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第4話 事情

 雨宮は必死になって、言い訳の言葉を探す。


「……いやぁ? 何かの見間違いとかじゃないか?」

「絶対違う。私、レオの瞳の色がキレイだから良く見ているの。昨日まで翡翠色だったのに、今は深紅色をしているわ」

(そんなにはっきりと色が変わるものなのか……!?)


 雨宮の背中はじっとりとした冷や汗が流れる。名探偵のような観察力だ。

 そんな中で、雨宮は考える。


(このままレオニダス・ホイターとして貫き通すか? いや、研究とか難しい数学の話はさっぱり分からないから、時間が経つにつれて偽物である事がバレる……。ここは素直に別人であることを伝えるべき……。いやいやしかし、それを選んだとして、どう説明すればいいんだ……!?)


 グルグルと雨宮は考えを巡らせる。しかし、今まで正直に生きてきた雨宮にしてみれば、嘘を貫き通す自信はなかった。

 その間にも、イリナはジッと雨宮のことを睨んでいる。その視線を見ていると、次第に罪悪感がフツフツと沸き上がってくるのだった。

 雨宮は観念する。


「じ、実は……」

「実は?」

「イリナの言う通り、自分はレオニダス・ホイターじゃなくて、別の人間なんだ……」

「別の人間……。それにしては、瞳の色以外は全く変わっているようには見えないのだけど?」

「それは、中身が変わっている状態でね? 自分は新世界暦152年から来た極東の島国に住む未来人なんだ」

「未来人……」


 その話を聞いて、イリナは少しポカンとする。


「それ、信用していいの?」

「中身が入れ替わってる自分が言うのもなんだけど、信じてほしいとしか言えないんだよね……」

「そうね、今は信じるしかないわね……。でも、未来人である証拠はあるはずよ」


 そういってイリナは、ホイターから少し距離を取る。


「証拠はあるって……、どこに?」


 雨宮は聞き返す。


「これから起こることを教えてくれればいいわ。例えば、私の研究成果はどうなっているとか」

「それは……、ちょっと答えられないかな……」

「どうして?」

「未来では過去のことは勉強しても、過去の偉人を完璧に知ることはないんだ。今自分が入っているレオニダス・ホイターの発見した定理やら公式やらも、特殊な事情がなかったり学習している分野が違うと学ばないし……」

「そう……。じゃあ何かこれから起こる出来事は分かる?」


 イリナは質問する。


「そうだね……。今は新世界暦……、いや旧暦であるコラオル暦で言うと1710年だったっけ?」

「そうよ」

「1710年というと……、旧暦が1866年で切り替わっているから、ざっくり300年前か。となると、静電気を蓄えられるようになる頃だと思う」

「静電気を蓄えられる? 確かにそんな研究があるって聞いたことあるわ……。だけど私がそれを知ったのは一ヶ月前だし、レオが読んでいてもおかしくはないわね……」

「うーん、参ったなぁ……。関連事項だと、その静電気を蓄えられる原理みたいなのは勉強したっけな……」

「原理?」


 イリナが聞き返す。


「そう、静電気を蓄えられる瓶━━ライデン瓶は、自分がいた未来ではコンデンサという部品の一つになっているんだ。これは二つのアルミ箔に薄い隙間を設けることで、静電気を蓄えられるという現象を利用している。ライデン瓶はそれを意図せずして引き起こしていたんだ」

「そんな話、聞いたことない……」


 イリナはワナワナと肩を振るわせる。

 その様子を見た雨宮は、思わずハッとする。


(しまった……! 思わず未来のことを解説してしまった……! あまり教えすぎると、未来の人類史が書き変わる可能性がある……! 事は慎重に進めなければ……)


 その時、イリナがガシッとホイターの肩を掴む。


「その話、後で詳しく聞かせてちょうだい……!」

(え、なんかテンション上がってる……? こわ……)


 少しした後、イリナは落ち着きを取り戻した。


「とにかく、あなたはホイターであって、ホイターではないのね?」

「そんな感じだね」

「となると、今朝ニクソンに挨拶を返したのも合点がいくわ……。記憶とか計算能力とかはどうなの?」

「記憶を思い出せるところはあるけど、簡単な人とのやり取りはなかなか思い出せないな……。計算能力はやってみないと分からない部分がある……」

「そうね。それに、これを秘密にしていると今後の学者生活に支障をきたす恐れがあるわ」

「……イリナは信じてくれるんだね」

「何が?」

「私が、いやがホイターの体に入った未来人であることだよ。時代によっては、悪魔祓いとかされるかもしれないのに」

「それは今でも信じられないけどね……。でも、ホイターにはない知識を持っていることが確認出来たし、今はそれでいいわ。それに……」

「それに……?」

「……いえ、覚えてないのならいいわ。忘れてちょうだい」


 そういってイリナは部屋の扉に向かう。


「そしたら急いで出かける準備をしましょう」

「出かけるって、どこに?」

「決まっているじゃない。私たちの師匠であり同僚の研究者。ヌルベーイ先生のところよ」


 雨宮はホイターの記憶を探り、誰であったかを思い出す。

 そして一つ、雨宮の記憶と結びつく。


「ヌルベーイって、ヌルベーイの法則で有名なあの……!?」


 雨宮は急いで机の上の研究資料をまとめ、支度を整えて部屋を飛び出した。

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