ついにこの日が来てしまった。オリビア宅の敷居をまたいでしまう日が。そして鬼軍曹パパにぶっ飛ばされる日が……。
あの後オリビアさんに再三「ハイドさんなら大丈夫ですから、ダダこねないの!」と言いくるめられ、結局行くことになってしまった……。
俺はどんよりした気分でマメを抱っこして、いつもの朝稽古へ。
「あ、アーノルドさんおはようございます」
「おはよう、ハイド君。今日は何だか覇気がないな。どうした?」
「あ、はい。ちょっと気が乗らないことがありまして……。アーノルドさんこそ目の下に隈なんか作っちゃって、どうしたんですか?」
「俺の方は家庭がちょっと、いやかなり逼迫した状況でな。昨日心配で眠れなかったんだ……」
「そうですか……。お互い大変ですね……」
アーノルドさんもどんよりしていて元気がない。というか、なんだか目が充血して血走っている。
今日の懸案事項を無事乗り越えたあかつきには、アーノルドさんにはいつも世話になっていることだし、酒場で一杯奢らさせてもらおう。
彼が泣き上戸なのは知っているけど愚痴を聞いてあげたりとかね。悩んでるみたいだし心配事くらい聞いてあげるべきだろう。
それから朝稽古が終わり、鉱業ギルドの鍛冶場へ。今日もミスリルを鍛錬して熟練度上げだ。スロット付きの最上級品質まであと少し、コツコツ頑張ろう。
作り終わった上物のミスリル武具をオリビアさんに渡して今日の活動は終了……、とは問屋が卸さなかった。
オリビアさんの業務が終わるのを外で完全気配遮断をして待ち、彼女とリリアさんが取り巻き鍛冶男たちを蹴散らし静かになったところでそっと解除。
「……オリビアさん、リリアさん、お疲れさまです」
「あ! ハイドっち、聞いたよ? 今日オリビアの家に行くんだってね~! そうか、今日がキミの命日というわけだ! アハッ!」
「め、命日……」
俺の胃がきゅっとなる。
「ちょっとリリア、ふざけたこと言わないの! ハイド君が本気にしちゃうでしょ! 繊細な人なんだからからかわないでっ!」
オリビアさんがプンスカプン。
「ごめんごめん! あんたらが初々しくてイジリたくなっちゃった。ハイドっち、男を見せる時だよ! 一世一代の大勝負! 頑張んなよ~、じゃあね~~~~!!」
そうしてスーパー陽キャギャルなリリアさんは、手をブンブン振りながら嵐のように去っていったのだった。
「そんな大げさな……」
「胃痛い……」
それを見るオリビアさんはあきれ顔。リリアさんのプレッシャーに俺の胃はさらにキリキリと痛んだ。
そうか今日が命日……。きっと俺は鬼軍曹さんにボコボコにされちゃうんだ……。
「じゃあハイド君、行きましょう!」
「はい……」
オリビアさんに手を引かれた俺は、彼女の家までの一本道を一緒に歩いた。俺の頭の中にはドナドナの悲しいメロディが流れていた……。