馬に揺られて延々と。
なんだかんだ結構な時間が掛かった。
住吉社は思ったよりも遠かったわけだが――。
「さて。
住吉社の池は、目には
「
重隆の言葉に、周囲に居た
遊び
こちらは大内裏勤めであるという
だが卯の花は表情には何も出さず、ただ池の面だけを見つめた。
この池で、何十人もが溺死したという。
目にはさやかに見えねども。
風が池面に
その音は形にならない何かを、伝えてくる気がする。
卯の花は池に向かって手を合わせ、黙祷した。
「
「無用です。まあ、男装してきた方が舞い易かったかなとかは思っていますけど」
女舞以外の舞衣装は、大抵男装である。
修練の際も
今日の修練は主に女舞だった為に皆、
五節舞姫のように
すっと卯の花の表情が変わった。
辺りの温度が下がった気がする。
供養舞なら
――菩薩にしよう。
卯の花はゆっくりと息を吸い、吐いた。
清浄で
表は皆白くて。裏は、
袖が静かに上がる。
さあ、一歩。
◆
舞っている間は何も気になりはしない。
無遠慮な視線も、野次も、何も。
思うことはただ、心安かれと。
苦しみと悲しみとが、少しでも薄らぐようにと。
ゆるりゆるりと袖が翻る。
大仰ではない動きだが、目を惹かれる。
卯の花の視線は、この世ならぬ所を見ているようで、澄み切って少し怖いくらいだった。
いったいどれくらい
その場の誰もが、卯の花の舞に見入っていた。
魅入られていた。
光が散り、花が咲き零れる。
そんな幻を見た者も居た。
無音。
ゆっくりと卯の花の手が下りて。
舞が終わった。
張り詰めていた空気が、
「――さて。気休めくらいにはなりましょうか」
軽く汗を拭きつつ、卯の花は重隆を振り返った。
その顔はただの少女のものだ。
幽玄な雰囲気は
だが、池の
重隆は視えない者なので、何となくの感覚ではあるけれど。
「助かった。これが
「大したものではありません。せいぜい場の空気を整えるくらいで。――わたしでは鬼も祓えませんし」
養父の玄明に比べれば、何ということも無い小技だ。
指をぱちりと鳴らせば、弱い怪異など
肩を竦める卯の花に、重隆は苦笑した。
「鬼と来たか。百年前ならいざ知らず、今のこの世には、もはや居ないだろう。
卯の花は小首を傾げて見せる。
「そうでしょうか。
先日の
腕を取られて取り返し――、その後の話は聞かないが、また出てくるかもしれないではないか。
酒呑童子は鬼の
真面目な顔をして見せる卯の花に、重隆はぞっと背筋を凍らせた。
「怖いこと言うな」
「まあ、
「ほら」
ほっとしたように笑う重隆に、卯の花はこっそりと思う。
(
大内裏に出るくらいなら、当然都にも出るだろう。
内裏こそ
今は里内裏だが、そういう問題でもないだろうし。
(居そうだな。人に化けた鬼とか)
普通の人のふりをして、気付かれないままに紛れこんでいるものたち。
人のふりをしている、人ならざるものの知り合いは、多い。
玄明の邸が良い例だ。
櫛笥小路邸の使用人は皆、玄明の式神か、人の形をとった怪異である。
(でも人の方が鬼より怖いって、養父様方も言ってるしな)
加えて今は
世界の滅亡と考えられ、貴族も庶民もその末法の到来に怯えている。
本来、末法というのは
釈尊の入滅は五十数説あるが、末法元年を
当時関白であった
遠い遠い
義理ではあるけれど、自分の曾祖父にあたるのか。
そう考えると凄いなと、卯の花はぼんやりと思った。
それはさておき、今や末法も四十四年目。
京の都は世界の滅亡を前に、
穢れは都の
(澱んでるなあ)
まるで渦を巻くような。