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第15話 星見の聖女その2

 星見の聖女の占いが行われた一週間後。

 フレデリックとフィリップは星見の聖女と、お礼について話し合うために客室に集まった。


 やってきた聖女は先週とは異なり明るい色の町娘のような服を着ている。


 ベールも身につけておらず、顔を出していた。

 明るい金色の長い髪に、緑色の瞳が華やかな、年の頃は二十代半ばの健康そうな女性だった。


「ずいぶんと雰囲気が変わりましたな」


 フレデリックがそう言うと、聖女は許可を得るまえに、客室の長椅子にどかっと座る。


「だって辺境伯閣下が、孫の死を家族に伝えてほしいって言うのだもの」


 聖女は「死の宣告をするならそれなりの雰囲気がいるでしょう?」とにこりと笑った。


「ご配慮感謝いたします」

「それに先週は神の代理だったからね? 普段からあんな雰囲気だと疲れちゃうでしょ」


 そう言って楽しそうに笑う。


 聖女は先週とはまるで別人のようだ。

 だが、雰囲気は違うが、声は同じだし、目元も同じだ。本人であるのは間違いない。

 きっと、今日の姿が、普段の聖女なのかもしれない。


「改めまして、先週はありがとうございました」


 フレデリックが辺境伯家は星見の神殿に多額のお布施するつもりだと話すと、聖女は笑う。


「ご冗談でしょ? 私は星見の聖女ですけど?」

「いえ……冗談では……」

「お金が欲しければ、自分でいくらでも稼げるし?」


 そういって、聖女は一枚の名刺大の紙を机の上に置く。

 それは魔法で偽造ができないよう加工されている一種の魔導具だ。


「これは?」

「あら、男爵閣下はご存じない? 勝竜投票券よ」

「いえ、それは知ってはいますが……」


 フィリップもそれは知っている。

 この国には、競竜という競馬のように、どの竜が最も速く走るかに賭ける娯楽があるのだ。


「これは明日の競竜の竜券ですよね?」


 それも五重勝単勝式勝竜投票券だ。


 つまり、五つのレースの勝竜を全て当てなければならない。

 当てるのは極めて難しく、いつも倍率は高くなり的中者が出ないことも珍しくない。


「そうよ? 星見の神の力を使えば、どの竜が勝つか当てるなど造作もない」


 そういって、聖女は楽しそうに笑う。


「あ、そうだ。儲けさせてあげる。これ買ってよ。一千万ゴールドでいいわ」


 その竜券は百ゴールド分だ。つまり聖女は十万倍の値段で買えといっているのだ。

 恐らく聖女は適当なことを言っているとフィリップとフレデリックは考えた。


 なぜなら、何を占うかは星見の神が決めることだからだ。

 神が競竜の勝竜を占うとは思えなかった。


 そのとき、ちょうど執事がお茶が運んできた。


「ありがと」

 お礼をいって、聖女はお茶をゴクリと飲む。


「やっぱり辺境伯家のお茶はおいしいわね。その竜券の儲けは魔導具開発にでも使ってよ」


 聖女は極めて上機嫌だった。


「……買わせていただきましょう。一千万ゴールドを持ってきなさい」


 フレデリックは頷いて、執事に指示した。


 外れて紙くずになるだろう。だが何も問題ない。

 もともと、辺境伯家はもっと多額のお布施をするつもりだったのだ。


 外れ竜券を高額で買うのは、形態をかえたお布施みたいなものである。


「それ明日には二千万ゴールドにはなるから」


 そういって、聖女は笑う。


「それでお礼なのだけど。ノエルちゃんに神殿に来てほしいの」

「それは……」

「もちろん、ノエルちゃんが帰還してからよ? すぐには無理でしょうけど、そう遠くないわ」


 その星見の聖女の言葉は、フレデリックとフィリップを喜ばせた。

 生存だけでなく帰還まで預言してくれたのだ。


「ありがとうございます。ですが……我が子を……神殿に入れるのは」


 神殿に入るというのは世俗を捨てると言うことだ。


「あー、違う違う。神殿に入るんじゃなくて、遊びに来てってこと」

「……それだけで、いいのですか?」

「うん。うちの神がね。そう希望しているからね?」


 つまり、聖女の要求は竜券代が名目の千万ゴールドと、帰還後のノエルの神殿への訪問だけ。


「あの、聖女様。どうして星見の神様が、我が子を?」

「それはわかんない。でも神にとって特別な子なんでしょ?」


 聖女は「わざわざ、私に占わせたぐらいだしね?」といって笑った。


「さて、奥方様は?」

「申し訳ありません。本来であれば、妻もともにお礼を――」

「違う違う。今も大賢者様と一緒に研究してるんでしょう?」


 聖女には明かしていないことだったので、フレデリックとフィリップは一瞬驚いた。

 だが、星見の聖女なのだから、知っていてもおかしくないと思い直す。


「助言できるかもしれないし? ちょっと研究室に案内して」

「あ、ありがとうございます。こちらです」


 案内するフィリップに聖女は楽しそうに言う。


「どうして、もっと早く占ってくれなかったのか? って思う?」

「いえ、神のみぞ知ることでございますから……」

「そうね。でも本当は神も知らないことが多いの。全知全能じゃないからね」


 聖女が発言したので無ければ、不信心となじられそうな言葉だ。


「ノエルちゃんが……重要だとうちの神が気づいたのは、多分最近」

「重要とはどのような意味で、でしょうか?」

「それこそ神のみぞ知る、ね。もしかしたら最近重要になった、のかもしれないけど」

「最近……でございますか?」

「もしかしたら……あの若木が……いえ聖女の立場で推測を口にするのは良くないわね」


 聖女は「推測でも真実だとうけとられてしまうもの」と言って微笑んだ。


 研究室の前に到着して、フィリップが扉をノックすると、

「おじゃましまーす」

 聖女は、返事を待たずに扉を開ける。


「おお? 星見の聖女ではないか。どうした。このようなところに」

「お久しぶりね。お義母様」

「誰が義母だ。お前を娘と認めた覚えなどないわ!」


 義母と呼ばれた大賢者が不機嫌そうに言うが、


「あら? お義母様の愛息のためにこんなに尽くしている娘にそんなこと言っていいの?」

「黙らぬか」

「護符を頑張って作ってあげたのに……。もう、いらなくなったのかしら?」

「……それは感謝しているし、……作ってもらわなくては困る」


 どうやら大賢者は星見の聖女に弱いらしい。


「仲良くしましょ。お義母様。そして、一週間ぶり男爵夫人。……見違えたわね」


 カトリーヌが先週とは比べものにならないぐらい美しくなっていた。


 やつれていた頬は健康的な丸みを帯び、隈が消え、頬に赤みが差している。

 荒れきっていた肌はきめ細かくなり、痛んでいた髪は輝いていた。


 たった一週間でここまで回復するのかと聖女が驚いているほどだ。


「ありがとうございます」


 そういってカトリーヌは微笑む。

 占いでノエルの生存を知り、眠れるようになり、食欲も戻った。


 そのおかげでカトリーヌは急速に回復したのだ。


「元気そうで良かった。占った甲斐があるというものよ。……例の魔導具はこれね」


 そういって、聖女は開発中の魔導具をじっとみる。


「このままだと魔導具は完成しないから、手伝えって。うちの神が」

「あ、ありがとうございます。聖女様」


 カトリーヌは感動した様子で喜んだが、大賢者は不快そうに顔をしかめた。

 だが、涙を流しかねないほどに嬉しそうにしているカトリーヌを見てふぅと息を吐く。


「……仕方あるまい。苦戦していたのは事実」 


 大賢者としては、神の助けを借りずに開発を成功させたかったのだろう。


「でも手伝うのは今日からじゃないけどね? 昨日だいぶ、聖女の力を使ったから」


 聖女は「勝竜を占うのも大変なのよ」と呟きながら、研究室にある仮眠用のベッドに横になる。


「それに開発の雰囲気を知った方が、占いの精度が上がるから……」


 そういいながら、聖女は目を瞑る。


「夢占いってのもあるし……」


 言い訳するようにそう呟きながら、聖女は眠りについた。



 聖女が開発に参加するようになったのは、更に次の日のことだった。

 そのおかげで、開発のペースは格段に上がった。


 助言は技術的なものではない。

 占いの対象は必要なレア素材が何でどこにあるか、必要な文献がどこにあるかなどだった。


 ちなみに竜券は当たった。しかもオッズは五百万倍を越えていた。

 百ゴールドの五百万倍越え。つまり辺境伯家は五億ゴールド以上のお金を手に入れたのだった。


 フレデリックやフィリップが考えるよりも、星見の神は聖女が大好きで甘かった。

 だから、聖女にお願いされたら、勝竜ぐらい教えてくれるのだ。

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