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第63話 杞憂 ~王太子Side~


 公爵領から帰ってからの日々は目まぐるしく、少しでもオリビアの元に通いたかったのだが、全くそんな時間はなくなってしまった。



 ニコライは溜まっていた仕事をこれでもかというくらい山積みにしていくし、司教と司祭の刑を決める為の議会にも出席せねばならず、朝から晩まで王宮に缶詰め状態…………


 議会での議論も毎回平行線だった。


 王族派と貴族派で教会に対する忖度の仕方がまるで違う為、法に則って厳しく処罰するべきという王族派と、教会の者を厳しく処分すれば民意を蔑ろにしてしまう為減刑を求める貴族派と、真っ2つに分かれていた。



 そこへ母上が教会側について話をし始めるので、更にややこしい事になる。



 父上はもちろん法に則った処分を求めているが…………建国祭が近い事もあって、民が暴動を起こす可能性を挙げられると、消極的になる王族派も出てくるようになった。


 時期が悪かったとしか言いようがないな。何のための法なのか――――



 議会が終わり、ニコライの待つ執務室に戻る途中、母上に呼び止められる。




 「久しぶりだな、王太子よ」


 「…………母上、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


 「…………ふん、元気そうに見えるか?余計な問題を起こしおって、頭が痛いわ」



 教会の件を私とオリビアで暴いた事で相当イライラさせているようだな。私には知った事ではないが。



 「教会の件が母上にとって頭が痛い案件というのは、どういう事でしょう。それとも子供たちを母上の母国に売り払っていた事が頭痛の種なのでしょうか?」


 「……………………言うようになったではないか。言っておくが私の母国が関わっていたのは偶然に過ぎない。もっとも信じようと信じまいと、私が関わっていた証拠など、どれだけ探っても出てこないだろうが」


 「私が母上を疑うなどと……疑われるような事をしているのなら別ですが」



 優雅に扇を広げながら、自信たっぷりにこちらを見据えて話してくる。元から母上の母国に売っている事に母上が関わっているとは思ってはいないのだが…………正直この件に関わっても何のメリットもないからな。まぁこちらも疑っている風に見せておいた方が、母上も少しは動きにくくはなるだろう。



 「まぁいい。それにしても……あれだけオリビアの事を下品な女だと注意しておいたというのに、近頃は随分仲良くしているようではないか」


 「…………それについても母上には関係ないお話かと。それにオリビアは下品な女ではない。母上と言えども口を慎んでもらいたい」


 「なっ……!」



 「ふっ……あなたの周りにいる令嬢の方がよほど下品だと思いますがね。いったい何人の令嬢にオリビアの悪い噂を流したのです?」


 「………………っ」



 図星を指されて扇を握りしめ、怒り狂っているな。これ以上刺激したら発狂しそうな勢いだ、面倒だからそろそろ執務室にもどるか――――



 「噂というのは時には凶器にもなります。母上自身に牙を向けないか心配しているだけですよ。お気を付けください………………それでは失礼いたします」


 「ふんっそなたも重々気を付けるがよい……!」




 扇を私の方に向けながら捨て台詞を吐いて去って行った…………ようやく去ったか。今まで私にオリビアの事を悪く言い、彼女の悪い噂を流していたのも母上で確定だな。


 大方それをお茶会で聞いた周りの令嬢がもっと話を誇張して、噂はどんどん広がっていったのだろう…………その噂を受けて嫌な態度を取っていた私も……同罪だな。



 オリビアは私の事を悪く言う母上とお茶会をしながらも、ずっと私のそばに居続けてくれていたというのに――――




 領地に行って、彼女は自由に動き始めた。貴族の令嬢らしからぬ行動だが、信念があって自由な彼女から目が離せない。



 母上は下品だと言うがむしろ逆で、私が見て来たオリビアは、美しさと上品さを持ちながら自由に羽ばたいている姿は、より一層の輝きを放って見える。



 そんな事を鬱々と考えながら執務室に着くと、ニコライが山ほどの仕事を置いて待っていた。



 「議会では議論が進みましたか?」


 「…………相変わらずだ。だがそろそろ決めなければ建国祭の準備に差し障る、丁度いい折り合いの付け所を探っている感じだな」


 「まったく…………あれほどの重罪を働いたにも関わらず、きちんと裁けないとは……貴族派の方々にも困ったものです…………」


 「お前にも手伝ってもらったのにすまないな……」


 「…………私をすまないと思うなら、この仕事量を何とかしてもらえませんかね?」



 マズイな…………ニコライから黒いオーラを感じる………………早く片付けてしまわなくては。母上とやり取りをして、書類に追われていた日から5日後、オリビアが母上とお茶会をしていた事実をニコライから聞く事になる。




 「何でもっと早く言わないなんだ!」


 「早く言っていたら、すっ飛んで行ってしまうでしょう?その様子だとやっぱり言わなくて正解ですね。公爵閣下の話だと、オリビア様は全然大丈夫だったようですよ」


 「…………そういう問題ではないっ」



 ニコライの危惧は当たっているのだろうな…………こうして仕事をすっ飛ばして、オリビアの元に走ってしまうのだから。私が心配しているのは、もちろんお茶の件もあるが、母上は人の精神に入り込んで攻撃してくるところがあるから…………



 彼女が傷ついていなければいいが――――





 ~・~・~・~





 公爵邸に着いてみると、私の心配は全くの杞憂だった事が分かる…………エントランスに入ると、二階からオリビアが下りてきて元気そうに私に挨拶してくれた。




 「ヴィル!お久しぶりですわね。こんな夜に何か急用でもありましたの?お父様に用でも?」



 彼女の声はとても張りがあって元気そのものといった感じで、耳に心地よいその声は私の心配を一瞬で吹き飛ばしてくれた。




 「やあ、オリビア。遅い時間に来てすまない。公爵ではなく、君に会いにきたんだ……元気そうで何よりだよ」


 「私に?」



 オリビアは自分に何の用があるのだろう、とキョトンとしている。その顔が可愛すぎて、とても動揺している自分がいた。


 本来なら特に用がなくても会いに来たいし、時間が許すならこのまま泊まっていきたいくらいなのだが…………公爵もいるし、それは無理だろうなと自重する。



 階段から下りてくる所作も完璧で美しいし、私は見惚れながらも何とか彼女の手を取り、挨拶をした。



 「君が母上のお茶会に出席したというのを今日聞いたんだ。色々と忙しくしていた私の事を考えて、ニコライが言わなかったらしくて……何事もなかったか?母上が何か…………」


 「大丈夫ですわ、心配症ね。それよりもここで立ち話も体が冷えてしまうし、応接間に移動しましょう」



 私の心配を心配症だと一蹴して応接間に案内してくれる。ここまであっさり一蹴されると、いっそ清々しいな。彼女のこういうところに私の暗くなりそうな心は度々救われたりするのだった。



 応接間に移動してからも母上の話が出たが、私の心配をよそに堂々と亘り合ってくれたみたいで、内心感動すらしていた。熱で寝込む前の彼女ならここまで出来ただろうか……あの日から何かが彼女の中で変化したのではないかと、私は考えている。


 そして私もそんな彼女の姿を見る度に自分も変わらなくては、と思わせてくれる。



 母上の顔真似をしているオリビアも最高だったな……自分の親をここまで客観的に見た事がなかったので、とても新鮮に感じる。


 今までは”母”という言葉を口にするのも重々しい気持ちになっていたので、新たな物事の見方を見つけたような気持ちだ。




 彼女の真っすぐさがそうさせてくれているのだろう…………くれぐれも母上のせいで、オリビアの真っ直ぐな心根が曇る事のないように全力で守っていかなければと、胸に誓ったのだった。





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