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第2話 魔女はスパイを弟子にする②

 ヘクセンラント公国の東に位置する首都グラールスは、常に多くの人で賑わっている。二階建ての木組みの家が並び、石畳の道があちこちに伸びている。ローブを着た人々が歩き回り、彼らは杖を振って重い物を運んだり、料理を作ったりしていた。魔法が生活に密着しているのだ。

 グラールス中央には貴族の住まう大きな宮殿がある。豪奢な建物の中には、ヨハンたち魔女狩りの本部も含まれる。アンナはその建物ではなく、敷地の外れにある無骨な離れに入った。薄暗い階段を降り、地下の部屋に入る。

 薄暗い廊下を進むと、鉄格子があった。アンナは鍵を使って扉を開け、中に入った。奥に、アンナと同じ青色だが、ふわりと広がった髪の少女が座っている。

「サラ」

「お姉ちゃん」

 アンナはサラに向き合い、手を強く握りしめる。

「お姉ちゃん、今なら周り、誰もいないよ」

「そうだね……今しかない」

 アンナは、注意深く周りを見まわした。確実に、人の気配はない。今からやることは、他の人に見られてはいけない。

 二人は見つめ合った。そして、アンナは、すうっと息を吸って……。

「うえーん! 怖かったよおー!」

 サラにしがみついて泣いた。姉とはいえアンナは小柄だから、サラに抱き抱えられるような形になる。

「魔女怖かったよおー! 一年も一緒にいて、いつばれて殺されるかわからなくて、生きた心地がしなかったよー!」

「怖かったね、お姉ちゃん……!」

 サラはアンナを抱きしめる。

「膝枕、して……!」

「はいはい」

 サラは微笑みながらソファに座った。その横にアンナは猫のように寝転び、膝に頭を乗せた。サラに、上目遣いで懇願する。

「耳かき、して……」

「はいはいはいはい」

 サラはアンナの頭を撫でると、アンナは泣きながら訴えた。

「だって、ジャンヌって、人間をクッキーにして食べちゃうんだよ? 怖すぎるでしょ。しかも話通じないし。クッキーにして体の中に取り入れるのを、救ってあげるとかいうんだよ? どう考えてもそんなの救済なわけがないよ!」

「そうだね、よしよし」

「それに、一年間も命がけで戦ってたのに、ヨハンは私を汚いスパイ扱いして! 私がジャンヌの隙をついたおこぼれで倒してるだけなのに! なんで? おかしいよ、おかしいよ、絶対……!」

「私もおかしいって思う。頑張ったよ、お姉ちゃん。偉いよ……」

「うっ、うっ。そんなこと言ってくれるのはサラだけだよ……サラ、ありがとう」

 アンナは飼い猫のようにサラの膝に頬を擦り付けた。サラは優しく微笑みかけながら、アンナを撫でる。

 アンナは魔女狩り内では、優秀だが手段を選ばない冷酷なスパイとして通っている。隙を見せたら、今度は自分の身が危険になるからだ。

 だから、素の姿を見せられるのはサラだけだった。

「お姉ちゃんは、いつも命がけで頑張ってくれてるから。私はなんにもできないけど、せめてこうやって甘えてほしいな」

「ありがとう……ごめんね。こんなところで、不自由な暮らしをさせて」

「ううん、いいんだよ。私は、大丈夫だから」

 サラは微笑んだ。その気丈な笑顔をみて、アンナは決意をより固くし、サラの両手を強く握りしめる。

「絶対に、ここから出すから」

 アンナとサラは、幼いころ魔女に育てられた姉妹だ。

 本来なら、魔女に関わったものとして、魔女狩りの対象になる。しかし、二人は魔女狩りの長ヨハンに利用価値を見出された。

 魔女の教育を受けたアンナは、常人なら困難な修行がすでにすんでいる。そのため、弟子となれば簡単に魔女に認められ、キスを受けられる。そして魔力を失った隙をつき、魔女を倒すことができる。昨日、ジャンヌを倒した時のように。

 アンナはその可能性を見込まれ、魔女狩りのスパイとして生かされているのだ。

 しかし、信頼されているわけではない。そのための人質がサラだ。サラには、牢から出たら死ぬ呪いと、アンナが魔女になったら死ぬ呪いが、ヨハンによってかけられている。アンナは、サラがいる限り裏切ることはできない。

 呪いを解くためにヨハンに突きつけられた条件は一つ。国にいる全ての魔女を倒し、魔女との戦いを終わらせること。そうすれば、アンナとサラは解放されるのだ。

「ありがとう、お姉ちゃん。せめてここにいるときは、ゆっくりしていって」

 そんなアンナを、サラはまた強く抱きしめ、労って、腕を解く。

「コーヒー飲む?」

「うん」

 こじゃれたテーブルにポットが置いてあり、サラが手を振るとひとりで動いてカップにコーヒーを注いだ。

「お取り寄せのソーセージ、食べる?」

 さらに、棚から温められたソーセージと皿が飛び出てきて、テーブルの上に整列する。

「うん……って」

 アンナは膝枕から頭を上げた。

「おもてなし、充実しすぎじゃない!?」

 サラの『牢』には、カーペットが敷いてあり、天井には灯りがついていて、明るく照らされていた。

 ポットも、皿も、明かりも、全てサラが自分で作った『魔道具』だ。

「あ、くつろいでるだけじゃないよ!」

 サラは、牢の端にあるスペースを指さした。そこには、薬瓶やナイフ、鍋などがおいてあり、様々な実験ができるようになっていて、魔力のこめられた箒や杖、水晶玉がある。

「新しい魔女狩り道具……しっかり準備しておいたから」

「ありがとう。調整、完璧だね」

 全て、アンナが実戦で使っている道具だ。ジャンヌを刺した魔封じの杖も、縛り付けた伸縮自在のロープも、サラの作ったものだった。

 魔道具とは魔法の力が込められた道具のうち、持ち主に魔力がなくても使えるものを言う。魔力のないアンナでも使うことが可能だ。

 彼女は幼いころから手先が器用で、魔道具を作ることが好きだった。今も、アンナのスパイ道具を作っている。実戦で役に立つということから、サラは牢の中でのみ、魔道具を開発することを許されているのだ。彼女は最前線で過酷な任務を行うアンナを、装備面でも精神面でも支えてくれている。

 二人は、ソーセージを食べながら話した。

「絶対魔女を倒して、外に出すから。店を開くこと、夢なんでしょ?」

「……うん」

 サラは幼いころから、自分の作った魔道具で店を開くことが夢だった。でも、魔女狩りに捕まってからは、自分から言わなくなってしまった。自分の負担になると思っているのだろう。

 開発自体は見張られているものの、材料と権限はかなり与えられていて、必要ならば監視下での外とのやりとりが許されている。アンナがヨハンとずっと交渉し続けて実現した、サラの最大限の自由だ。

 それでも、アンナにとっては満足ではなかった。サラを外に出してあげたい。魔女狩りなんかのためじゃなく、自分のために、もっと楽しく自由に魔道具を作ってほしい。それがアンナの願いだった。

「これで最後なんだ」

 アンナは、懐にしまっていた手配書を出した。

 そこに描かれた黒髪の美女、始祖の魔女アリス。彼女を倒せば、全てが終わる。アンナとサラは解放される。

「これだけなんだ。どんなに魔女が怖くたって、どんなに魔女狩りがひどくたって……絶対に倒す。一緒に外、出よう」

「うん。ありがとう、お姉ちゃん」

 二人は抱きしめ合った。


「これより、最後の魔女討伐会議を始める!」

 宮殿の一室には長机があり、魔女狩りたち百人が並んで座っていた。皆、高位の貴族の生まれで、最高の魔法教育を受けてきたエリートたちだ。

 まさに、最強の魔導士集団だと言える。

 ヨハンがその先頭に立ち、芝居がかった口調で大げさに語る。アンナはそれを一人、隔離された末席で聞いていた。

「皆も知っている通り、ヘクセンラント公国はこの千年間、悪しき魔女に苦しめられてきた!」

 いつも通りのヨハンの大演説が始まった。

 壁に、地図が映し出される。横に長いヘクセンラント公国は北に山脈、東に砂漠、西に海、南に川と自然の要害がある。このため、長いこと他国の侵略からは免れていたが、魔女の脅威は長くあった。

 地図のあちこちに魔女の顔が映し出される。かつてこの国を長く苦しめてきた十人の強力な魔女たちだ。ヨハンは魔女の印に、どんどんバツをつけていく。

「しかし私が十八にして、魔女狩りの長になってから、わずか十年! ほとんどの魔女を討伐することに成功し、さらには先日、ナンバーツーとも言われた救済の魔女ジャンヌを捕らえた!」

 魔女狩り部隊は、もろ手を挙げて、歓声を発した。

「ヨハン様万歳!」

「魔女狩り部隊万歳!」

 アンナはため息をついて見ていた。魔女討伐会議のたび、同じ自慢を聞かされている。ヨハンは自分の手柄のように言うが、強力な魔女を倒せるようになったのはアンナがスパイとして就任してからだ。それまでは、魔女狩りは弱い魔女をちまちま倒すことしかできていなかった。

「そして残るは、始祖の魔女アリスのみ!」

 国の西側にある領域が浮かび上がった。映し出された絵の中のアリスは黒髪の美女で、柔和に微笑んでいる。

「アリスは千年前、この国で初めて魔女になったという全ての元凶だ。二百年前に起こった大噴火も、四百年前に起こった大地震も、全てアリスの魔法が原因だとされている! その危険性を鑑みて、我々ですら今まで手を出せなかった」

 ヨハンは力強く拳を握り締める。

「しかし、先日捕らえた救済の魔女ジャンヌから、アリスが千年かけて開発していた秘術が完成に近いという情報を得た。おそらく、国全体を災いに陥れる危険な魔法であると予想される。あと、一か月程度で完成するらしい……それだけはなんとしても阻止しなければならない! 諸悪の根源であるアリスを倒し、この国を守るのだ!」

「おおー!」

 魔女狩り部隊は威勢のいい声で答えた。もちろん、その情報を得たのもアンナの取り調べによってだ。

 ジャンヌには魔封じの杖を突き刺し、魔法を使えないようにしたうえで、地下に幽閉している。他の魔女の情報を得るためだ。

 魔女は国にあふれる魔力から、他の魔女の人数と大まかな居場所を感じ取ることができる。強い魔女ほどその能力も敏感だ。今までも芋蔓式に魔女の居場所を調べてきたが、ジャンヌを捕まえたことで、ついに残り一人とわかったわけだ。

 ジャンヌからアリスについて聞き出すのは簡単だった。彼女にとって最強の魔女アリスは目の上のたんこぶだ。自分が捕まった状況では、願わくば道連れにしてやりたいと思っていたようだ。すぐにアリスの情報を吐き出した。あとは真偽を確かめるだけだ。

「ですがヨハン様、どうやってアリスに戦いを挑むのですか!?」

 魔女狩りの一人が手を上げた。

「アリスの領土であるウィッチガーデンには強力な結界が張られ、人間の魔力では突破は不可能と言われています。どうやってアリスの元まで辿り着くのでしょう」

「う、それは……」

 ヨハンは言葉に詰まった。考えていなかったらしい。

「考えがあります」

 アンナは手を挙げ、立ち上がった。

 周囲の目が、一斉にアンナに向く。それはヨハンに向けられていた賞賛の眼差しとは違う。侮蔑と疑いの目だった。

「ちっ……薄汚いスパイめ」

「私たちのこと、裏切ろうとしてるんじゃないかしら」

 大っぴらな悪口が聞こえる。彼らは皆ヨハンに洗脳された信者だ。魔女への憎しみを植え付けられ、扇動された結果、自分を誇り高い存在だと思い込み、手先であるはずのアンナを迫害することにためないがない。

 しかし、アンナはひるまずに前に出る。ヨハンは不服そうに聞いてきた。

「なんだ、言ってみろ」

「私は数年前からアリスとの戦いに備え、ウィッチガーデンの周囲に使い魔を放ち、動向を見張っていました」

 アンナが地図を指さす。ウィッチガーデンの周りにたくさんのバツ印が出てきた。

「その結果、年に一回、決まった日、ウィッチガーデン南東でアリスが目撃されました。ターゲットには決まった行動パターンがあると見られます」

 南東の印に、マルをつける。

「それが三日後になります。私たちはここで待ち構え、アリスを迎え撃ちます」

 ざわめきが起こった。それは、アンナへのブーイングだった。

「スパイめ! 使い魔に頼るなど、魔導士の風上にもおけん」

「小細工ばかりの卑怯な女ね。そんな方法で手柄を上げるなんて、国の恥よ」

 今回アンナが情報を得られたのは使い魔のおかげだ。動物に魔力をこめて教育することで、指示に従って情報収集や伝達の役割をこなしてくれる、優秀な部下とできる。アンナ自体は魔力は使えないが、サラの魔力を借りてかなりの数を飼育しており、役立っていた。

 しかし、国の最高位の魔導士は、呪文以外の方法で成果を上げることを嫌う。使い魔を使った情報収集などの絡め手は、魔女のやることとして忌み嫌われているのだ。呪文によって、正々堂々と勝つ。それこそが魔導士の誇り……というのが彼らの主張だ。

 とはいえ、彼らは汚れ仕事をアンナに押し付けているに過ぎない。諜報や潜入、裏切りなどはアンナにやらせ、蔑み、罵る。そしてアンナが魔封じの杖を魔女に突き刺したところで、初めてやってきて倒すのだ。ヨハンも魔女狩りたちも、皆腐っている。しかしアンナとサラが生きていくには、従うしかない。

 アンナは構わず話を続けた。

「今から作戦内容を説明します」

 役立たなければ、殺される。

 しかし、自分の考えは、ここでは蔑まれるばかりだ。

 魔女狩りたちの冷たい視線に耐えながら、アンナは早くサラと一緒に解放されたいと言う気持ちを強くするのだった。



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