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第53話

 差し出された水を飲んだ俺は、目の前の人物がオリビアさんであることを認識できた。


「オリビアさん、俺は……」


 知らないうちに涙を流していたようだ。そんな俺をオリビアさんは優しく抱きしめてくれた。


 どこか安心するような、ふわりとした柔らかい匂いが俺を包み込む。


 俺はさっきまで一体何をバカなことを考えていたんだろう……。



「何があったのか、おバカな私にはわかりません。でも何か辛いことがあったんですよね? 私はここにいますから……」


 それ以上オリビアさんは何も言わないでいてくれた。俺はその優しさが嬉しかった。


 しばらくそうしてもらっていると、俺も段々と心が落ち着いてきた。



 ……この人なら本音を話してもきっと大丈夫だ。


 そんな妙な確信があった。


 俺はオリビアさんに、自分の過去、ずっと思ってきたことをぶちまけることにした。


 それにちゃんと話さないと、これ以上関係を続けるのは無理だと思ったんだ。




 俺はオリビアさんに「折り入って話があります」と切り出し、テーブルを挟んでちゃんと向かい合った。


 オリビアさんは抱っこしてほしそうにしているマメを膝の上に乗せた。


「……で、話ってなんですか?」

 俺はちゃんと真っすぐにオリビアさんの目を見る。

「オリビアさん、俺、あなたのこと大事な友達だと思ってます。失いたくないんです」

「……? 私たちはもちろんオトモダチですよ? ハイド君はなんで私を失うと思ったんですか?」


「……お恥ずかしい話ですが、メナンドール様から花束のプレゼントをされているのを見て。オリビアさんが嬉しそうにしているのを見て、ああ、俺はもういらないのかなって。どうせ俺の顔がいいからというだけの理由なら、顔だけじゃなくてお金も権力もある彼の方がオリビアさんには相応しいと思ってしまいました……」


「……怒りますよ? 私がハイド君を好きな理由が顔だけだなんて勝手に決めつけないでください! それに花束をもらって嬉しそうな顔をするなんて普通じゃないですか!」


「……すみません。でも、俺なんかのどこが良いんですか……?」


「本当にバカ……。あなたの魅力は挙げたらキリがないくらいです。真面目で頑張り屋さんなところ、人を思いやれるところ、繊細なところ、人を助けずにはいられないところ、正義感が強いところ……」


「あの、ちょっともうその辺で……。流石に恥ずかしくなってきました……」


 フフ、とオリビアさんは笑う。

 お返しじゃないけど、俺もちゃんと思っていることを話さなきゃ。


「本当に俺はバカだなと……、自分でもそう思います。俺過去に彼女に浮気されたことがあるんです。そのときと重なっちゃって……」

「元カノさん……!? ハイド君今18歳ですよね? 一体どんなおませさんなんですか!」


「……いや、実はそうじゃないんです。俺、元々この世界の人間じゃなくて。この世界じゃ18歳なんですけど、元の世界じゃもっと年上で名前も今とは違くて。その元カノとは大学生の……20歳くらいのときの話でして……。まあ、信じられる話じゃないとは自分でも言っていて思うんですが。……でも本当のことです」


 ……俺はオリビアさんの目をしっかり見て全てをぶちまけた。


 だけど、そもそも説明すべき事象が自分で何を言っているのかもわからないほど難しく、ちゃんと伝わっている自信がない。


「別の世界……、わかりました! 本当はわかってないかもしれないけど、そうなんだと信じる努力をします。その上で、私はもうハイド君をその元カノさんのときみたいに不安にさせないことを約束します! だからもう勝手にどこかに行っちゃわないでください!」


 オリビアさんは若干勢い任せで、泣いちゃうんじゃないかと思わせるような雰囲気でそう言った。


 でも俺は、彼女の核心を突くその言葉に心を撃ち砕かれてしまった。


「ありがとうございます……。俺オリビアさんのことが本当に大好きです……」


 震えた声でそう言う俺の目から、大粒の涙が零れ落ちた。服の袖でぬぐってもぬぐっても、次から次へと溢れ出て止まってくれやしない。


「はい! 私もハイドさんのことが大好きです! じゃあ私たちの関係はこれからも継続するってことでいいですか……? 私たち、まだオトモダチですか?」


 オリビアさんの目からも大粒の涙がぽろぽろと零れる。


 俺はオリビアさんの目をしっかり見る。鼻声なのも目が真っ赤なのも、もはやお互い気にならなくなってきた。


「……はい、すみません。俺にもう少し時間をくれますか? でも俺はもう、オリビアさんのことは友達以上に大切な人だと思ってます!」



 ――俺は自分の気持ちをちゃんと言えてるかな。



「じゃあ私たち、オトモダチから親友になりましたね!」


「……はい。もう俺たち親友です!」



 ――いや、ちゃんと伝わっているはず。この人とならば、今度こそ俺は息をできるだろう。




 こうして今日、俺とオリビアさんは単なる友達から親友になった。


 マメもそれを祝福するかのように、空中に水玉を浮かべて尻尾をフリフリはしゃぎ回っていた。



 ……



 俺が自分でそう望んだように透明人間となり人間関係を一切もたないことは、生物学的には生きていても社会的に息をしているとはいえない。


 おそらく俺は虚無の黒に塗りつぶされ、心が死ぬ一歩手前のところまで行っていたのではないか。


 だから、彼女は親友というだけにはとどまらない。


 彼女は俺がギリギリ人間でいることの許される命綱、蜘蛛の糸なのかもしれない。


 だから、どうせ生きているからには苦しいのはあたり前だと。


 それでも救いを求めるのが人間なのだと。


 ――俺はそう思うことにした。

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