幸せな夢を見て、目覚めも快適だった翌日、突然のニュースに王都は騒然となる。
明け方、教会に聖女が降臨したのだ。
お父様は慌てて王宮に飛んで行って、夜になっても戻って来ない。
当然よね……きっと聖女様の対応について協議しているに違いない。公爵邸でも話題になるくらいだもの……。
この時期に召喚されるなんて、小説の中身とは時系列が全く変わってしまったのね。そもそも私が転生して、領地であれこれした事も影響を与えているのだろうし、仕方のない事なのかもしれない。
本来ならヴィルの卒業記念パーティーが終わってから現れるはずだった聖女様。この時期に現れたという事は卒業記念パーティーにも参加するのだろうし、パートナーはヴィルになるのかしら……そうなっていくのよね。
この小説ではそういう設定だし、王妃殿下も彼と聖女様をくっつけたかったくらいですもの。
結局お父様はその日は帰って来なくて、2日ほど王宮に泊まり込んで対応に追われていたらしい。
お父様とまともに話せたのは聖女様が召喚されて4日目の夕食だった。
「バタバタしてしまってすまないね、オリビア。君の耳にも聖女が召喚された事はもちろん届いているだろう?」
「ええ、公爵邸でもその話題でもちきりでしたわ。お父様は聖女様にお会い出来たの?」
「ああ、召喚されたその日に大司教が嬉々として陛下の御前に連れてきたからね。私もその場にいて、しっかり見てきたよ」
「どんな方なの?」
小説では長い黒髪の小柄な少女なのよね。儚くて守ってあげたくなるような…………まさに聖女様といった感じで。
「多分オリビアと同じくらいの年齢なんじゃないかな~陛下と同じ黒くて真っすぐの長い髪で、元気な少女だったよ」
「え、げ、元気?本当に?」
「うん、自分がなぜここにいるのか分からないみたいで、家に帰してほしいと陛下に頼んでいたな」
それって…………もしかして、別の世界から召喚されたって事?本来卒業記念パーティー後に現れるはずだった聖女様を無理に召喚したから?
「あんまり帰りたいって言うものだから、ひとまず仮の住まいに王宮に住んでもらう事になったんだ。教会はあまり女性がいないし、王宮なら同じ年ごろの女性もいて世話をしてくれる人も沢山いるからね」
「では形としては王家が保護するって事になった、という事ですか?」
「まぁそうなるね。聖女としての力の使い方を学ぶ必要があるから、1日おきに教会に通う事が条件で決まったんだよ。王宮にいる間は殿下が何かと面倒を見る事になっているんだ」
「ヴィルが?それは……忙しくなりそう、ですわね」
私は自然と視線がテーブルに沈んでしまう。やっぱりこの世界は彼と聖女様の世界なのかもしれない。
当初の予定通り、聖女様のルートに戻すべきなんだろうか……どうしてそこで迷いが生じているんだろう。この世界に転生した時は喜んで聖女様と結ばれてくださいって思っていた。
もし彼と聖女様が結ばれるとして、その後の公爵家の行方が不安だから?
マリーやソフィア、お父様や領地の皆、イザベル達…………そして自分の人生すらも失うのが怖いから?
そうね、そうかもしれない。小説の通りに補正されつつある現実に、漠然とした不安が私の胸に渦巻いているのかも――――――
「しばらくは王宮と教会の往復だろうけど、慣れてきたら地方行脚で聖女としての力を使ってもらいたいと思っているから、それにも殿下は同行なさる事になるんじゃないかな」
「王家で保護している、という面目を保つ為にも王族が同行するのが大事ですものね。そうなりますわね」
私は夕食を済ませて自室に戻ると、机に飾ってあるオルゴールのような置物を眺める。
なんだかヴィルが遠い世界に行ってしまうかのような感じがしたわね。
置物から流れる音楽が沁みてくる。建国祭は楽しかったな。こんな日々が続けばいいのにって思ってしまっていた。どう頑張っても私はこの世界から排除されてしまうのかしら…………聖女様とヴィルが一緒にいるところを頭に思い浮かべて、胃の辺りが重くなる。
ダメね、こういう時は大人しく寝よう。
考えても仕方ない事は寝て忘れるに限る。そう思ってその日は寝て終わらせた。
しかし事態はそんなに単純なものではなく、私の不安が的中するかのようにヴィルは公爵邸にぱったりと来なくなり、聖女様が召喚されてあっという間に1か月半が経った。
建国祭から全く音沙汰がなくなり、私は自分の不安を紛らわす為にほとんどの日々をイザベルの家で過ごしていた。
一人でいても色々考えてしまうし、イザベルといると心が落ち着くのよね。
そしてすっかり伯爵邸でお世話になっていたので、リチャードとも仲良くなっていた。名前を呼び捨てに出来るほどに。
「イザベル、リチャード、見て!すっかり乗りこなせるようになったわ!」
「凄いです、オリビア様!」
「すっかり馬とも阿吽の呼吸になりましたね!これなら遠乗りにも行けますよ」
イザベルが褒めてくれて、リチャードが遠乗りに行けるとまで言ってくれるくらいに私の乗馬の腕は上がっていた。毎日通って練習していたものね、日々の練習って大事。
「遠乗りかぁ……皆で行ってみない?天気もいいし!」
「いいですね!私と兄上がいれば護衛はいらないでしょうし、遠乗りに行きましょう」
「分かりました、すぐに準備します!」
そう言って私の我が儘に付き合ってくれるアングレア兄妹は本当にいい人達で、すっかり私は助けられていた。
「ここも丘なんですけど、ここから少し離れたところにも王都を見渡せるリュージュの丘があります。そこまで馬を駆って行きましょう。私とイザベルでオリビア様を挟むようについて行きますので」
「ありがとう、よろしくお願いします」
そうして準備が整うと、私たちはさっそく遠乗りに出かけたのだった。