目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

好きな子に化粧するのってよくない?

 私がクラレンド達の付き人に採用されてから、しばらくたった。

 セン探しは外務省が各所と連携してやるとのことで、檜山氏には私がやることを指示された。クラレンドたちに日本を教えること、ティースタを技術者として連れ回すこと。

 あと魔国の将軍ムルーターの呪いを防ぐこともあるけど、今はサマセット国とジークレフ個人による情報収集段階とのこと。

 クラレンドたちの付き人は長丁場になるとのことで、檜山氏はランドマーク近くのマンションを国の予算で借りてくれて、しばらく私に住めと言ったけど、引っ越しにどれだけ労力かかると思ってんだよ。まあ、通勤時間嫌だから引っ越すけど……。

 そういう風に、私はクラレンドたちに付くことになった。しばらく、外交官や国のお偉方、電力会社のお偉方に会う日々。

 ある日、時間が空いた時に、私はクラレンドに申し出た。


「日本に慣れるために、日本の基本的な生活を体験しませんか?」

「ぜひ教えて欲しい」


 身を乗り出すクラレンドを、檜山氏が「待ってください」と制止した。


「日本を自由に動くのはまだ待ってください、あなたたちは重要人物です、SPなど手配に時間がかかります」


 まあ……それもそうか。

 私は折衷案をとった。


「では、しばらくは口頭で予習をしましょう。今度説明資料も作ってきます」

 買い物がまずわからないだろうから、コンビニ・100均・スーパー辺りを教えるか。それから、日本の住居事情。アパート、マンション、一軒家と、それらの世間での扱い。

 あと、インターネットについても教えよう。手書きの文字でないと碧水石は使えないけど、サマセットの言葉は英語に近いから、英語のページはじきに読めるようになるだろう。日本語のページは英語の機械翻訳に頼れる。

 私はクラレンドに言った。


「あと、ヘアメイクと化粧も試してみませんか? ある程度日本式になりますが」

「化粧?」

「するかしないかは自由ですが、できるようになっていて損はないので」


 フィーユがいるからその辺教えてるかと思ったけど、よく考えたらフィーユその辺にあんま興味なかったな。

 私は持ってきていたバッグを引き寄せた。


「基本的なことなら今できますし、用意してありますよ」


 褐色の肌向けのファンデ、リップ、アイメイク用品を用意してある、あと、ヘアアイロンとヘアスプレーと鏡。

 クラレンドについていたサーボが手を叩いた。


「それいい! 女っぽくなって、センをびっくりさせてやろうよ!」


 クラレンドも悪い気はしなかったみたいで、頷いた。


「では、お願いしたい」


 檜山氏は私の用意の良さに驚いていたが、私および日本がクラレンドたちに気に入られる方を優先したらしく何も言わなかった。

 そういう訳で、まずクラレンドの髪から。櫛でとかしてヘアスプレーしてヘアアイロン。串は通ったけど、それ以外あんま手入れしてないな?

 クラレンドは当惑している。


「こんなにやるのか?」

「本格的にやるなら。あと、洗髪の際にリンスかトリートメントをお勧めします。ヘアアイロンは、技術としては知っておくべきですが、興味ないなら別にやらなくてもいいです」

「髪は普段はまとめたいな……千春氏はきれいに髪を結っているな、髪に刺しているピンがきれいだ」

「ああ、これはかんざしというものです。これで髪をまとめてるんですよ」


 個人的趣味で、珊瑚の玉飾りがついた銀のかんざしで髪をまとめている。金属なので髪ゴムみたいにすぐダメにならないし、慣れさえすればほどけないようにまとめられる。

 これ見せたらウケがいいかも、と思って、私はかんざしを抜いて髪を下ろしてみせた。棒を1本抜くだけでサラサラっと長い髪が落ちる。その風景に、クラレンドもサーボもびっくりしたらしい。


「どういうことになっているんだ?」

「髪に刺して、巻きつけてねじって、さらに刺す感じですね」


 かんざしで髪を結い直すところを見せたが、サーボもクラレンドもぽかんとしていた。


「どうなってるか全然わかんない」

「手品を見ているようだ」

「慣れですよ。じゃ、次はお化粧に行きましょう」


 私がまずクラレンドに化粧して、その後、クラレンドが自身の顔で練習することになった。


「こんなに塗るのか!?」

「まあ、ファンデ塗って軽くアイシャドウつけて口紅塗るだけで十分すぎるくらいですけど、どうせやるなら本格的なのを一度やっておきましょう」


 クラレンドに化粧しつつ、私は思った。

 あなたが女をやれるようになって本当によかったよ。本当にきれいな顔してるね。

 ……私が、サマセットで頑なに性別と素性を誤魔化した理由は、もうひとつある。

 私、女しか好きになれないんだよ。

 クラレンド、逃げてごめんね。私は自分を開示できなかった、クラレンドの気持ちから逃げた、本当にごめんね。

 名乗れないけど、女だったってがっかりさせたくないけど、でも小鹿野千春としてできる限りのことをするから。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?