情を聞くと「悪いようにはしないから」と、チビたちにちゃんとした孤児院を世話してくれた。だけど、俺はギリギリ孤児院に入れない年齢だった、今年で16だから。

 センと名乗る男、戦争を勝たせた勇者と呼ばれてる男が「よかったらうちで働かない?」と言ったので、俺は世話になることにした。

 俺は、センがチビ達によくしてくれた恩はどうやっても返せないし、食べるものも寝るところももう困らないことが嬉しかったしで、センにこう言った。


「兄貴って呼ばせてください!」


 センの兄貴は苦笑した。


「弟はいないんだけどね……」


 後からわかった。センの兄貴は、俺を働かせるというより、俺の面倒を見るためにそばに置いたんだ。

 センの兄貴は「働くなら、まず覚えてもらわなきゃいけないことがあるからね」と、字を覚えろと言った。


「読めなくても、別に困らない」

「これから働いてもらう上で困るんだよ。もし私に恩を感じてるなら、これくらいの頼み聞いてほしいな」


 そう言われると、何も言えない。

 センの兄貴は、字を教えてくれて、ある程度字を覚えたら計算も教えてくれた。フィーユ姉も協力してくれて、本をいろいろ貸してくれて、俺はそれが読めること、読めると色々なことがわかることに感動した。

 センの兄貴は元の世界に戻る方法を探してた。ジャガイモとかトマトとか唐辛子とか、この世界には別世界から来た植物がたくさんあるから、そう言う植物が発見されたところを巡って、元の世界に戻る方法を探すんだって。

 センの兄貴と仲の良いクラレンドの野郎は、すごく偉い貴族らしくて偉そうな態度で、いけ好かない奴だと思った。

 でも、クラレンドは高慢ちきなんじゃなくて、いろんな責任を背負ってるから偉そうな態度を取らなきゃいけないんだって、付き合ってるうちに少しずつわかってきた。

 黒猫のティースタはセンの兄貴の体の本来の持ち主なんだって。すごく人見知りで、フィーユ姉かセンの兄貴にくっついてばかりだし、知らない人が来るとすぐ隠れちゃうから、猫の体のほうがいいような気がするけど。

 フィーユ姉は看護師で、物知りだったし、俺にたくさん本を貸してくれた。そんで、センの兄貴にすごく感謝してた。チビ達も、センの兄貴のおかげで、体売る以外の仕事ができるかもしれないんだって。

 方々を回って、研究して、また方々を回って。センの兄貴が元の世界に戻れる方法が見つかった。

 センの兄貴は、元の世界に戻る直前に、元の世界の自分は死んでるかもって言った。

 止める暇もなかった。センの兄貴は、向こうへ行ってしまった。

 クラレンドはものすごく取り乱して、俺は、ああ、この人、普通の人なんだ、偉そうな態度が剥がれちゃうこともあるんだ、と初めて気がついた。

 ティースタが「あっちの世界に行く術式を作る、センに会いに行く」って意味のことを言って、クラレンドは少し落ち着いた。

 俺も言った。


「俺も行かせてください! お願い、センの兄貴が生きてる方に賭けたいよ!」


 ティースタは「みんな行けるようにする」と言った。

 センの兄貴が勇者として稼いだ金と、ティースタが術者として稼いだ金と、クラレンドの金とコネ。さらに研究が進められる余裕はあった。俺たちは、さらに方々を回って、材料を集め、研究を進めることにした。

 そういう方針が決まったある日、クラレンドが「みんなに話がある」と言った。


「大事な話だ。みんななら信頼できると思って、話す。これまで、センしか知らなかったことだ」


 なんだろう、と思って聞いていたら、クラレンドはとんでもないことを言った。


「私は、男じゃないんだ」


 どういう事!? クラレンド、男の体格だしヒゲ剃ってるし声も太いぞ!?

 クラレンドは堰を切ったように話しだした。生まれた瞬間から女だったこと。軍閥貴族の家に女しか生まれなかったので、末っ子の自分が男にされたということ。雄鶏の実で男性化させられたこと。でも完全に男になるわけじゃないから、用足しに風呂にとても苦労をしてきたこと。

 そして、本当は、女に戻りたいこと。

 俺はクラレンドに聞いた。


「センの兄貴だけ、知ってたのか?」

「彼は、ずっと秘密にしてくれていた。その上で、私がこのことを世間に公表できるように世間を動かしてくれていたんだ」


 センの兄貴が、女が強い世の中にしたの、クラレンドのためだったの!?

 一見高慢ちきで偉そうに見える、でも本当はすごく責任感が強くて優秀な男。そういう男だと思っていた相手が、実は女だったって知って、俺はものすごく混乱した。

 センの兄貴……このこと、ずっと秘密にして、その上でクラレンドと友達だったの?

 そんで、クラレンドはセンの兄貴をどう思ってるかにも思い当たった。もしかして、クラレンドは、センの兄貴のこと……。

 ……兄貴! こんなクラレンドを置いて逝くなよ!? 兄貴に絶対に会いに行くからな、覚えとけよ!!

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