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第3話 転生

 閉じている瞼に、強い光が降り注がれているのを感じる。

 瞼を開いてみると、そこは木材で出来た天井であった。


「ここは……」


 ふとこぼした声に違和感を感じる。自分の声ではない。そのことにちょっとだけ混乱した後、状況を把握した。


「そうか……。俺、レオニダス・ホイターに転生した、のか……?」


 ベッドから這い出て、部屋にあったガラスの窓で顔を確認する。そこには、今まで見たことのある雨宮根治の顔ではなく、西洋の男性っぽい顔立ちの男性がいた。


「これが、レオニダス・ホイター……?」


 その時、軽い頭痛が起きる。それにより、記憶の一部が蘇ってきたのだ。レオニダス・ホイターの人生の一部、断片的な記憶が、水滴のようにポツリポツリと思い出せるようになった。


(それでも完全とは言い切れない。肝心の数学的な部分は全然思い出せないし。でも生活の部分は思い出せる。少なくとも、自分がレオニダス・ホイターであることを他人に騙せるくらいは……)


 しかし、彼━━雨宮が憑依したホイターは同時にあることを思い出す。


(天才は馬鹿のフリが出来るが、馬鹿は天才のフリをすることが出来ない……)


 それは不可逆的な話で、天才はいろんな人間のフリが出来るように、様々な人々を観察をし想像する。故に馬鹿な人間の振る舞いも可能である。しかし馬鹿は、天才の思考や行動を想像することが出来ないため、結果として自分の馬鹿さを他人に打ち明かしてしまうことになるのだ。


「これは早めになんとかしないとな……」


 とりあえず、ホイターの真似をしてみる。


はレオニダス・ホイターです。今日は素数を見つける方法の一つである、『古代のふるい法』を紹介しようと思います」


 ホイターは理性的な性格で、丁寧なしゃべり方を心がけている。この方が同じ学者には通用しやすいのだ。


(とりあえず、心の中では雨宮根治として、しゃべる時にはレオニダス・ホイターを意識しないとな)


 その時、部屋の扉がノックされる。


「っ!? ……はい」


 雨宮は驚くものの、すぐに冷静さを取り戻す。そしてホイターの記憶の中から、部屋を訪れる可能性のある人物を探し出した。該当する人物が一人、ヒットする。


「レオ、おはよう」


 扉が開き、顔を出したのは同じくらいの歳の女性である。先ほど思い出した女性の顔と一致した。


「おはよう、イリナ」


 彼女はここ、モンクア帝国カラーニンブルグにあるカラーニン科学学院の学者寮の寮長の娘、イリナ・ザルビナである。彼女自身も学者であり、時折一緒に研究をしたりすることもある。


「いつもの時間に起きてこないから、心配して呼びに来ちゃった」

「申し訳ないね。ちょっと変な夢を見てしまって」

「変な夢?」

「そう。なんというか、ちょっと先の未来を見たような、そんな感じ」

「へぇ。いつも研究のことしか頭にないレオがそんな夢を……」


 そういってイリナは怪しげにホイターのことを見る。


(マズい、さすがに怪しまれたか……?)


 ちょっとだけ冷や汗が出てくる雨宮。

 しかしイリナはそんなに怪しまなかった。


「まぁ、いいわ。そういうこともあるよね。朝食、できてるよ」


 そういってイリナは部屋から出ていった。


「……ふぅ」


 なんとかなった。その安心感から、ホイターは短く息を吐いた。


(このままホイターの真似をしていると、いつの日かボロが出そうだ……。しかし、すでにホイターに転生してしまった。ならばこの嘘を、墓場まで持っていかなければ……!)


 そんなことを思いつつ、ホイターの記憶を頼りに寮の食堂まで移動する。

 食堂では、パンやスープの配給を待つ学者たちで一杯だ。


「よう、ホイター。今日の調子はどうだ?」

「あぁ、ニクソン。まぁまぁだよ」


 雨宮は反射的に返事を返す。すると、それに周囲の人々が大変驚いていた。


(え、なに!? なんかやらかした……!?)


 必死になって記憶の中を探るものの、何かヒントになるような記憶は見つからなかった。

 違和感の目を向けられながら、雨宮はパンとスープ、少々の野菜を貰って朝食を食べたのだった。

 そして部屋に戻り、机の上を見る。様々な研究をしていた痕跡があるだろう。


「これは……、魔法陣の研究か?」


 書かれている文字も、見たことないはずなのに読める。これも記憶が戻ってきた証拠だろう。

 その時、また部屋の扉がノックされる。またイリナが入ってきた。


「ねぇレオ。ちょっと話があるんだけど……」

「あぁ、うん」


 雨宮はイリナを部屋に入れる。

 するとイリナは真っすぐ机の上に向かい、置かれていた研究資料を見る。


「……昨日から研究の内容がさっぱり進んでない。レオ、今朝から何か変よ?」


 思わずイリナは雨宮に詰め寄る。そして雨宮の、いやホイター ・・・・の目をジッと見つめる。


「イ、イリナ……?」


 そしてイリナはボソッと呟く。


「瞳の色が違う……」


 その瞬間、雨宮は血の気が引く感覚を覚えた。

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