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第2話 あの世

 雨宮は真っ白な空間で漂っていた。宙に浮いているような、ベッドで横になっているような、そんな感覚だ。


「……なんだここ? いつからここにいるんだ……?」


 雨宮は直前の記憶を思い出そうとする。


(確か……、今日出された実験実習のレポートを終わらせるために図書館に行って……。それで……、参考文献になりそうな本を本棚から探していった……。ここまでは覚えてる。その後は? 本を引っ張り出そうとして……、その時変な音がした……気がする……)


 その時、雨宮の記憶が朧げに蘇る。

 地震対策に講じられた転倒防止用のつっかえ棒が不運にも外れており、ぎっちぎちに詰まった本の中から1冊を無理やり引っ張り出したことで、大量の本を収納した棚は雨宮の方へと倒れた。


「そうか、俺は本棚の下敷きになって……、死んだ」


 不運と不幸が重なったことによる事故。よくある話だろう。


「死んだかぁ……。なんか、あっけない最後だったな……」


 何か走馬灯のようなものが出現するかと思っていたが、そうではなかった。ずいぶんとあっさりとした最後である。


「それで、ここは死後の世界か、もしくはあの世ってわけ? ずいぶんと殺風景な場所だな」

『殺風景とは失礼だな。まぁ事実だから仕方ないだろう』


 雨宮の後ろから声が響く。雨宮が後ろをみようとすると、すいっと体が回転する。そして雨宮の目の前には、男性の老人が一人立って(宙に浮いて?)いた。深緑色のローブを纏い、薄くなった白髪と長くて白い顎髭を蓄えていた。


「あなたは……?」

『しがないの老人だ。ただ、君に一つお願いがあって、こうしてこの場を用意した』

「お願い……?」

『あぁ。君はレオニダス・ホイターという人物を知っているかね?』

「あの数学者の?」


 雨宮は高校時代の数学の授業で聞いた話を思い出す。

 レオニダス・ホイターは、近世ヨーロッペで活躍した数学者である。近世から現代にかけて発展した魔法や科学、工学の理論を構築する際に、彼の発見した功績が大いに役立っているとかなんとか。そのため、現代においては数学界の巨人とも言われている。


「しかし、なんでそんな昔の人のことを?」

『そうだな。結論から述べれば、君がレオニダス・ホイターになってほしい』

「……は?」


 雨宮は思わず言葉が漏れる。


「いやいやいやいや……。俺は一介の大学生ですよ? しかもそんなに頭良くないし……。ていうか、それって近世ヨーロッペに転生しろってことですか?」

『そうだ。君は以前、過去の偉人が発見したことを自分の功績にして、一生楽に生活したいという願望を心の中で述べていたな?』

「うっ……」


 以前の実習終わりに考えていたことを、そのままお出しされてしまった。


『その気持ちは分からんでもない。しかし、大いなる功績には大いなる知識が伴う。ただの一般人が思いついたことは、偉人や先人たちが思いついていたことは覚えておかねばならないだろう』

「それは……、ごもっともです……」

『話を戻そう。君をレオニダス・ホイターに転生させる。ただし、ある条件を達成できれば、本棚が倒れる事故をなかったことにする』

「なかったことにする……? それってつまり、生き返ることが出来るということですか?」

『そうとも言える』

「……ちなみにその条件というのは?」

『レオニダス・ホイターが発見や解決した10個の物事、いわゆる十大発見を再現することだ』

「十大発見を再現する……?」


 どういうことなのか雨宮はいまいちピンと来ていないようだ。


『この十大発見がなければ、君がいたような世界にはならない。つまり、人類史がひっくり返るといっても過言ではないのだ』

「えー……? いやでも、俺ってどちらかというと馬鹿なほうですよ? そんな簡単に発見を再現することなんて出来ないと思うんですが……」

『だからこそ、やる必要がある。今ここで十大発見の概要を脳に刻んであげよう』

「いやだから……」


 老人は手を雨宮のほうに向けると、雨宮の視界が真っ暗になった。そしてその視界の中に様々な数式が飛び交い、やがて10個の単語が並ぶだろう。


『ホイターの和公式、円陣倍数定理、七角形陣問題、ホイターの流体方程式、ホイター定数、ホイター振動、ホイターの出力方程式、ホイターの漸化関数、ホイター積分、ホイターの定関数』


 これらが脳に焼き付くように記憶された。


「いっ……たぁ……」

『これらを再発見するのだ。そうすれば、君は元の生活に戻れる』


 そして老人は手を上げ、そのまま振り下げる。

 すると、雨宮の体は足のあった方向に向かって加速を始める。まるでこの瞬間に重力が発生したように。


「うわぁぁぁ!」

『軽い手助けはしてやろう。検討を祈る』


 そして雨宮の意識は途絶えたのだった。

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