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第69話 アングレア伯爵邸へ


 あの後イザベルには、剣術指南の話とヴィルと一緒に行くという事を手紙に書いて送った。


 王太子殿下が来るという事で迷惑をかけなければいいけど……気を遣わせてしまうかしら。なるべくこちらはラフな感じで気負わせないような装いの方がいいわね。



 動きやすい服装にしよう。



 結局イザベルの屋敷に向かうのは5日後になった。向こうも準備とか色々あるのかもしれない。私はそれまでにウォーキングをしたり、少しジョギングをしたり、体力をつける事にした。


 前世での私は日々動き回っていたし、子供を抱っこしたりもしていたので本当に体力お化けみたいなところがあったのだけど、今の私は……休日もほとんど座っていたり、ゆっくりしてばかりいる。


 正直若いからいいけど、年齢を重ねる度に太っていく未来しか想像出来ないのよね……1日動いたら次の日再起不能とか、若いのに体力が無さすぎるわ。




 健全な精神は健全な肉体に宿ると言うし、今日から少しづつ体力をつけていこう。そうしよう。




 そうして走り出したはいいけど――――



 「思った以上にしんどいわね……貴族の女性ってこんなに体力がないものなの?」



 呼吸も荒く、息も絶え絶えの私を見ながらマリーが心配してお水を持ってきてくれる。



 「お嬢様、いきなりされては体に負担がかかってしまいます。少し体をほぐしましょう!」



 マリーが私にマッサージをしてくれたり、ストレッチと思われる事を手伝ってくれて、体がかなり楽になった。前世だったら優秀なマッサージ師になれていたに違いないわ。



 「マリー、ありがとう。ついつい気持ちばかり焦っちゃって……」


 「……私にはお嬢様が何を抱えてらっしゃるのかは分かりませんが、皆お嬢様の味方ですので気負い過ぎないでくださいね!」


 「マリー……」



 あぁ……マリーの言葉で、私がこんなに必死になって教会の悪事を止めたいのは、この人達を守りたいからだったと改めて再認識する。どうしても小説の内容に補正されているような気がして、焦りが出てしまっていた。



 昨日お父様のお話を聞いていて、この世界はどうしても公爵家が邪魔になるように動いていっている感じがする。



 私は今の家族が大好きだ……新しく出来た友達も領地の皆も先日お話した街にいる沢山の民も子供たちも皆……誰かを不幸にしないと成り立たない世界にはしたくない。


 甘ったれた考えなのかもしれないし、そんな世界はないのかもしれないけど、皆で幸せになれる世界を目指したいんだった。



 その為には自分に出来る事を考えて、日々頑張らなくては。




 コツコツとトレーニングを続けた結果、5キロくらいはゆっくり走れるようになっていた。


 かなりの進歩ね!やっぱり継続は力なり、よ。



 これを機にトレーニングを日課に入れようかしら……何かに目覚めてしまったような気がする。


 そんな事をしているとあっという間にイザベルの屋敷に行く日がやってきた。




 ~・~・~・~




 朝早くに我が公爵邸に煌びやかな馬車が到着した。屋敷の皆が、あまりの派手さにざわざわしている。どこからどう見ても王族が乗る馬車で、誰が乗っているかは一目瞭然ね。


 それにしても……



 「やぁ、おはようオリビア。迎えに来たよ」


 「ヴィル……一言いいかしら………………この馬車には乗っていかないわよ」


 「?なぜだ?素晴らしい馬車だろう。君を乗せて行くんだ、このくらいでなければ……」


 「ええ、素晴らしい馬車だわ、それは認めます。でも、伯爵邸に行って鍛えてもらうだけなのに、こんな馬車に乗って行く必要があって?」



 私は負のオーラを纏い、鬼の形相で詰め寄る。恥ずかしい、とても恥ずかしいわ。


 どこぞの貴族の結婚式に使うような馬車じゃない……私はヴィルと一緒に行くと言った事を激しく後悔し始めた。




 それでも諦めてくれないので「このような馬車で毎回来るなら、一緒に行くのを止める」と言うと、さすがのヴィルも私の本気に押されて渋々諦めてくれた。



 良かった~~こんなキラキラした馬車に乗るのはさすがに恥ずかし過ぎて、絶対無理よ。


 イザベルだって引くに決まっているわ。



 結局公爵家のお出かけなどに使う、割とシンプルな馬車に2人で乗っていく事になったのだった。



 ~・~・~・~



 伯爵邸は公爵邸からは30分ほどで着く距離だった。このくらいの距離なら通うのも楽ね。



 行きの馬車ではヴィルがとても不服そうで「君と出かけるから張り切ったのに」とブツブツ言っている。


 頑張ってくれたのは嬉しいけど、あの馬車は無理よ。


 喜ぶ女性がいるのかしら……また今度乗りましょうねって言葉すら出てこないくらい引いてしまったわよ。



 そんなやり取りをしていると、伯爵邸が見えてくる。整備された街道から、少し小高い丘の上に建てられたお屋敷で、屋敷を囲む塀も高くて頑丈そうだった。


 騎士の血筋なだけあって、屋敷まで戦用っぽい感じで特徴的だわ――――



 門の前に馬車が停まると、ヴィルが先に出て私の手を取ってエスコートしてくれる。


 こういうところはさすがに王太子殿下ね、所作がスマートで美しい。




 私たちが馬車から下りて来るや否や、伯爵家の方々が揃って出迎えてくれた。その姿に圧倒されてしまう。



 「「ようこそおいでくださいました」」



 とてつもなく声が揃っている……皆騎士のような服を纏っているので、騎士団に挨拶されたかのような威圧感というか、全てが揃っていて素晴らしくて感動してしまった。非常にカッコいい。



 「王太子殿下、クラレンス公爵令嬢、はるばる我が伯爵邸まで足を運んでくださり、感謝致します」



 挨拶に来てくださったのは、まさかのアングレア伯爵閣下その人で、私は驚いて固まってしまう。今日はイザベルと気ままに剣術指南でも~という軽い気持ちだったのに閣下まで巻き込んでしまったのかしら。


 伯爵閣下は短い髪を立てていて、サンドベージュの明るい砂っぽい髪色が爽やかさを際立たせている。体格はいかにも凄腕そうだけど朗らかで、とても好感の持てるお方だった。



 お父様と仲が良いというだけで良いイメージしかないのだけど。



 隣には夫人が佇んでいて、何もかもがイザベルにそっくり!髪色も同じだし、イザベルは母親似なのね。


 夫人は表情があまり動かないので、そんなところもイザベルは母親似だったのねと和やかな気持ちになった。



 「アングレア伯爵に夫人まで、わざわざすまないな。今日は世話になる」


 「はっ、陛下や公爵閣下からも伺っております」


 「父上から?」



 伯爵から陛下の名前が出てきてヴィルが驚いている。私はお父様に話しているから伯爵に話がいっているのは分かるんだけど、陛下はお父様から聞いたのかしら?



 「はい、陛下は常に殿下の事を気にかけております。今日もくれぐれもよろしくと仰せつかっております」



 伯爵はニコニコしながらヴィルに伝えていて、当の本人は照れなのか目が泳いでいた。ふふっ親にとってはいくつになっても子供は子供なのよね。



 「良かったわね、ヴィル」


 「……良くはない」



 こっそり耳打ちして照れない照れないとからかうと、更に耳まで真っ赤になってしまった。伯爵はそんな私たちを見てニコニコしながら応接間まで案内してくれたのだった。




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