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第7話 魔女とスパイの友達大作戦③

「マッチングオーブ?」

 アリスは机の上に置かれた水晶玉を見て言った。

「はい。アリス様と仲良くなれそうな人を、探してくれる魔道具です」

「すごいわね! 魔道具、人間さんが少ない魔力で頑張って作ってるところを考えると……可愛いわ」

「その考え方がだめなんですが……とりあえず、質問に答えてください」

 玉が問いかけてくる。

『あなたのお名前は何ですか?』

「アリスよ」

 アリス、と言う文字が水晶玉に出てきて、色が変わった。

「こうやって情報を入れていって、アリス様のことがわかったら、仲良くなれそうな人を探して出してくれるのです」

「なるほど」

 アリスは知るよしもないが、この声はサラのものだ。サラが手塩にかけて作った、対話ができる水晶玉。ただし、マッチング機能なんてものはない。情報を得て、合う人を探す……それはアンナが行う必要がある。

『年齢を教えてください』

「千十五よ」

「待ってください」

 アンナは手をかざした。

「どうしたの?」

「人間とのマッチングをするんですよ。千十五才なんて言ったら誰とも合うわけないじゃないですか。人間年齢を言ってください」

「色々大変ねえ。それなら、十五才よ」

「十五?」

 アンナは、目を丸くした。人間は魔女になると、不老不死になる。魔女になった時の人間年齢のまま、永遠の時を過ごすのだ。

「そうよ。どこからどうみても十五才じゃない?」

 アリスのスラリとした長身と、豊満な胸、大人っぽい顔つき。とても十五とは思えなかった。人間年齢は二十代かと思っていたのだ。

「私より年下だったんですね……」

「アンナは何歳なの? 十才くらい?」

「十七才です」

「そう……なんかごめん」

 二人は黙った。アンナはなんとなく、敗北感を覚えた。

「かわいい妹みたいに思っていたけど、アンナの方がお姉ちゃんなのね」

「アリス様が妹なんて、なんか嫌です。本当は千才も年上じゃないですか」

「じゃあ、やっぱり、私がお姉ちゃんね」

「姉妹前提で話を進めるのはやめてください。私のことはいいんです、アリス様の話を続けてください」

「やだ、アンナが私にそんな興味持ってくれるなんて、嬉しい……」

 アリスは両手を頬に当てて恥ずかしがっていた。もっと他に恥ずべきことがあると思ったが、アンナは流石にそこまでは言わないでおいた。

 質問は続いた。

『趣味は何ですか』

「魔導書の執筆ね。今までに一万冊……いや十万冊だったかしら? とにかくたくさん書いてきたわ」

『休みの日は何をしていますか』

「おうちの図書館で本を読んだり書いたりしてるわね。ついつい十年くらいこもっちゃうわ」

 アンナはこれだ、と思った。桁数が大きいのは気になるが、本が好きなのは悪くない趣味だ。

 最後に、この質問で締め括った。 

『好きなタイプは何ですか?』

「そうね……小さくて可愛い子かしら」

 慈愛に満ちた目でアンナを見てくる。

「なんで私に向かって言うんですか」

「だって守ってあげたくなるもの」

「微笑ましいものを見る目で見ないでください」

 納得いかない回答もあったものの、とりあえず情報は揃った。これからが本番だ。

「後三日ほど待ってください。あなたに一番相応しい人が見つかるでしょう」

 アンナはそれから一人きりになって、ベランダに立った。外には、ウィッチガーデンの花畑が広がっている。

 上を向いたまま目を瞑り、じっと考える。

 人心掌握スキルが重要なスパイにとっては、性格分析も朝飯前だ。

 出身地、趣味、好きなタイプ……アリスの特徴を整理し、合いそうな人間の特徴を考える。

 それからアンナは町に出た。ウィッチガーデン周囲の七つの町の役所をめぐり、一通りの町民の情報に目を通した。そこからターゲットを定め、本人に接触した。約束の三日で、アリスとのアポイントメントを取り付けることに成功した。

『……これがアリス様とマッチングした方です』

「まあ、この子、可愛いわね」

 水晶玉に移された少女の姿を見て、アリスは喜んでいた。

「ハアハア。そうでしょう」

「アンナ、息が荒いし顔色も悪いけど大丈夫?」

「も、問題ありません。魔導書の修正を進めていただけです。ハアハア」

「まあ偉い。でも無理しないでね」

 ほとんど寝ずに国を駆け回り、資料を整理し、人物を観察していたから、アンナは目にクマができていた。しかしこれもアリスに友達を作るためだ。スパイはあらゆる情報をかき集め、必ず目標を達成する。そうやって数々の魔女を特定、籠絡し、倒してきたのだ。

『明日、昼の一時に指定の喫茶店に行ってください。そこに彼女はいます』

「約束まで取り付けてあるのね。本当にすごい水晶玉だわ」

 アリスは上機嫌だ。

「彼女は育ちのいい令嬢で、アリス様と同じく、魔導書の執筆や読書が趣味です。穏やかで優しい性格ですから、話は基本的には合うでしょう。基本的には」

「なんか含みがあるわね」

「アリス様は全ての準備を滅茶苦茶にしてしまいますからね……でもそれも大丈夫です。今度は私がそばで指示を出しますから。とにかく現場で私の言うことに従ってください」

「まあ、それは頼もしいわ。でも私がその子と会うんでしょう? どうやってやるの?」

「不本意ですが、手はあります」


 ウィッチガーデンの西側にあるキルケニーの町には、首都のグラールスに負けない賑わいがある。石畳の道の両端にレンガ作りの家が並び、人々は魔法を使って洗濯物を干したり、欠けた壁を修復したりしている。その町の中央には、魔導士の間では有名なキテラーズインという店があった。昼はカフェ、夜はパブとして多くの人が訪れる店だ。

 その昼も、広い店内が埋まるほど賑わっていた。

 アンナはカフェ店員の制服を着て、頭にフリルをつけて、真剣な面持ちでテーブルを拭いていた。アルバイトのふりをして潜入しているのだ。

 そこに白いワンピースを着た長身の女性が入ってきた。どう見ても清楚系令嬢だが、これがアリスだ。

「まあ、アンナ、制服可愛い」

 満面の笑みを浮かべるアリスに、アンナは人差し指を立てて小声で言う。

「ダメです。知らないふりですよ」

「わ、わかったわ……」

「お客様、予約していたアリシア様ですね」

 アリスが気づいてそっぽを向いたところ、アンナが聞く。怪しまれるといけないので、偽名にしてある。

「こちらへどうぞ。アグネス様がお待ちです」

 アンナはアリスを近くのテーブルにまで案内した。椅子には、おとなしそうな三つ編みとメガネの少女が座っていた。

「お嬢さん、こんにちは。私が約束していたアリ、アリシアよ」

 アリスは偽名を噛みながらも、微笑みを見せて椅子に座る。アンナは近くのテーブルを片付けながら、気づかれないように様子を見た。

「こ、こ、こんにちはっ、アグネスです」

 アグネスはうつむき緊張している様子だった。

 アリスはそれを観察して言った。

「ふふ、人間さん、一生懸命生きて……」

「人間さん?」

 アグネスはビクビクしながら首を傾げた。まずい。相手はただでさえ緊張しているのに、変なことを言っておびえさせてはいけない。

「お客様、メニューです」

 すかさずアンナはメニューを置いた。アリスにだけ見えるように、カードが挟んである。

 『人間さんはダメです』。

 アリスはそれを読んで、慌てて訂正した。

「人間、三人よればなんとやらというじゃない? 今日は魔法研究にいいアイデアが出ればいいわね」

 あたふた説明するアリスに、アグネスはくすりと笑った。

「あの、二人しかいませんが」

「私が二人ぶん知恵を出すってことよ」

「頼もしいです……」

 アグネスは顔を上げた。

 アンナはこくりとうなずいて、アリスに目配せした。このまま人間を可愛がる方向に話が進んでいたら場が崩壊していったと思うが、なんとか、アグネスの緊張はほぐれたようだ。アリスはほっとした表情をしている。

「とにかく、緊張しなくていいわ。私はあなたのファンなんだから」

「ファン、ですか?」

「そうよ、あなたの魔導書を、全部読んだわ……読んだんだけど……」

「もしかして、欠陥があったのですか……?」

 アグネスは不安そうに聞いた。

「すごいわね!」

 アリスは満面の笑みでアグネスの著作の長所を列挙しはじめた。

 アグネスは若くして魔導書をいくつか出版している。アリスはそれを読んで惚れ込み、ぜひ一度会って感想を伝えたくなった。そういう設定でアンナはこの会合を取り付けたのだ。

 これならアリスの趣味と特技も活かせるし、アグネスにとっても嬉しいはずだ。

 アンナの事前調査によれば、アグネスは魔法研究の才能はあるものの、若いためになかなか認められずに、自信が持てずにいるらしい。対人関係に引っ込み思案なところもあり、孤立して味方がいない状態にいるとのことだ。

 そこに魔導書が好きで包容力もあるアリスをぶつけることで、すごく悪く言うと、恩を売って懐かせようとアンナは考えた。

 アリスとアグネス、二人だけの関係を深めるため、また、アリスにとっても関係構築の練習とするため、アンナはわざと同席しないようにしている。

「……私は素晴らしいと思ったわ。特に、老人の転倒防止の魔法ね。他にはない着想だし、実用的で素敵だと思ったわ。それが今日は言いたかったの」

 アリスは力説して話を終えた。

「あ、アリシアさん」

 アグネスは俯いて震えている。

「どうしたの? 大丈夫?」

 アンナは他の客の注文を捌きながら脇目で見て焦った。まずい。アリスの話ぶりが激しすぎて怯えさせたか? 何かフォローを……そう考えていたが、アグネスは顔を上げた。

「嬉しいです!」

 目には涙を浮かべている。

「私、魔法研究が好きで、でもずっと認められなくて」

「アグネス」

「転倒防止の魔法も、故郷のおじいちゃんのために考えた魔法で、でもくだらないって学会には言われて。良いって言ってもらえるの、初めてで。アリシアさんと話せてよかったです」

 アリスの手をとって涙ながらに言った。

「アグネス、こちらこそ話せて嬉しかったわ。なかなかこんな踏み込んだ話をできる相手はいないもの」

「私もです。魔法の研究は孤独で」

「私たち、気が合うかもね」

 二人の和やかなムードを見て、アンナは勝利を確信していた。やはり、アリスは変な発言さえなければ、物腰柔らかで知的な美女だ。趣味さえ合えば、友達ができないはずないのだ。

 そう思っていたところに、声がかかった。

「おやおや、アグネスさんではありませんか」

 初老の紳士だ。

「リチャード伯爵」

 アグネスの顔がひきつった。リチャード伯爵は鼻の下の白いひげを触りながら嫌みたらしく言う。

「もしかして、先ほどからあなたの奇妙な魔導書の話をしていましたかな?」

 彼は、魔法学会の権威だ。多くの魔導書を執筆し、認可する団体にも所属している。キテラーズインは魔導士による魔法談義に使われることも多いので、こういった有名人と居合わせることもあるのだ。

「おかしいですなあ。転倒防止の魔法など、介護にしか役に立たない。そんなものは召使にでもやらせておけばいいのです」

 アグネスは、必死に訴える。

「そんな。平民には介護の手が足りません。魔法は必ず役に立つはずです」

「平民の暮らしなどどうでも良い。魔法はそんなくだらないものではなく、もっと高尚な目的のために使うべきです」

 リチャードは、アグネスの手から魔導書を取り上げた。

「これは、焚書といたします」

 杖を向ける。その先にボッと火がついた。

「ああ、やめてください!」

 アグネスが涙を浮かべて立ち上がり、魔導書を取り返そうとする。一冊書くのにも、高い費用と長い期間がかかるのだ。

「黙りなさい!」

 リチャードはアグネスを突き飛ばした。

 アリスが、アグネスを抱き止める。アグネスは腕の中で長身のアリスを見上げた。

「アリシアさん」

「大丈夫? けがはない?」

「大丈夫です。でも魔導書が……」

 アリスは、優しい声でアグネスを支えると、一転して厳しい表情でリチャードをにらんだ。

「ぼうや。あなた、アグネスが一生懸命考えた魔法を、くだらないと言ったわね?」

「ほう。あなた、私に話しかけているのですかな?」

「頑張ってる子を馬鹿にしちゃいけないって、ママには教わらなかったのかしら?」

「おかしな方がいますね。魔法協会に連絡しますか…?」

「いけない子には、おしおきが必要ね……」

 今まで見せたことない厳しい表情で、杖を取り出した。凄まじい魔力が漏れ出している。

「何を言っているのですかな」

 リチャードは魔力の多さを感じ取れていないのか、危機感もない様子だ。

「アリシアさん……?」

 しかし、アグネスは震えていた。優秀な魔導士の彼女は、膨大な魔力の片鱗を感じたのだろう。

 アンナは焦った。まずい。

 ここでアリスが暴れ、リチャードをチューリップにでもしたら、始祖の魔女であるとばれ、大変なことになる。少なくとも、アグネスを怯えさせてしまう。逃げ出してしまうかもしれない。

 それは、嫌だと思った。アグネスがアリスの友達にならないのは困る。

 任務を達成するための障害になるからだろうか。

 それとも、アリスの、二人目の招待客としてだろうか。

 とにかく、失敗は絶対に避けたいと思った。

「あなた、生意気ですぞ!」

 リチャードも杖を今度はアリスに向ける。アリスはつぶやいた。

「六六六魔法の一……」

 そのときだった。

「うひょっ?」

 つるんと、リチャードの足が滑り、体勢が崩れた。そのまま倒れそうになり、魔導書が飛んでいく。

 それは、アリスが受け取った。さらに、倒れそうになったリチャードは、アンナがそばに来て支えた。

「お客様」

 アンナは、冷たい声で転びそうになったリチャードに言った。

「店内であまり激しく動かれると、『転倒』の恐れがあって大変危険です。ご注意ください」

「あっ、危ないな、君……」

「『転倒防止の魔法』があればいいのですが……」

 アンナは冷たく、大きな声で言った。

「まだ研究中のようですので、是非とも完成して欲しいところですね、上流階級のお客様の安全確保のためにも」

 周りの魔導士たちも聞き耳を立てている。

 アリスが、抱き止めたアグネスに魔導書を渡していた。

「く……」

「元気に運動されるなら、喫茶店より公園がおすすめです。ここでは目立ちますから」

 リチャードは辺りを見回した。魔導士たちがリチャードを指さしてヒソヒソ話している。

 キテラーズインでは、有名な魔導士も来ている。もし伯爵が貴族らしからぬ振る舞いをしたり、職権を乱用したりしているようなことが知られれば、悪評が出回り立場が危うくなるだろう。

「ふん、床が滑りやすいと店長に伝えておくことですね!」 

 リチャードは冷たい視線に耐えられなくなったのか、捨て台詞だけ残すと不機嫌そうな顔で店を去った。

「失礼いたしました。ごゆっくりお過ごしください」

 アンナはアリスとアグネスに礼をして離れた。ここから先は、アリスの戦いだと思ったからだ。

「あの、アリシアさん。ありがとうございました」

 アグネスは頭を下げた。

「私は何もしてないわ、見てただけよ」

「いいえ、私の魔法が馬鹿にされた時、怒ってくれて。私、すごく嬉しかったです」

「当たり前よ。あなた、すごいのよ。もっと、自信を持って欲しいわ」

「アリシアさん」

 アグネスはアリスを見上げた。

 それを見て、アリスは、顔を赤くしながら切り出した。

「アグネス……あ、あの。一つお願いがあるの」

「何でしょうか?」

「私のおうちで、今度、誕生日会を開くの。私の……それに、アグネスに、来て欲しいのよ」

 アリスは、不安そうな顔で招待状を取りだして、アグネスに差し出した。

 アンナはそれを見ながら、手を握りしめていた。汗びっしょりだった。今までの、どんな凶悪で強大な魔女との戦いよりも緊張していた。自分の命が、危険に晒されるわけでもないのに。

「嫌ならいいけど……」

 アリスは、不安そうに俯いた。しかしアグネスは手をとった。

「いいんですか!? 私、行って!?」

 その勢いに、アリスは面食らう。

「も、もちろん。来てくれるの? 友達になってくれるの?」

「何言ってるんですか。もう友達でしょう!」

 感激して泣いているようだ。アグネスはだいぶ感情が忙しい人だ。招待状を大事に握りしめている。

「嬉しい……私、ずっと一人で、誘ってくれるような人もいなかったから」

「ありがとう。たくさんご馳走準備しておくわね。魔導書のお話、たくさんしましょうね!」

「ええ、アリシアさん!」

 アグネスとアリスは互いに手を取り合って喜んでいた。アリスと一瞬だけ目が合った。手を出してきた。ピースサインだ。アンナも、馬鹿馬鹿しいと思いながらも、ピースを返した。

 こうして、やっと、二枚目の招待状を渡すことができたのだった。



「アンナ。ありがとう」

 帰るなりアリスはアンナに思いっきり抱きついた。

「ちょっと、激しすぎます、スキンシップが」

 アンナは必死に引き離そうとする。

「でも、嬉しいもの。あなたのおかげで、私にも友達ができたのよ」

「まだ一人ですよ。私を入れても二人です。まだ、目標まで九十八人足りません」

 アンナが必死に抵抗すると、アリスは離れてくれた。やっとか、と思っていると、アリスはソファに座って、鈴のなるような声で呼びかけてきた。

「アーンナ」

 アリスは自分の膝をポンポン叩いた。

「はい?」

「アーンナ。 おいで」

 満面の笑みで膝をポンポン叩いている。アンナは理解した。膝枕させろと言っているのだ。

「もう。アリス様はそればっかりですね」

 アンナはため息をつきながらソファに横たわり、アリスの膝に頭を乗せた。

「ふふふ。アンナったら甘えん坊さんね」

 こうしたら、アリスが喜ぶと分かっているからだ。これからの友達作りのモチベーションを上げるために、機嫌をとっておくのが吉だろう。

 アリスはアンナの頭を撫でる。

「嬉しかったわ。アンナが私を止めてくれて」

「ああ、リチャード伯爵ですね」

 リチャードがアリスを挑発し、アリスが杖を向けた時のことだ。あのとき、アンナはロープを気づかれないように陰で繰り出してリチャードの足に巻きつけ、すっ転ばせた。そのため、アリスが魔法を使わずに場が収まったのだ。

「信じてましたから」

「信じてた?」

「はい。あそこで魔法を使わなければ、アリス様は絶対アグネスさんと友達になれるって。だってアリス様」

 アンナは、小声で言って、アリスのローブを掴む。

「……けっこう、優しいですから」

「あらあらあらあら」

 アリスはアンナの頭をくしゃくしゃに撫で回した。

「嬉しいことを言ってくれるのね。じゃあ、がんばってくれたアンナへのお礼に、この魔法を教えてあげるわ」

「お礼?」

 アリスは杖を振る。

「六六六魔法の一〇……『純愛の園(レッドローズ)』」

 すると、アンナとアリスの周りに赤いバラの花が咲き誇った。

「この魔法は……?」

「いざというときに、あなたと周りの人を守ってくれる魔法よ。これは、人間にも使えるように作ってあるの。いざというときに、大切な人を守るために使ってちょうだい」

 アリスは微笑み、現れた花を撫でた。どうも、アンナにこの魔法を覚えてほしいようだ。

「でも、私には魔法が使えません」

 アンナの魔力は地に落ちている。過去の出来事の精神的な影響で、魔力が失われた状態がずっと続いているのだ。この思い出がある限り、魔法は使えないだろう。

「魔女になったら、すぐに使えるようになるわ。アンナならすぐに覚えられると思うから……そのときに使うのよ」

「そうですか」

 大切な人を守るための魔法。アンナは気になった。

「そんな魔法があるということは……アリス様には、守りたい大切な人がいるんですか?」

「いた、というのが正しいわね」

 アンナが来た最初の日に、約束、と言っていたのを思い出す。百人友達を作るというのは、誰かとしていた約束で、それを守ろうとしているのだろうか。

「それは、誰なんでしょうか」

「いつか話すわ……そうね。もっと、友達を集められたらね」

 アリスは、珍しく言葉を濁した。この話になると、彼女は話題を反らしてしまう。

「もう。まだまだ、これからなんですからね」

「そうね。一緒にがんばりましょう」

 約束の人が誰か、アンナは気にはなっていた。しかし、アリスの優しい笑顔を見上げると、眠くなってきた。

 疲れていたのだ。十年間にも及ぶ、魔女や魔女狩りとの戦いで。

 それも、うまくいけばもう終わるはずだ。友達を百人集めて……アリスを、倒して。

 誕生日まで残り二週間。招待状はようやくもう一枚減って、残り九十八枚となった。



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