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第5話 魔女とスパイの友達大作戦①

 ヘクセンラント公国の西、ウィッチガーデンの真ん中。アリスの館には、大きな図書館がある。

 魔法で広げられた空間に、見渡す限りの棚が続き、びっしりと本が詰まっていた。アリスが集めたり、書いたりした、大量の魔導書だ。その棚に囲まれた机で、アンナは魔導書に向かっていた。羽ペンを操り、黙々と書き込みを続けている。

「アンナ」

 集中するアンナを、アリスは後ろからつついてくる。

「アーンナ。ねえ、ア〜ンナ」

 魔導書に向き合い、せっせと文字を書いているところに、後ろから肩を揉んでくる。

「ひま。構ってほしいわ」

「黙っててください」

「つれないわね。師匠が寂しがってるのに」

 肩を揉まれながら、アンナは振り返る。

「アリス様の出した課題をやってるんですけど……」

「だってアンナ、優秀すぎて、教えることなくてつまらないもの。なにか質問はないかしら? 困ったところを、颯爽と助けてあげたいわ」

「気持ちはありがたいですが、特にないです」

 アンナは今、魔女の修行の一環として、魔導書の改修をやっている。

 アリスが過去に作った魔導書の一部を修正して、改善するというのが、アンナに与えられた課題だ。「できました」

 魔導書をアリスに渡した。アリスはそれを見て驚き、にっこりと笑った。

「この短時間で、ここまでやるなんて、偉いわ。本当にアンナはすごいわね。この調子なら、すぐに卒業よ」

 アンナの頭を撫で回す。

「もう、やめてください。恥ずかしいです」

「弟子の修行が順調だから、嬉しいのよ」

 魔導書には、魔法の仕組みが事細かに書いてある。魔女の魔法は強力だが、原理は人間と変わらないから、じっくり読み込めば理解することはできる。ただそれがものすごく膨大かつ複雑で、到底一生の間には理解しきれない分量なのだ。

 だから、アンナがこれほどのスピードで魔導書を仕上げてきたことはアリスには驚きなのだろう。

 しかし、今まで何人もの魔女に弟子入りし、学んできたアンナなら、たやすいことだった。アリスの魔法でも理解し、魔導書の補強もできる。

 魔女の弟子としては、アンナはこのうえなく優秀なのだ。ある一点を除いては。

「でも私は、魔力が使えませんけどね」

「わかってるわ。辛いことがあったのよね?」

 アリスは優しく声をかけてくる。

 魔法界から魔力を取り出すのは、技術の他に精神的な面も重要になってくる。何か過去にショックなことがあった人などは、魔力が少なくなっていたり、使えなくなったりすることもある。アンナもその一人だ。アンナは、魔法の理解や、使い魔、魔道具の扱いにはこれ以上ないくらい長けている。でも、魔力を魔法界から取り出して使うことはできない。

 例にもれず、過去の出来事が原因になっていた。

 うつむくアンナの口に、アリスは人差し指をかざした。

「大丈夫。魔女になれば、魔力は無限に使えるようになるのだから。卒業までのがまんよ」

 アンナは胸を撫で下ろす。魔力が使えないのは本当であり、動かしようがない事実だ。その了承を得ておくのは、魔女の弟子としてやっていくうえで大事なことなのだ。

「ありがとうございます。でも」

 アリスは、テーブルの上に積まれた山ほどの招待状を見やった。あと、九十九通も残っている。

「肝心の友達作りが、うまくいってないじゃないですか。しっかりしてください。それが何とかならない限り、卒業にはならないんですから」

「そうね。がんばるわ」

 アリスは両手を握り締めた。アンナは不安でため息をつく。それもそのはずだ。

 アンナが卒業するのに突き付けられた条件は、一か月後のアリスの誕生日会に、百人の友達を招くこと。だが、アンナが弟子入りして一週間も経つのに、招待状は一枚……それも、アンナにしか渡っていなかったからだ。


 一週間前、アンナは花屋の制服を着て、花束を持って笑顔で客を出迎えていた。

「いらっしゃいませ。贈物に花束はいかがですか?」

 その間に、ちらちらと店の隅を見る。そこでは白い服をきたアリスが、機嫌よさそうに花を見ていた。他の客の動向をうかがいながら。

 もちろんアンナの本業は花屋ではない。ウィッチガーデン近くにある店に、アルバイトとしてもぐりこんでいたのだ。アリスの友達作りの動向を陰で見守るために。

 アンナはアリスの友達作りの一環として、清楚系令嬢に変装させて花屋に送り出した。花の魔法を使うアリスは花に詳しい。同じ年代の女性と花の話題になれば、仲良くなれると思ったからだ。

 アンナは花の世話をしながらアリスの様子を見守る。アリスはきょろきょろしながら、アンナと同じくらいの年頃と思われる女の子に近づく。彼女は花を優しく見つめ、見るからに人が良さそうだ。

「可愛いわね……」 

 アリスは言った。女の子は振り向く。

「ええ。お花好きなんですか?」

 自然に、話しかけてくれた。この感じなら、仲良くなれるはずだ。しかし、アリスは女の子にとんでもないことを言いながら近付く。

「人間さん、あなたたちは限りある命を一生懸命生きていて、本当に可愛いわね」

 アンナは目を丸くし、花を切り落としそうになった。可愛いというのは、花でなくて人間のことを言っているのか。女の子を花とでも思っているのだろうか?

「は、はあ」

 困惑する女の子に、アリスは笑顔で花を渡した。

「頑張ってるご褒美に、お花をあげる。六六六魔法の四、『繊細の園(ミモザ)』。どうぞ受け取って?」

 花自体は綺麗な、紫色の花だ。葉っぱがついている。発言はおかしいし、プレゼントも唐突だが、悪気がないのは伝わるはずだ。

「ど、どうも……」

 女の子が手を伸ばして、そろりと花に手を伸ばし、葉っぱに触れた。そのとき。葉っぱがもそもそと動いた。女の子は、けげんそうに首をかしげる。

「あれ?」

 葉っぱはうごめき、口が開いて、女の子の手に噛みついた。

「きゃっ」

 女の子は驚いて、そのまま逃げ出してしまった。

 アリスは、招待状を持って立ち尽くしていた。

 アンナのほうに悲しそうな顔をして振り向く。

「何がだめだったのかしら……」

「第一声からだめですよ。上から目線で人間を見下すような発言をして、印象は最悪です。それに、なんで噛みつく花なんて渡したんですか。危険でしょう」

「だって。人間の女の子って、お花とか好きでしょう?」

「そうですね」

「小さくて可愛い動物も、好きでしょう?」

「ええ、それもそうですね」

「だったら、花が動いたらもっと好きになると思って……」

「いや、合わせればいいってもんじゃないですから」

 それからも、アンナは色々な機会を作った。困っている人を助けたり、交流できそうな場所に連れていったりして、アリスができるだけ好印象になりそうな状況を用意した。

 しかし、アンナがいくら頑張っても、アリスは友達を増やすことはできなかった。どんなに状況を作っても、アリスは全てぶち壊しにするのだ。人間を小動物扱いするような発言をしたり、強力すぎる魔法で解決しようとしたりして、人間には逃げられてしまう。

 結局一週間で、招待状を受け取ってくれた者はいなかった。進捗はゼロだ。


 アリスは家の広いテーブルでアンナと向かい合い、うんうんうなっていた。

「やっぱり、年の差が問題なのかしら」

 悩ましげだ。このままでは、友達百人を誕生日会に呼ぶのは厳しいとアンナは思った。しかし、アリスの友達作りにアンナとサラの解放がかかっている。なんとかしなければならない。

「私、最近の流行りとかよくわからないし。今時の子とは、あんまり話が合わないのかも」

「時代の問題ではないですよ。根本的なものの感じ方や考え方が違うんです」

「そんな」

「だから、前も言ったように、アリス様は自分と人間との感覚の違いをわかっていないんですよ。やっていることが人間の常識から外れすぎなのに、それに気づいていないんです。おおかた、千年も引きこもって、人間のことは書物で知っているくらいなんでしょう」

「う、それは」

 図星のようだ。

「アリス様、友達どころか、危なっかしくて外に出せませんよ。百人で誕生会なんか、よく言えましたね。そんなんじゃ、アリス様の良いところ、誰にもわかってもらえません。私以外、友達できませんよ」

「アンナ、私のこと友達と思ってくれてるのね。嬉しい」

「話聞いてます? ふざけてないで、本気でやってくださいね」

「あなた……」

 アリスはがたんと立ち上がって、アンナを見下ろす。蛇ににらまれたカエルのような気分だ。

 しまった。さすがに怒らせてしまったか? 親しげに話しているとは言え、相手は、人間の扱いも知らない始祖の魔女だ。殺されてしまってもおかしくない。

「す、すみま……」

 しかしアリスは、後ろ向きになってうずくまった。

「厳しいわ……」

 泣きそうな声だ。

「はい?」

「ひどいわ。傷ついた。そんなひどく言わなくてもいいじゃない。私、あなたに優しくしてるつもりなのに……そんな私のこと嫌い?」

 こちらを涙目で見てくる。子犬のようだ。

「アリス様?」

「もっと優しくしてくれたっていいじゃない……うっうっ」

 うずくまってアンナを見上げてくる。

 アンナは困ってしまった。怒るのかと思ったら、ひどく落ち込まれてしまった。

 何という面倒臭さだろう。はっきりと言わないとわからない上に、怒られると凹むなんて。

 でも確かに、言い過ぎたかもしれない。アリスは、千年も一人で過ごしてきたのだ。人とのコミュニケーションが苦手なのは当然だろう。

 そう思うと、少し哀れに思えてきた。

「アリス様……すみません、言い過ぎました」

「アンナ?」

「私はアリス様に友達ができないとは思ってませんよ」

 アリスのしているのはごっこ遊びだ。師匠ごっこ、姉妹ごっこ、親子ごっこ、友達ごっこ。人間のモノマネで、なんにせよ、形をやりたいだけだ。

 でも、そこに悪意はない。確かに女の子を喜ばせようとしていたし、守ろうとしていた。表現方法を間違えただけだ。

 甘えていいのよ、とアリスは言った。

 膝枕をして、耳かきをした。それは形だけかもしれないけど、確かにアンナは気持ちよかった。

 たとえ、いつか裏切る相手だとしても。

「さっき……言ってたじゃない」

「このままじゃ、と言ったんです。やり方を変えれば、きっとアリス様にもできるはずです。私は、アリス様のこと」

 アンナは立ち上がって、アリスの肩に手をかけた。そして、少し目を逸らしながら、言った。

「その、嫌いじゃ……ないですから……」

「アンナ」

 これは『演技』だ。アリスを喜ばせるための。

 ミッションをクリアし、最後はアリスを殺すための、演技なのだ。

 アンナは自分の頭にそう言い聞かせた。

「友達、でき、ます……」

 いきなり立ったから、アンナはふらついた。

 そう言えば、最近、寝ていない。アリスのために駆け回り、動きっぱなしだった。少し、焦りすぎたかもしれない。

「アンナ! アンナ、大丈夫?」

 がっしりとアリスに抱き止められた。長身のアリスに対して、ちょうど胸に顔が埋まる形になる。柔らかくて気持ちよかった。

 こんなことを考えているようじゃ、こんなことで倒れているようじゃ、スパイ失格。魔女狩り失格だ。アリスを殺せない。

 でも、アンナは、疲れていた。

 十年間も、戦い続けたからだ。

 あの日……魔法が使えなくなった日からずっと……魔女を裏切り続けてきたからだ。

「アンナ。ごめんなさいね、無理させて」

 アリスが頭を撫でる中、アンナの意識は遠のいて消えた。



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