クラレンドたちに日本のことを教えたり、クラレンドたちと政治家・発電会社のお偉方との席に付き人として同席したりする日々。
クラレンドができる、サマセットの貴族然としたふるまい、すなわち言質を取りにくい言動はヨーロッパの貴族層に近いらしい。外交をやってる政治家ほど効くそうな。あと、サーボは本当にクラレンドの秘書としてよくやっており、サーボがいなければクラレンドの予定は回らないくらいになっている。クラレンドにつくことが多い私の予定も、ついでに何とかしてほしい。
私は術者ティースタとその秘書フィーユにつくこともあるが、魔力技術は特に反発なく受け入れられているし、研究者や技術者ほどのめり込みがすごい。
魔力義肢は、小さな鉄板に書いた術式と砂とおがくずしかいらないので、勢いよく導入が進んでいる。義体は土砂オンリーだったけど、義肢となると砂だけだと重いので軽量化としておがくず入りだ。
魔力義肢は装着する本人の魔力で動かすのだが、魔力義肢導入の拡大により、日本人にもサマセットの人程度の魔力があると判明しつつある。魔力義肢がまだ日本にしか広がってないだけで、日本以外の国に住む人もおそらく魔力は同程度だということだ。あと、魔力という新たなエネルギー源の存在は世界中に広まり、円高が進んでいる。
そんな風に技術交流が進み、サマセットの方にも日本の技術者や政治家が行くかもということで、檜山氏と私にサマセットの文化風俗を調べてまとめておけと指令が入った。
まあ、私はサマセットをかなり知ってるけど、知らんぷりして聞こう。割と勘所を抑えて質問できるかもしれない。サマセットも日本も知ってるってことは、つまづきやすいところを知ってるってことでもあるので。
そういう訳で、ある日一日時間を取り、クラレンド一行にサマセットの文化風俗を聞いていくことになった。
ティースタは相変わらず人見知りの引っ込み思案だが、私と檜山氏がついて回ってるうちに私には慣れたっぽい。
「あ、あの、僕達のサマセットって、千春さんに見せてもらったイギリスっていう国に、割と似てるかなって気がするんですけど……」
そう、サマセットの挨拶と基本的な礼儀作法はイギリスに似ている。言語も英語に近いし、どっかの時代のイギリス人がサマセットに憑依したか転生したかしてイギリス慣習がベースになったのでは、と言われている。
ティースタの言葉に、フィーユがうんうんと頷いた。
「そうよね、摂氏の気温教えてもらったけど、ロンドンってところとロヒニの気温そんなに変わんないわ」
サマセット北部は割と低緯度の気候だ。そんでもって、水が凍る温度と水が沸騰する温度を100分割した単位を使ってるので、つまり摂氏そのものの単位を使っている。話が早くて便利。華氏なんてもんは知らん。
クラレンドが口を開いた。
「千春氏にこちらでの作物を一通り見せてもらったが、似たようなものはだいたいサマセットにもある。名前こそ違うが」
サマセットの植生はかなりこちらの世界と似ていて、ナグリが例外と言っていい。なので、サマセットには、米も小麦もとうもろこしも、たいていの野菜も果物もある。ジャガイモ・トマト・トウガラシ・とうもろこしなんかも普通にもある。まあ、こっちの世界からあっちに転移した植物もたくさんあるからな……。
サーボは、クラレンドの毒味と称して日本のいろんな食材をつまんでいるが、「サマセットのと同じ食材でも、日本のほうがうまいです!」との感想を述べた。まあ品種改良やら栽培技術やらはこっちのほうが進んでるんだろうな。
私はさらにクラレンド一行からサマセットのことを聞き出した。サマセットの食生活は地域により多種多様だがサマセットの首都ロヒニは北の方で小麦・肉・野菜・果物をバランスよく食べている。逆に南の方、開拓を進めていたら魔国に侵略された方は米の栽培が奨励されている。暖かさと田んぼさえあれば、単位当たりの収量は小麦より米が多いのだ。まあ、小麦に慣れた人々はみな小麦を作りたがるが……。
クラレンドは遠くを見るような目をした。
「センは米が好きで……彼がおいしそうに米を食べるのが、多少米食奨励につながったと思う」
まあ、塩味のは喜んで食べてたな。牛乳で甘く煮た米出された時は仰天したけどな!
私は、サマセットのことなんてなんにも知らないようにクラレンドに相槌を打った。
「日本人の主食は米ですからね。お米は恋しいでしょう」
他にも色々聞き取って、それから私はひとつ提案した。
サマセットと日本の今後の交流に際して、挨拶だけはお互い現地語でやってみないかと。
サマセット語で、ハローに相当する言葉は「ヘルー」。日本語の方は時間帯によって「おはようございます」と「こんにちは」と「こんばんは」。
その辺を話すと、サーボが首をひねった。
「朝と昼と夜で違うのか? 境目の時間はどうするんだ?」
「あいまいです、人と仕事によりますね。テレビ……報道関連の一部は、時間を問わず「おはようございます」ですし」
「難しいな……」
「正直言いますと、サマセットの方々は英語を学ぶほうがずっと楽だと思います。近い言葉ですし、英語のほうが技術的な文献も論文も多いですし」
檜山氏がまたすごい顔してるが、私はガン無視した。
クラレンドが言った。
「しかし、私は日本語もそれなりに学びたい」
「そうですか?」
クラレンドは、なんと言うべきか少し迷う顔をして、それから言った。
「……センの母語を、知りたいのだ」
……そっか……。
私は「挨拶からですね」と返した。
檜山氏がホッとした顔をしている、やっぱりサマセットの魔力関連は日本がまず一番に握っておきたいんだな。まあ、私も生まれ育った国が豊かになるのはうれしいけどね、もうちょっとくらい私みたいなのが暮らしやすい国になってくれないもんかね。