さて、卯の花には祓の力がある。
それが故に
本人には確たる自覚は無いのだが、なんとなく雰囲気で
持って生まれた性質で。
神仏に愛されているのだとか、
言われようは様々だが。
それが故にか、卯の花の舞はただ美しいだけのものとは違い、
見た目の佳麗さだけならば、他の
だが、卯の花の舞を見た者は感激し、
視える者には、なにやら光や花が舞う様が見えるらしい。
散華の様に。
過剰な扱いだと、卯の花自身は
困ったものだと思う。
何故ならば。
「卯の花の君とやらは居られるか」
こうして、呼びもしないのに訪れてくる客があったりするのだ。
それも割と頻繁に。
「
表は紅、裏は紫の
勿論、面識など無い。
うんざりした表情で、卯の花は頭預に視線を向けた。
「
頭預が鷹揚に頷いた。
「一応お聞きしましょう。重隆様、御用向きは
検非違使庁は多くの役職を
基本的に司法警察のことを
また
正確には、その
放免は、元は犯罪者などで、
穢れの現場の掃除はともかく、
卯の花は、検非違使関連でよく声が掛かるのだ。
「いや、私は検非違使ではないのだが、まあ似たような理由で参った。先日、
「多くの方が、池に落ちて亡くなられたとか」
頭預はそっと睫毛を伏せる。
三月七日。
住吉社の神主が
その供養にと、当国他国の
老少男女数十人が、池に落ちて亡くなったのである。
三月九日。
だがそのことを知らないでいた僧や、楽人の
結果、
遂には
――それがつい先日、十六日の事。
確か
軒廊とは、屋根つきの渡り
今年も始まったばかりから、何とも怪異や穢れの多いこと。
火事もあったし、地震もあった。
何となく、不吉な年になりそうな予感がした。
(当たらないで欲しいけど)
卯の花はこっそりと鼻の頭に皺を寄せた。
延暦寺が朝廷を呪詛しているなどという、とんでもない噂もあるし。
しかもそれは、玄明によるならば、どうやら噂ではなく事実らしいし。
(今年に始まったことではないか……)
流石は末法の世。
混沌この上なし。
卯の花は思わず遠くを見る目になった。
「院が御心を痛めておられる。それ
いとも簡単に言ってくれる。
「陰陽師は」
それは官人陰陽師だけを指しているのではなく、市井にあまた居る
むしろ彼らの独壇場とも言えるだろうことだ。
金さえ積めば、いや、白河院の御指図ともなれば。
我こそはと、名乗りを上げる者は多かろうに。
胡散臭い者が多いのは否定しないが、中には官人陰陽師顔負けの腕利きも居るのだし。
その辺は、白河院ならば当然のこと、把握しているだろうと卯の花は思った。
そういう仕事は彼らの領分である。
「多忙だそうだ。
確かに多忙ではあろう。
次から次へと仕事は舞い込み、手が回らないことは想像に難くない。
だがしかし。
(あのクソオヤジ、面倒事丸投げしやがったな)
超がつくほど有能な陰陽博士である
自分が出向けば、即時解決であるだろうに。
不満気な卯の花に気付いたのか気付いていなかったのか。
頭預は卯の花に視線を向けた。
「であるならば。卯の花の君、行って差し上げなさい。これもまた修行の一つです」
「心得ました」
小さな溜め息を、ひとつ。
頭預に一礼し、卯の花は重隆に向き直った。
「では、参りましょうか」
◆
卯の花は
先程から視線が痛い。
「言いたいことがあるならどうぞ。そんなにちらちらと見られては、どうにも気分がよくありませんので」
「すまない」
気まずげな重隆を見上げ、卯の花は軽く首を傾げてみせた。
「この白髪のことですか? それとも髪形の方ですか?」
「……よく聞かれるのか」
「そりゃあ、まあ」
卯の花の髪は白に薄墨色の混じった、老人の様な白髪だ。
もとは黒髪だったようだ。
白変したのは
――だが、それも憶測であり、詳細は不明のままであるし。
説明するにも色々面倒なので、生来のものということにしている。
そして髪形は今時の女性には珍しく、
高髻とは、髪を纏めて頭頂部で
余った髪を髷の根元に十文字に巻き付けたものだ。
言うなれば二、三百年前の流行である。
目立たないわけがない。
「髪の色は生来のもので、
上尸とは
頭と腹と足に上尸、中尸、下尸が居て、上尸は白髪や皺を作ると言われている。
三尸はいつもその人の悪事を監視しているといい、庚申の日の夜の寝ている間に天に登って天帝に日頃の行いを報告し、罪状によっては寿命が縮められたり、その人の死後に地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕とされると言われていた。
そこで、三尸の虫が天に登れないようにするため、庚申の日は寝ずに酒盛りなどをして夜を明かした。
これを
閑話休題。
「そういうものか。意外な答えだ。
古臭い物の代名詞のように言わないでもらいたいが、古式ゆかしく舞を習練する者が多いのも事実だ。
流行りの
新しい舞を取り入れもするが、古き良きものをそのままに、後人へ伝える。それが内教坊だ。
時折、斬新な創作舞を披露する者も居ないでは無いが、極めて少数である。
常に流行の最先端を行く、華やかな後宮の女房らと比べれば、見劣りするのも当然というもの。
「いいえ。合理性の賜物です。前髪に櫛を差した方も居たでしょう。あれも汗が垂れにくいという利点があります」
それもまた、後宮の女房らからすると
「なるほど」
「欠点は少し目立つ事ですかね……」
今は
白髪であれば尚更だ。
「まあ、目立つだろうな」
「はい。目立つんです。ところで
「呼び捨てで構わん。ただの雑用係の使い走りだ。
ちら、と 卯の花は視線を上に投げる。
重隆の嫌そうな表情が見えた。唇がへの字に引き結ばれている。
「ひょっとして重隆さま、うちの
「いや、だから”さま”はいらない。 卯の花の君」
「はい」
「聞かないでくれ」
重隆の悲痛な声音に、卯の花はただこくこくと頷いた。
養父は、否、養父たちは。
それぞれなんとも
出過ぎた杭は打てないというか、なまじ有能な為、手出しできないというか。
厄介者であるのは、娘の目から見ても間違いない。