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第20話 探索魔導具の開発

  ◇◇◇◇


 ノエルが誘拐されてから五年が経った真夜中のこと。

 辺境伯家の屋敷、その離れに作られた研究室にはまだ灯りがともっていた。


「……いきます」

 ノエルの母カトリーヌが緊張した面持ちで、できたばかりの魔導具を掴んだ。


「ああ」

 大賢者も真剣な面持ちでカトリーヌの手の中の魔導具をじっと見つめている。


 カトリーヌが魔導具を操作した。

 カトリーヌと大賢者しかいない静かな研究室に魔導具のリーンという動作音だけが響く。


「でました。座標の数値は――」


 カトリーヌが魔導具に表示された数値を読みあげる。


「うむ。フランツの位置を正確に示しているな」

「はい。ですが、フランツは直ぐ近くにいますから。ここまでは当然です」


 ノエルの兄フランツは離れの隣にある辺境伯家の屋敷にいる。


「課題は有効範囲をどれだけ伸ばせたか。ですから」


 カトリーヌが依然として緊張した様子で言う。


 カトリーヌと大賢者が製作したのは、指定した魔力回路の持ち主を探す魔導具だ。

 魔力回路は血縁に大きく左右される。

 それゆえ、理論上、血縁者の魔力回路がわかれば、不在の人物を探し出すこともできるのだ。


「よし、次はフレデリックだ」

「はい」


 ノエルの祖父である辺境伯フレデリックは現在、外交のために隣国の王都にいる。

 辺境伯家の屋敷から隣国王都までの距離は、辺境伯家から腐界までの距離と同じぐらいだ。


 フレデリックの位置を正確に割り出すことができれば、理論上ノエルの位置も特定できる。


「……いきます」


 カトリーヌが操作すると、魔導具がフレデリックの位置を探りはじめる。

 静かな研究室にリーンという動作音だけが、何度も響く。


 フレデリックの位置を探り始めて三十分後。


「でました! 座標の数値は――」


 カトリーヌが数値を読み上げると、大賢者は「ふううぅ」っと大きく息を吐いた。


「成功だ。的確に隣国の王都を指し示しておる」

「やりましたね、お師様」


 最近では、カトリーヌは大賢者のことをお師様と呼ぶようになっていた。

 共同で開発しているといっても、大賢者の方が知識量も経験も豊富だ。


 それゆえ、カトリーヌは大賢者を師として仰ぐようになったのだ。


「成功が確定するまで私を師と呼ぶなといっているであろう。……いよいよ、次はノエルだ」


 大賢者の言葉に、喜んでいたカトリーヌに緊張が戻る。


「最大の課題である有効範囲はクリアした。だが、ノエルの魔力回路は推定に過ぎぬ」

「はい。わかっています」


 フランツもフレデリックも、当人に頼んで魔力回路の情報を調べることができた。

 だが、遠くにいるノエルの魔力回路は調べられない。


「どれほど正確に推定できているか……。やってみるまでわからぬ」

「はい。……いきます」


 研究室に鈴の音のような動作音だけが響く。

 フレデリックの位置を探った時よりも、時間がかかっていた。


 三十分が過ぎ、一時間が過ぎても音だけが鳴り続ける。


「でました……座標は……」

 大賢者も同時にのぞき込んだ。


「…………指し示しているのは死の山の、それも相当な奥地だな」


 魔導具の示した座標はこれまでノエルがいると言われていた付近だ。

 魔導具は正しく作動した。


「やりました! ついに、ついにやりました! お師様! ありがとうございます!」


 興奮し大喜びするカトリーヌに対して、大賢者は冷静だ。


「……問題はどうやってここまで行くかだ」


 位置を割り出せた今、最大の課題は、実際に死の山に向かう救出部隊の選定だ。


 腐界は非常に危険な場所だ。

 その中でも死の山は特に危険とされている場所なのだ。


 王都で一流の精鋭冒険者を十数人集める程度では太刀打ちできない。

 英雄クラスの精鋭が必要だ。


「どれだけ危険でも、私は行きます」

「まあ、待て。私に心当たりがある。恐らく腐界でも問題ないであろう奴がな」

「あ、お師様が行ってくださるのですか?」


 史上最強の魔導師である大賢者ならば、問題ないようにカトリーヌには思えた。


「いや、私は行かぬ。というより行けぬのだ」


 なぜ行けないのか、尋ねて良いものかカトリーヌは迷って、じっと大賢者を見る。

 カトリーヌの視線を受けて、しばらく黙っていた大賢者は諦めて語り出した。


「……遙か昔にかけられた呪いのせいだよ。私が近づくと魔物どもが活性化する」

「そんなことが」

「ああ、昔、それこそ千年以上前の話だ」


 千年前、大賢者は同胞と共に、腐界を拡大しようとする邪神側の勢力と激しく争っていた。

 戦いは有利に進んでいたが、敵の聖女に呪いをかけられたのだ。


「敵の聖女十数人が、自らと数万の魔物の命を捧げた呪いでな」


 大賢者が腐界に近づくと、魔物が一気に活性化し、力を増し暴走するという。


「そうでなければ、私は今も腐界で魔物と戦っていただろうよ」


 大賢者はさみしそうにそういった。


「そんなことが……」

「ま、それはよい。救出を頼む人物だが、誰でもいいわけではない」

「強くなくては生き残れませんものね」

「強さだけではないぞ? 強大な魔力も必要だ」


 魔力が強ければ強いほど、一般的に瘴気への耐性が高いのだ。

 それゆえ、腐界の中に入れるものは必然的に魔導師になる。


「強さだけならお前の夫フィリップはなかなかだが、腐界には対応できまい」


 ノエルの父フィリップは剣聖として名高い。当代一の剣士だ。

 魔物の討伐でも名をあげている。だが、腐界に入るには魔力が心許ない。


「一方、星見の聖女は神の加護があるゆえ瘴気には強い。だが戦闘力が足りない」


 瘴気に強くとも、戦闘力が低ければ、魔物に直ぐにやられてしまうだろう。


「では、一体どなたが……」

「……お前の兄弟子だ」

「お師様の弟子というと……陛下?」


 大賢者は歴代の王の師でもある。

 そして、カトリーヌは、王以外に大賢者が弟子を取ったと聞いたことがなかった。


「あやつには無理だ。魔力もしょぼければ、魔法の才能もない。もう一人、私には弟子がいるのだ」

「……それは存じませんでした」

「私の秘蔵っ子だよ。私の息子でもある」


 それを聞いて、カトリーヌは星見の聖女が大賢者をお義母さまと呼んでいたことを思い出した。

 きっと星見の聖女の夫なのだろう。


「息子ではあるが、あやつは私が大賢者ということも知らないからな」

「あの、兄弟子は、どのような方なのですか?」

「近いうちに私を越えるであろう魔導師だよ。……私がそう言ったとは、けして言うでないぞ?」


 そう言って、大賢者はにやりと笑った。


  ◇◇◇◇

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