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第14話 星見の聖女

 ノエル誘拐から二年以上経ったある日。

 ノエルの祖父である辺境伯フレデリックが、家族を屋敷の客間に呼び寄せた。


 呼ばれたのはノエルの父フィリップ、母カトリーヌと兄フランツである。


「おお、よく来た」


 フィリップ達が客間に到着すると、フレデリックは笑顔で出迎える。

 客間にはフレデリックの他に、一人の女がいた。


 濃い紺色のフード付きローブを身につけ、顔も目元以外は同色の布で隠されている。

 顔が隠れているせいで、年の頃はわかりにくい。十代にも四十代にも見えた。


「父上、こちら方は?」

「星見の聖女様だ」


 フレデリックが紹介すると、星見の聖女は無言のまま、ゆっくりと頭を下げた。


 星見の聖女とは、占いの神に愛されし聖女である。

 その占いの精度は非常に高く、神託に近いと言われている。


 未来だけでなく、過去も見通すことができるという。


 大貴族や王族であっても、そして、どれだけ高い金を積んでも依頼を受け付けてはくれない。

 何を占うかすら占いによって決める、つまり神が決めるからだ。


「ノエルの居場所を占っていただきたいとずっと依頼を出していたのだが……」


 やっと、依頼を受けてきてくれたのだ。


「父上、ありがとうございます。聖女様。よくぞお越しくださいました」


 フィリップの礼に、星見の聖女は無言で頷いた。


「せ、聖女様、ノエルの居場所は一体――」


 こらえきれずに尋ねるカトリーヌに、聖女は静かに落ち着いた声で言う。


「占いは万能ではありませぬ。何が示されるか、何が示されないかは神のご意志です」


 全てが明かされるわけではない。そして何を明らかにするかも、聖女自身制御できないのだ。

 居場所を知りたいと願っても、居場所が明かされるとは限らない。


「だから、ただノエルについて占っていただこうと思ってな」


 フレデリックはそう静かに言った。


 カトリーヌとフランツは期待に満ちた目で、聖女を見つめる。

 だが、フィリップは泣きそうになるのを必死にこらえていた。


「……父上」


 フィリップは気づいた。

 フレデリックは、ノエルの死を聖女に宣告してもらおうとしているのだ。


 フィリップも、カトリーヌも、フランツも、ノエル誘拐の日から前に進めていない。

 客観的にノエルの死を突きつけられない限り、前に進めない。


 絶望的な生存確率を頭では理解しながら救出を目指さずにはいられない。

 そして、それはフレデリック自身もそうだったのだ。


「……ありがとうございます」


 フィリップは、自分と同じく涙をこらえている父にお礼を言う。

 家族が前に進むためには、神託に近い占いに頼る他なかったのだ。


「……うむ。聖女様。お願いいたします」


 そういうと、フレデリックはこらえきれずに目に涙を浮かべる。


 これから行われるのは、ノエルの死の宣告。

 家族にとって、ノエルは今から死ぬことになる。


「…………はい。ノエル・エルファレスについて神に尋ねます」


 聖女は袂から拳より二回り大きい魔晶石の球体を取り出した。


 そして、口を動かさずに、星見の神への祝詞を唱えた。

 すると、魔晶石が輝き始める。


「……は? うっうぅ? こ、これは……」


 すぐに聖女がうめき声をあげた。

 聖女は恐らくノエルの死に際の姿を見たのだ。


 フィリップは妻の肩をしっかりと抱き、これから発せられる聖女の言葉を覚悟した。


「……みえました」


 聖女の言葉を聞き逃さないよう誰も言葉を発しない。客間に緊迫した空気が流れる。


「……聖女様、ご配慮を」


 フレデリックがささやくように言う。

 ノエルの死の様子を克明に描写しないでくれというお願いをしたのだ。


 大まかな死因だけ教えてくれれば充分だ。

 どのように亡くなったかの克明な情報まで、知らされるのは辛すぎる。


 だが、聖女の言葉は誰もが予想しないものだった。


「……二足歩行の猫が……木の棒を振り回しております」

「ん?」


 フィリップは、聖女が何を言っているのかわからなかった。


「……お待ちを。猫が何か言っています」

「…………」

「にゃ~にゃ~」


 猫がニャーニャー言ったから何だというのだ。

 客間に変な空気が流れる。


「これはせいけんだからな? みてろ、ガルガル」


 聖女は真似をしているらしく、幼児っぽい口調だ。


「…………二足歩行の猫が、凶悪な魔獣に向かって棒を振り回して、……一撃で」

「やられてしまったのですか?」


 これまで大人しくていたフランツが耐えきれずに尋ねる。


「倒しました」

「ん? なにを?」


 フレデリックが尋ねると聖女は脱力し「ふうっ」と大きく息を吐いた。

 占いが終わったらしい。


「………………まとめます」


 五秒の沈黙の後、聖女は語り出す。


「ノエル様は猫の着ぐるみを着て、棒を振り回しておられました」

「え?」

「近くには強力な神獣の狼。そして三本の若木が生えており……」

「神獣と若木……ですか?」


 フレデリックは聖女の言葉を理解できなかった。


「その若木を守るようにして極めて強力な魔獣を一撃で倒しておられました」

「あの。神獣様が、魔獣を倒したのですか?」

「いえ、ノエル様が倒されました」


 しばらく客間が沈黙に包まれた。

 最初に沈黙を破ったのは、カトリーヌだ。


「ノエルが、ノエルが……元気に……」

「母上! よかったですね」


 カトリーヌとフランツが、感動し涙を流す。


「…………」

 しばらく、フレデリックとフィリップは言葉が出なかった。


 聖女の言葉でなければ、嘘だと断じるところだ。


 幼子が魔物を倒すことなどあり得ない。

 それに神獣は伝説上にしか存在しない。見たことも聞いたこともないおとぎ話の存在だ。

 同じく伝説上の存在である聖獣より上位の存在である。


 とてもではないが、本当だとは思えなかった。

 だが、聖女の占いは、神託に近い。偽りだと疑うこと自体が不敬に当たる。


「きっと、神獣様が保護してくださったのね」

「はい、ノエルは可愛いから」

「結界を壊したのは、きっと神獣様ね。竜でも壊せない結界も神獣様なら……」


 カトリーヌとフランツは本当に嬉しそうだ。

 それをみて、フィリップも徐々に嬉しさがわいてきた。


「ありがとうございます。聖女様」

「感謝は全て星見の神に」


 うれし涙を流しながら、フレデリックが尋ねる。


「……ノエルは……どこに?」

「腐界の奥、死の山付近のどこかとまで」


 何を教えるかは神次第。聖女に場所を教えてもらえない理由を尋ねても詮無いことだ。


「聖女様。ノエルは、元気そうでしたか?」


 フィリップが尋ねると、聖女が微笑んだことが布越しにもわかった。


「それはもう。元気で楽しそうにお過ごしでした」

「う……ぐふ……ぅぅ」


 聖女の言葉を聞いたフィリップはこらえきれずに声をだして泣いた。

 そんなフィリップをカトリーヌは優しく抱きしめたのだった。

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