俺はクソ豚貴族に付き従い、リリア兄のレイモンドさんが働くカフェに来ていた。クソ豚貴族は俺のものになるはずだった小金貨を床にばら撒き、「今からこの店を貸切るえ!」と言って他の客を追い出した。
それ俺の金……、と思わなくはないけどまあいい。
それよりも大事なことがある。ここからどう事態が変化するかを想定して動かないと。
怒りすぎると、逆に冷静になってしまうのが不思議ではある。
「キミも何か頼むといいえ!」
一応このクソ豚貴族のお気に入りポジションを勝ち取ったらしい俺は、彼らの座るオープンテラスの特等席の隣に座らせてもらえた。ちょっと離れた席か……。
一応監視はできるけど、直接的なセクハラをガードするにはちと遠いかな。
それによくよく考えたら「水をどうぞ!」くらいでこいつのセクハラが止まるのか?
このクソ豚貴族にはセクハラからの左遷という概念がそもそもないのでは?
もうちょい強めのガード方法に切り替える必要がありそうだ。どういった方法が良いか……。
こう来た場合はああしてこうしてと、俺は脳内でシミュレートしていった。
そんなことを考えていたら、リリアさんの兄レイモンドさんが張り付いたような笑顔で注文を取りに来た。俺はその笑顔を見た瞬間とても背筋が寒くなった。
適当に紅茶を注文した俺は、トイレに行くフリをしてレイモンドさんについていき厨房へ。
厨房の中ではレイモンドさんがコメカミに血管を浮かべ凄惨な顔つきで毒を吐いていた。このままでは毒でも盛りかねないな。
……さて、気を取り直してクソ豚貴族の席に戻り警戒の任に当たることにしよう。俺は完全気配遮断を発動。MP切れに気を付けつつ行動に移る。
「たわわな果実が4つもあるえ~~」
席に戻るとクソ豚貴族がリリアさんとオリビアさんの胸に手を伸ばしていた。
その衝撃映像が網膜を突き破り脳に到達した瞬間、俺の中で何かがプツンと切れた感じがした。
気が付けば俺は、インベントリからグリーネ麻痺草の粉末を取り出し、クソ豚貴族の顔を押さえつけ無理矢理口に突っ込んでいた。
数秒後、クソ豚貴族は泡を吹きながらイスごと綺麗に後ろに倒れ動けなくなった。
それから慌てた重騎士2人は、麻痺して動けなくなっているクソ豚貴族を抱えて帰っていった。
「二人とも大丈夫でしたか……?」
完全気配遮断を解いた俺は、青ざめた顔をしている二人にそう声をかける。
幸い店は貸し切りで他の客はいない。対して騒ぎにならなかったのは不幸中の幸いだ。
あそこで止めないとさらにエスカレートしそうだったので、仕方ないと思おう。
それにまだテーブルには料理は並んでいないので、きっと店にも迷惑はないと思う。
それにしても何だか疲れが……。
「オリビアさん、今日はもう帰りましょう……」
「はい……」
リリアさんはお兄さんに任せ、俺はオリビアさんに付き添って家まで送った。
その帰り道。
「私ってダメだなあ……、ハイドさんの邪魔しかしてないや……」
ミスリルのことを気にしているのだろうか、オリビアさんが落ち込んでいて元気がない。何か言ってオリビアさんを元気づけなきゃ……。だがそう思えば思うほど言葉が出てこない。
こういう時はオリビアさに気持ちを吐き出してもらうのが良いのかもしれない。俺は黙ってオリビアさんの話を聞くことにした。
よくよく話を聞いてみると、ミスリルの件があのクソ豚貴族にバレたのはオリビアさんとリリアさんだけのせいだけじゃなかった。オーク討伐の時、町でミスリル装備をつけているのを誰かに見られ、それがクソ豚貴族の耳に入ったのがそもそもの始まりらしい。
……うかつだった。
というかこれ、俺のせいでオリビアさんとリリアさんに被害が出ていることにならないか?
……どうにかしなきゃ。どうするのが一番いい? 俺に何ができる?
もちろん町の外に逃げれば、あの不快な貴族にも絡まれない。でもそんなこと……本当にさせて良いのか?
「別の町に一緒に逃げましょう! 俺が絶対に守ってみせます!」と何度も言いそうになりながらも、あくまで俺たちの関係は友達にすぎないという気持ちが邪魔をする。
こんなときこそ何か言わなきゃ。でも……。
「オリビアさん、俺……」
「……ありがとう、ハイド君。あ、ちょっと用事があるんだった。また明日ね」
「はい、また明日……」
いつもと違うテンポで笑いながらオリビアさんは俺に言葉を被せ、そのまま慌てるように帰っていった。俺は少し息が震え、そんなことしか言えなかった。
深く息を吐きつつ気持ちを整えた俺は、オリビアさんの笑顔を取り戻すためにはどうすれば良いのかと、そればかりを考えていた。