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なるたけ正直にやろうぜ

 日本とサマセットの技術交流が進む中、クラレンドたちから『私的なお茶会』に招かれた。

 私に友人になってほしいから、私的なものだから、檜山氏はじめ公的な身分がある人は招かないらしい。でもこれ、絶対何かあるだろ……。

 とりあえず、私はクラレンドたちに伴われて、サマセットへの転移門をくぐった。サマセットにおける転移門は、『セン』がクラレンドたちとともに拠点にしていたロヒニ郊外の家のほど近くにあった。クラレンドたちは、今もここを拠点にしているらしい。

 フィーユが「ほら、どうぞ!」と家の扉を開けた。勝手知ってる家だが、私はまったく知らんふりをして「では、失礼します」と入る。

 私がクラレンドとティースタに勧められてテーブルに着くと、フィーユがお茶菓子を出し、サーボがお茶の用意をしてくれた。『セン』はサーボに「男でもお茶くらい自分で入れられるようになりな、なんなら人に出せるようになりな」と叩き込んだのである。そうか、『セン』がいなくても、サーボはちゃんとやってるんだな。

 サマセットでお茶のお供によく出されるのは、クラッカーとジャム、あるいは薄いビスケットである。クラッカーにはたっぷりのジャムを乗せる。クラッカーはジャムを食べる土台なのである。

 サマセットは、チャノキはあるが製茶技術があまり発展しておらず、日本やイギリスほど香り高いお茶ではない。なので、紅茶のようなものにハーブやスパイスを混ぜて飲むことが多い。

 私は以上のことを知っており、クラッカーとビスケットとクソデカジャム瓶を出されたが、なんにも知らないフリをして言った。


「サマセットの習わしに詳しくないので、無礼がありましたら申し訳ありません」


 クラレンドは、私を安心させるように微笑んだ。


「こちらも日本の習わしに詳しくない。ざっくばらんにやろう」


 人見知りティースタだが、微妙に私に慣れたらしく、「そ、その、このジャムおいしいんですよ」と私にジャムを勧めてくれた。


「あの、クラッカーにいっぱい乗せて食べるんです、お茶に合います」

「ありがとうございます」


 私はお礼を言い、皆がするようにクラッカーにいちごジャムをたっぷり乗せた。

 みんなでお茶とお茶菓子を楽しみながら、しばらく歓談。お茶は『セン』が気に入って飲んでたやつだった、レモングラスとペパーミントとローズマリーが混ざってるやつ。なつかしいな、顔には出さないが。

 そして、クラレンドが私に言った。


「あなたに伝えておきたいことがある」

「なんでしょう、伺います」

「あなたは、日本の悪いところも包み隠さず教えてくれた。だから、私たちも話したいことがある」


 サーボが気遣わしげな目をクラレンドに向けた。


「本当に話すのか?」

「誠実に接してくれる人には、誠実を持って対応したい」


 私は二人に言った。


「もし、何かに障る話題であれば、私の胸ひとつに納めますから」


 クラレンドは「そうか、ありがとう」と頷き、そして話しだした。


「日本は魔力を活用していきたいわけだが……実は、サマセットの魔力技術より、魔国の魔法のほうがずっと進んでいるのだ」


 そう、確かにそれは事実。

 魔国は術式でなく魔法陣で魔力を使うが、基本的な原理は同じだ。そして、魔国のほうがずっと、魔力を活用する技術、すなわち魔法が進んでいる。不老長寿の魔法まであるくらいだ。で、魔力抜きの技術も、サマセットより魔国のほうがずっと進んでいる。以上のことは、魔国による侵略戦争からサマセットが得た捕虜と、私がジークレフから聞いた話から分かったことだが。

 クラレンドは、以上のことと似たことを私に伝え、それから言った。


「しかし、私たちは日本から技術を学びたいし、日本には私たちからの技術提供をしたい。魔国との技術協力は、国民の感情的に難しいのだ」

「それは、そうでしょうね」

「だから、日本には、できるだけサマセットから魔力と術式を学んで欲しい。他のことについても、できるだけサマセットを窓口にして欲しいと思っている」


 それはそうだろうな、サマセットはあくまで日本とやりたくて、日本と魔国が繋がるのは嫌、と……。

 私は、どう答えるべきか迷いつつ、クラレンドに聞いた。


「そうですか……そうですね、魔国は日本がある世界と関係したがっていますか?」

「いや、センのこと以外は興味がない。ジークレフ・ドアーズ氏が呪いを気にしてくれて、ほぼ単独で動いているだけだ」


 ふーむ。魔国の方にその気がないなら、日本も魔国とはつながりにくいんじゃない?


「なら、時期を見て、今のことをある程度日本のお偉方に伝えても、そんなに支障はないと思いますが。魔国は関係を持つ気はないのでしょう?」

「……なるほど」


 クラレンドは頷いた。私は言葉を続けた。


「時期を見て、檜山さんに伝える程度はしてもいいのでは。魔国は日本と関係する気はない、を強調して伝えればいいんじゃないかと思います」


 クラレンドは眉を寄せ、少し鎖骨をなでた。この子、不安なときこれをやるんだよな。


「その……檜山氏に伝える歳、同席してはもらえないだろうか?」


 心細いんかい。しょうがない子だな、ついててあげるか。


「喜んで同席させていただきます」


 私はそう返事した。

 クラレンドの本題は、これで終わったらしい。その後、私はフィーユに独身女性の仕事と生活を聞かれまくり、何とか答えた。


「そうですね、学と技術があればそれなりに暮らせますが、問題は老後と孤独死ですね」

「子供がいないからです?」

「まあ一言で言えばそうですが、自分の面倒を見させるためだけに子供を作るというのも、あまりいい考えではありません、子供は自立して自身の生活を持ちますから」

「それは……そうですね」


 フィーユは納得したようだ。私はさらに言った。


「子供がいても孤独死する人はいますし。老人ホームという、老化で一人暮らしが難しくなった人向けの施設があるので、そこに入ることを目指して若いうちにお金をためておくのが賢いですね」

「なるほどー!」


 フィーユは嬉しそうに手を叩いた。私は聞いた。


「サマセットにそういう施設はありますか?」

「ないですね……うーん、そういうのも作らなきゃなのか」


 フィーユは看護師、つまり医療従事者なので、日本の医療や製薬についても学びたいらしい。頑張れ。

 あと、結婚も出産もやりたくなさそうなフィーユを見て、ティースタがすごく悲しそうな顔してるけど、理由は察する。頑張れ。

 で、翌日。檜山氏と2人になった時に「どうやってあそこまで彼らの信頼を勝ち得たのですか」と問い詰められた。


「日本のお偉方的に都合が悪いことも包み隠さず教えてたからだそうですよ」

「……」


 檜山氏は苦い顔をした。私は、取りなすつもりで言った。


「まあ、誠実にやるべきじゃないですか」

「……できる範囲には限界がある」

「なら限界までやりましょう」

「……」


 檜山氏は、もっと苦い顔をした。

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