翌朝、昨日帰り道で拾った鉱石を売却するため鉱業ギルドに行った。すると普段は見かけない、悪趣味な服装の小太りの男がオリビアさんとリリアさんに突っかかっていた。
男の後ろには屈強な重武装の騎士2名が控えている。
「……どうかしましたか?」
流石に友人が困っているところを見て見ぬふりはできない。
「それがその……、ハイドさん、すみません……!」
顔面蒼白のオリビアさんに頭を下げられた。一体何があったのだろう。
「キミがあのミスリル武具の製作者かえ? 今後ミスリル武具の取引は全てわちきを通すでありんす。それとオリビアさん、黙ってミスリル武具の取引しようとしたことを見逃してあげましたね? なので今日はわちきとデートしなさい。リリアさんもオリビアさんに協力しましたね? 一緒に来てもらいますよ?」
公家みたいな気品のある口調に反し、見た目は醜悪な豚みたいな男がそう言った。二人とも顔面蒼白になって、何も言えないでいる。
どうやらこのクソ豚野郎にミスリルの取引がバレて、オリビアさんとリリアさんがデートに付き合うことを強要されているようだった。
周りを見ると二人だけじゃない。売店のおっちゃんも、鍛冶師連中も、みんな悔しそうな表情をしつつも助け船の一つも出せないでいる。
「それでそこのキミ、本来この町ではミスリルのような高級武具を流通する場合は我がローエン家に話を通すことになっているでありんす。それをせずに売ろうとした罰として、今後この町でミスリル武具を売る場合には、キミの取り分は売上の5%とさせてもらうでありんす。だから今回のキミの取り分は小金貨1枚。ありがたく受け取るでありんす」
そう言ってその貴族らしき豚野郎は小金貨1枚を俺の足元に投げて寄越した。俺はそれを拾いながら色々なことを考えた。
おそらく話の内容からしてこの豚はローエン・グリモワール伯爵家の者だろう。無碍に扱うと大変なことになる。オリビアさんに預けたミスリル装備の売上は小金貨20枚、5%で小金貨1枚。ただし原価の殆どを占めるミスリル鉱石は自分で掘ったものなので赤字はない。ここは恭順の意を示しておくのが吉だろう。
「はは~、小金貨1枚もいただけるとは!! ありがたき、しあわせぇ~~~~~」
「ほほう、良い心がけじゃ! よきに計らえ~」
我ながら三文芝居くさいが仕方がない。クソ豚貴族も機嫌が良さそうなので、良しとしよう。
こうすることで、オリビアさんやリリアさんに害が及ぶ場面でガードに回ることができる。
こういう立ち回りが重要になる場面、割とサラリーマン時代で場慣れしてるんだよなあと、オリビアさんが酷い目に合ってるのに極めて冷静な自分がちょっと嫌になる。
でも仕方ない。オリビアさんとリリアさんの助けになるのなら。
俺は体は若いかもしれないが、中身は酸いも甘いも知り尽くした一部上場企業のベテラン社員。こういう守りたいものを守るときのために、ビジネススキルを学んできたのだ。
ちなみにこれは、飲み会の場で新入社員の女の子がクソ上司にセクハラされてるようなもんだ。
こういう時は上司の機嫌を損ねずにさりげなく女の子のガード役に徹するのが良い。
「部長、飲みすぎです!」なんて言ってさり気なく水を出したりして、ふとももをお触りしようとする手をブロックしたりとか、上司のカバンもちをしていた頃は結構色々頑張っていたもんだ。
「それでは、オリビアさん、リリアさん。あなたたちがいつも通っているカフェとやらに行きましょうかえ? それにミスリル武具の臨時収入が入りました。今日は店を貸し切って大盤振る舞いといこうじゃありません……かっ! 見どころのあるそこのキミ! 特別に連れていってあげようじゃあーりませんかっ!」
「はは~~~~、ありがたき~~幸せえ~~~~」
俺はほぼ土下座のような恰好で御礼を言った。
「フォーホッホッホッホ!!!」
クソ豚貴族はそう高らかに笑い声を上げると、騎士と供にオリビアさんとリリアさんを上機嫌で連行。俺もそれに付き従うのだった。
……ギルドを出る際、いつも売店で世話になっているドワーフのユグノーさんが俺に耳打ちしてくれた。
「お前さん、よく我慢したな……。あれはローエン・グリモワール伯爵の長男、ローエン・マルグリットじゃ。あの通り欲深く醜悪な男じゃが、誰も逆らえんのじゃ……。あの通りリリア嬢とオリビア嬢を妾にしようと前からずっと狙っていてな。今回のことも渡りに船だったのじゃろう。嬢ちゃんたちのこと頼んだぞ……」
「……ありがとうございます。それじゃあ、行ってきます」
ユグノーさんからしても二人は可愛い娘のような存在だ。相当はらわたが煮えくり返っているに違いない。俺はユグノーさんに極上の笑顔でそう返すと、クソ豚貴族に付き従うフリをして、鉱業ギルドを足早に出た。
普段は無表情で不愛想な俺がこんな笑顔になるのは、本気で戦闘モードになったとき。
俺は自分のことなら何をされてもどうでもいいと思う性質だが、大切な人に危害を加えられるととたんにスイッチが入る。
この感覚、長らく忘れていたような気がする。
……俺は驚くべきことに本気で怒っていた。